第3話 最初の冒険
野営地という事で味は期待していなかったのではあるが、頂いた食事はどれもこれも美味であり、商人の町で食べていたものよりも美味しく感じていた。
空腹を満たすと心地よい眠気が襲ってきたのだが、僕の喰いっぷりを見た髭の男が満足そうに笑っていた。
「貴様のように美味そうに食うものを見ると心が躍りだすようじゃ。一仕事終えた転生者は貴様のように大食らいではあったが、貴様ほど食うものもおらなんだ。儂が領地に戻った時には盛大にもてなしたいものじゃ」
いくら僕が空腹で食事が美味しかったからと言って、これほどの量を一人で食べきれることなんて今までなかった。
もしかしたら、お腹が減りにくいスキルの反動でこのようなことになってしまったのだろうか。
「それは違うわよ」
突然、妖精のリンネが現れて僕に話しかけてきた。
「あんたたち転生者はスキルを使うと体内のエネルギーを消費してしまうんだけれど、そのエネルギーを回復するのに効果的なのが食事と睡眠なの」
そう言っているリンネは以前の大きさに戻っていた。
「この姿? 私もあんたのエネルギーのお裾分けを貰っていて、あんたのエネルギーが回復すると私の力も回復するのよ」
そう言って僕の周りを飛びまわるっていたのだけれど、話すことが無くなって飽きてしまったのか、姿を消してしまった。
リンネの姿を見ることが出来ないこの人達は僕とリンネが話をしている姿を見てどう思うのだろう?
「大丈夫よ。私があんたと話している時ははっきりとはあんたを認識していないから」
どこか遠くからリンネの声が聞こえてきた。
割と都合がよく出来ている世界のようだ。
「どうだ、満足してもらえたようだが、まだ食い足りないかね?」
「いえいえ、味もとても素晴らしくて、これ以上頂いてしまったら幸福感で破裂してしまいそうです」
「そうか、それは良かった。ところで、貴様はこれからどこに向かうのかな?」
「えっと、ここがどこなのかわからないのでとりあえずは町を目指そうかと思っています」
「ここから近い町だとすると、貴様が歩いてきた方向に戻ると森があるのだけれど、その森の中が一番近い町ではあるな」
「僕はその森の近くに転生したみたいなんですけど、逆方向に歩いてしまったようですね」
「いや、そうとも言えないぞ。貴様がそのまま森の中に進んだとしても、その町に辿り着けるかはわからぬよ」
「森の中は複雑になっているんですか?」
「うむ、複雑にもなっているが、いたるところに罠が仕掛けてあるので、不慣れな者だと命を落としてしまうかもしれんのだ」
「もっと簡単に行けそうな町はありますか?」
「ここから西の方に向かえばこの国で三番目に大きな町に行けると思うぞ。ただ、歩きだとしたら時間がかかりすぎてしまうかもしれんな」
「そうなんですか。僕は食べ物さえ確保出来たら大丈夫だと思うんですけど、道中に食べられそうなものってありますかね?」
「貴様が怪物を食べることに抵抗が無いのならば大丈夫だろう。しかし、怪物を食べることに抵抗を感じてしまうとしたら難しい話になると思うぞ」
つまり、その辺に食べられるものは無いけれど、それなりに怪物が出てしまうという事か。
僕は毒さえなければ何とかなるとは思うんだけれど、少しくらい調味料が欲しいと思っていたところ、僕の武器を壊してしまった償いとして塩と数種類のスパイスがミックスされた調味料を分けてもらうことになった。
「貴様は他の転生者とは何か違うような気がしているのだが、何か特別なスキルでもついているのか? まあよい、またどこかで会うことがあったらその時は儂らに力添えをよろしく頼むぞ」
僕は髭の男に礼を言うと教えられた方向へと歩みを進めることにした。
リンネの話ではスキルを使うと回復するのに食事と睡眠が必要だとの事だったけれど、食事は何とかなっても睡眠は町に着くまで難しそうだった。
歩きながらも武器になりそうな物を片っ端から合成していても、あんまり怪物が出てこなかったので、どれくらい合成すればちょうどいいのかわからなくなってしまった。
時々出てくる怪物もそこまで動きが速いわけではないので倒すことに苦労はなかったのだけれど、いざ食べようと思ってもさすがに生で食べるのは抵抗があった。
どうにかして火を手に入れようと思っても、周りには何もないのでどうしようもないと思っていたら、魔法を使えそうな怪物の集団を発見した。
怪物の集団に気付かれないような距離で様子をうかがうと、何か火を使って作っているようだったので、その火を分けてもらう方法があるか考えてみた。
「うん、分けてもらう方法は思い浮かばないから、ここから攻撃してみよう」
誰に話しかけるでもなく独り言を言ってしまった僕ではあるが、先ほどから合成していた石が怪物の数より多かったので何とかなるかと思った。
右手に持った石を怪物の胴体をめがけて投げつけて、左手に持っていた石を右手に持ち替えてもう一度投げつける。
それを繰り返していると、石が無くなる前に怪物が全て動かなくなっていた。
一応近づいてから棒で頭を叩いて生存しているか確認してみたが、動く個体は存在しなかった。
焚火を囲んでいた怪物の死骸をどけている時に気付いたのだけれど、木に縛りつけられている少女がいた。
猿ぐつわをされていて喋れなくされていたので、それを取ってあげると勢いよく話しかけてきた。
「助けていただきありがとうございます。私も転生者なんですけど、疲れ果てて寝ていたところをこいつらに囲まれてしまって縛りつけられてしまいました。あなたがいなければどうなっていた事かわからなかったので、本当に感謝してもし尽くしきれません」
「いやいや、僕はこの火が欲しかっただけなんで気にしないでくださいね」
「なんと、私を助けるだけではなく気を遣わせないようにとお優しい。もしよろしければ道中ご一緒させていただけないでしょうか?」
「僕も一人だと休むことも出来ないだろうと思っていたんで助かります」
「ありがとうございます。私も一人旅はコリゴリなんでよろしくお願いします。ところで、お兄さんはどちらに向かう予定でしょうか?」
「西の方に進むと大きい町があると聞いたので、当面はその町を目指そうかと思っているよ」
少女は遠くを見たり近くを見たりして何かを思い出そうとしているようだった。
「そうですね、西の町なら私もこの前までいたので案内出来ると思います。私がお世話になっていた転生者の組合もあるので、そこを目指してみませんか?」
「組合ってのは何をするのかな?」
「基本的には情報の共有が目的なんですけど、協力して怪物退治とかもしているんですよ。組合の偉い人は転生者じゃないんですけど、とっても良くしてくれているんですよ」
「どれくらいで西の町に着くのかな?」
「そうですね、私のスキルを使えばそんなにかからないと思うんですけど、お兄さんは移動系のスキルを持っていますか?」
「僕は移動系のスキルは持っていないんだけど、普通に歩いたら結構時間がかかっちゃうかな」
「そうですね、途中何度か休憩したとしても、三日もあれば着くと思いますよ」
三日くらいなら二人で交代に休んでいけば何とかなりそうだな。
もしも、一人で向かっていたとしたらこの少女のように怪物に捕まっていたかもしれないと思っていると、少女はこちらに微笑んでいた。
「助けてくれた人がお兄さんみたいな優しい人でよかったです。怖い人に捕まってしまったらバラバラにされていたかもしれないですからね。生きたままバラバラにされたりすると、新たに転生出来ないって噂もありますからね」
「へぇ、そんな噂があるんだ。僕はまだこの世界に来てそんなに時間が経ってないから知らないことだらけだよ」
「私もそんなに長い事いるわけじゃないんで全部を知っているわけじゃないんですけど、他にも転生者が気を付け無いといけない噂があるみたいなんで教えますね」
転生者が生き返ってやり直せない条件がいくつかあるらしいとの噂を教えてもらった。
『バラバラに切り刻まれてしまうとやり直せないらしい』
『転生者だけにしか聞かない呪いのようなモノがあって、その呪いにかかっている状態でやり直すと脳が機能しなくなるらしい』
『生きたまま脳を取り出されると転生者は死ぬことが出来ないらしい』
他にもあるらしいのだけれど、脳を取られたり壊されてしまうと転生者はやり直すことが出来ないようだった。
死ぬときは脳に気を付けないといけないみたいだけれど、そんな余裕があるのか僕にはわからなかった。
「そう言えば、まだ名乗ってなかったですね。私の名前はアリスって言います。これからよろしくお願いしますね」
僕とアリスの冒険はここから始まるのだった。
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