第2話 二度目の転生

「次は何のスキルにしてみます?」


僕はサクラの事で何も考えられなくなっていたのだけれど、自分で自分をどうにかしてしまったようだった。


その事はあまりよく覚えていなかったのだけれど、目の前の女がそう言っているのだからそうだったのだろう。


「あの、自分で死ぬって選択肢もありと言えばありなんですけど、次からはなるべく自分で終わらせないでくださいね」


そう言いながらもニコニコしている女を見ていると、サクラの事以外は何も考えられなかった僕も、少しだけ怒りを感じてしまっていた。


「自分自身で終わらせちゃうと、今まで向こうで体験してきたことがリセットされてしまうんですよね。それなので、人間関係とかも最初からやり直しになってしまいますよ」


人間関係がやり直しってことは、サクラともう一度出会える可能性があるのか?


「私達もあなたが向こうの世界で頑張っている姿を拝見していたんですけど、一度目の転生で一年以上死ななかったのは相当凄い事ですよ。ほとんど戦闘していなかったってのもあるんですけど、普通は闘いや争いに巻き込まれて命を落としてしまいますからね」


僕はほとんど戦闘には参加していなかったし、町の人の話を聞いた限りでは、僕がいた商人の町は他の町との争いも無かったのと、街中を巡回している自警団のお陰で物騒な事件はほとんどないのだった。


そんな状態なので、僕はあのまま魔王殺しを続けていれば世界を統一できたのかもしれない。


たらればの話ではあるが、可能性は高かったと思われる。


「次は統一を目指して頑張りましょうね。では、張り切って次のスキルを見つけちゃいましょうよ」


張り切る気力は無いのだけれど、この女にもう一度サクラに会えるのか聞いてみよう。


「会えるか会えないかで言えば、会える可能性の方が高いと思いますよ。あなたの場合は自分で決着をつけてしまったので、あなた自身があちらに行った時の時間に戻ってしまいます。それなので、サクラさんがその時点であの世界にいたのならば会いに行くことは出来ると思いますよ」


そう言うと女は光の柱の中からどこかへ行ってしまったのだけれど、声だけは聞こえていた。


「そうですね。サクラさんはあなたがあちらに行った時点ではある国の魔導士によって呼び出されていますので、存在自体はしていますよ」


その言葉を聞いて、僕の感情は明るい色を取り戻したような気がする。


光の柱の中に戻った女は少しだけ嬉しそうな顔をしていた。


「でも、あなたと会うのはそれからずっと先ですので、すぐに会いに行ってもあなたの事は覚えてないですけどね」


「サクラも死んで転生しているんじゃないの?」


「サクラさんも転生しているとは思うんですけど、私達とは別の側が担当していますので、こちらとは事情が違うかもしれませんよ」


「あなたがサクラを生き返らせて僕と同じ場所に転生させることは出来ないんですか?」


「それは無理ですね。私達が出来ることは、あなたをあなたがいた世界に転生させることだけですから」


僕はよくわからなくなってしまったのだけれど、サクラは生きている時間軸に戻れるけれど、僕とは関わる前のサクラなのでもう一度信頼関係を構築しないといけないという事なのだろうか。


「そうですね、あなたは自分で終わらせてしまったので、人間関係も今まで築いてきたものも全部リセットされてしまいます。一応、誰かに殺されてしまった場合だと、その現象が修正可能な時間に戻る事が出来るんですけど、大抵は殺される何日か前の場合が多いみたいですね」


今わかったことは、サクラが生きている事と、自殺した場合は全てやり直しになるという事か。


自殺した感覚は全く覚えていないけれど、人間関係をもう一度構築するのは大変そうなのでなるべくなら誰かに殺された方がいいのかもしれない。


「あの、病気とか寿命で死んだ場合はどうなるのですか?」


「基本的にあなた方転生者はあちらの病気にかかる事はありません。普通の伝染病などもあなた方と向こうの方の抵抗力が違うので問題ないです。ただ、転生者同士の病気などはうつる場合がありますし、魔法やスキルで作られた病気などには抵抗力も関係ないので気を付けてくださいね」


「転生者だけがかかる病気ってことですか?」


「厳密に言うと少し違うのですけど、特に転生者に効果的に作られたウイルスや細菌があったりするみたいですよ。でも、そのようなスキルを選ぶ変わり者はそんなにいないと思いますけどね」


確かに、僕のように複数のスキルを選べるものが希少だとするならば、好き好んで転生者だけを狙うようなスキルは選ばないだろう。


それも、僕のようにやり直すたびにスキルを変えられるのは本当に珍しいらしいのだから、最初に選ぶスキルは慎重に慎重を期するだろう。


「あら、あなたが選べるスキルを見ていたのですけど、『魔王を殺すスキル』と『お腹がすきにくいスキル』がそれぞれ変化していますね。私もこんな経験は初めてですよ。よかったですね」


スキルを変えられる者自体が少ないらしいので、スキルが変化していく事は今まで一度も無かったらしい。


僕の場合はやり直すたびにスキルを選べて、条件を満たすことで使っていたスキルが変化して、最終的には凄い事になりそうだとの事だ。


凄い事になりそうだってことがよくわかっていないけれど、使いやすいスキルを構築していくのは楽しそうだとは思った。


『魔王を殺すスキル』は『目の前の魔王を殺すスキル』に変化して、『お腹がすきにくいスキル』は『省エネ効率化』というスキルに変わっていたらしい。


もっとも、今回はこれらのスキルを使うことが出来ないので、どのように変わっているのかわからないのだけれど、今まで一度も魔王の目の前に立った覚えがないので少し緊張してしまいそうだ。


交渉スキルは変化していなかったので、スキルを所持していた時間ではなく使った回数なのか使用状況なのかはわからないが、これからは積極的にスキルを使って少しでも楽になれるようにしなくては。


「あの、スキルを三つ選ばなかった場合だと、次回は四つ選べるようになるんですかね?」


「それは無理ですね。あなたが覚えられるスキルは強度やリスクが関係なく三つまでですので」


「リスクって初耳なんですけど、そんなこと言ってましたっけ?」


「リスクって言い方だとちょっと誤解されてしまうかもしれないんですけど、『魔王を殺すスキル』系だと一日の使用回数が決まってたり、他者に影響を与える系のスキルですと有効範囲があったりするのが、リスクと言っていますね」


僕が思っていたようなリスクではないみたいなので、少し安心していたけれど、この女は何か他にも隠しているような気がする。


「さあ、スキルを変更しますか?それとも、変更しませんか?」


「変更しないって選択肢もあるんですか?」


「ええ、変更した場合はその前のスキルが使えなくなるだけですから。でも、スキルが変化したとしても同じスキルとして使えなくなってしまうんですけどね」


敢えて変化させずにやり直す選択肢もあるのだとしても、今度は違うスキル構成で挑んでみるのも面白そうだ。


「じゃあ、今回はもう少しアクティブに行ってみたいと思うので、戦闘に使えそうなスキルを選んでみます」


「前の世界ではそのような体験できなかったと思うので、良いと思いますよ」


僕が選んだスキルは『上手に武器を扱う』『反射神経が良くなる』『武器を合成する』にした。


「おお、結構攻めてますね。そのスキルだと最初から最後まで武器を捨てたりせずに済みそうですね。では、新しい世界でも頑張ってくださいね」


女がそう言いながら右手を掲げると、僕の体は眩い光に包まれていった。


目を開けると、前回の時とは違う場所に転生しているようだった。


僕は持ち物を確認すると、転生前から使っていた財布だけだった。


中身は数枚のコインと例の御札が一枚だけ。


その御札をしつこいくらいペタペタと触っていると、再びあの妖精が現れた。


「ちょっと、いい加減に呼び出し方覚えなさいよ。って、ちゃんと教えていなかったかもしれないわね」


僕はこの場所が前回と違う場所で、以前いた町にはどうやって行けばいいか聞いてみた。


「あんたねぇ、転生ってのは結構デリケートで繊細な技術なのよ。あんたの条件が変われば転生先だって変わるじゃない。同じ場所に転生したければ同じスキルにすればいい……って、あんたの場合はスキルが変化しているから無理ね」


そう言って妖精が嬉しそうにしている姿が無性に腹立たしく思い、油断している妖精を捕まえてペタペタ触ってあげることにした。


「ちょっと、あんた、やめなさいよ。私だって魔法の一つや二つ使えるんだから、あんまり調子に乗ると後悔するわよ」


僕はそんな言葉は無視して触り続けていると、指先がだんだんと冷たくなるような感覚に襲われていた。


その感覚はゆっくりと指先から手のひら、手のひらから手首へと進んでいって、最終的には黙って立っていられないほどの寒さに全身が包まれてしまった。


このままでは何もしていないまま死んでしまうと思っていると、急に寒さはおさまっていた。


先ほどまでの寒さを思うと、心地よい春の日差しさえ夏の暑い日差しに思えてしまう。


「今度また変な事したらこの程度じゃやめないからね」


そう言った妖精は先ほどよりも二回りほど小さくなっていた。


「とりあえず、一番近い町に行って武器を買って休んでなさい。あんたのスキルじゃ武器を手に入れないと何も始まらないんだからね」


妖精がそう言うと空中でくるりと一回転して、そのまま何もない空間の中へ消えていった。


一番近い町ってのがどっちなのかわからないけれど、とりあえず高いところへ登ってみようかな。


この辺りで一面は見渡す限りの平野で、どこを見ても小高い丘すら見当たらなかった。


とりあえず、その辺に落ちている武器になりそうな枝を二つ拾って重ねてみると、スキルが発動して一つの枝になった。


近くに落ちている武器になりそうな枝や石を合成させてみようとしていたのだけれど、枝と石のように形が異なるものは合成することが出来なかった。


枝と落ちていた細長い骨を合成することは出来たので、ある程度形が似ていれば何とかなるようではあった。


落ちていた石も何個か合成しておいたので、何かの時には役に立つだろう。


何もない草原を歩いていくか、枝をある程度確保できそうな森の中を歩いていくのか迷っていたが、森の方が何かに襲われそうな気がしたので、なるべく見通しの良い草原を歩いて行くことにしよう。


しばらく歩いていると、前回とは違って空腹感が襲ってきた。


食べるものは持っていなかったので、何か食べられそうなものが無いか探してみるのだけれど、見通しの良い草原にそう都合よく食べ物があったりするわけもなかった。


空腹感に耐えながらしばらく歩いていると、明らかに好意ではなく敵意を向けてきている三本足の怪物がこちらに近づいてきていた。


僕の持っている枝と、何かに使えるかもしれない石でどうにかなりそうもないのだけれど、石を投げてみることにした。


元の世界ではろくに運動もしていなかったので、心配ではあったのだけれど、思いっきり投げた石が怪物の胴体に当たるとそのまま貫通して大きな風穴を開けていた。


『武器を合成する』『上手に武器を扱う』の二つのスキルは思っていたよりも相性が良かったようで、目の前に現れた怪物を簡単に倒すことが出来てしまった。


こちらの世界に来てから初めての戦闘体験ではあったけれど、戦った実感はまるでなかった。


石を投げただけで戦闘が終わってしまったのが悲しかったわけではないが、反撃されないように止めを刺しておこうと思い、持っていた枝で怪物の頭を何度も叩いておいた。


木の枝も思っているより破壊力があったようで、硬そうな頭蓋骨も豆腐を切るように滑らかに切り刻むことが出来た。


ゲームなどでは怪物を倒すと経験値とお金が手に入ると思うのだけれど、特にそのような事もなかったので、怪物の持ち物を確認してみた。


怪物が持っていたのは、あまり鋭くない小型のナイフとこの世界で使えるお金が少しだけだった。


一応、ナイフと木の枝を合成させてみたのだけれど、形が異なるので不可能だった。


ナイフを地面に刺して枝でナイフの刃を叩いてみると、ナイフは簡単に二つに分かれてしまった。


「思っていたよりも凄いものを作ってしまった」


思わずそう言ってしまったけれど、他に何か貰えそうなものもなかったので再び先へ急ぐことにした。


本当は何か食べ物のようなものを持っていたのだけれど、さすがに怪物の食料は怖かったので遠慮させていただくことにした。


歩いている道すがら、合成出来そうなものがあると何も構わずに合成していったのだけれど、最初の木の枝よりも少しづつ太くなっているような気もしていた。


結構歩いているとは思うのだけれど、進めども進めども何も見えてこないのは精神的にも疲れてしまう。


そんな中でも我慢して歩いていると、野営をしてる集団に遭遇した。


見張りらしき男が僕に気付くと明らかに警戒した様子で話しかけてきた。


「おい、貴様。こんなところで何をしている」


「僕は町を探して歩いています。もしよろしければ、近くの町を教えていただきたいのですが」


「貴様は転生者か?」


「はい、ここがどこかもわかっていません」


「転生者なら何が出来る?」


「えっと、僕に出来るのは武器を上手に扱う事です」


「それだけか?」


「はい」


「貴様は武器を持っていないようだが?」


「武器が無かったのでこの枝を使っています」


「ははは、木の枝を武器にここまで来れるのは凄いものだ」


僕は何となく合成するスキルを隠してしまっていたのだけれど、多くの場合はスキルが一つだけらしいので隠しておいた方がよさそうだと思ってしまった。


交渉系のスキルは所持していないのだけれど、前回の経験が生きているようで、スキルは無くても経験で補えることもあるようだった。


見張りの男の一人が僕の枝に興味を持ったようなので、枝で丸太を切ってみることにした。


ここに来る途中でも枝をたくさん合成していたおかげなのか、丸太は全く手ごたえを感じることもなく真っ二つに斬れた。


おそらく、転生者であるという事も信じていなかったと思われる見張りの男たちは、僕の行動で全てを悟ったらしく、野営地の中へと案内してくれることになった。


野営地の中は思っていたよりも人が多くいるようで、小さめのテントが何基も設営されていた。


野営地の中央に位置する一番大きいテントの前で待機するように言われると、案内してくれている男が中へと入っていった。


しばらく待っていると男が中から出てきて、武器は預かる決まりになっているからと言って僕の枝が取り上げられてしまった。


中に入ると立派な髭を蓄えた男がこちらを見定めるような目つきでじっとりと見ていた。


「貴様が小枝で丸太をぶった切ったというのは真か?」


「はい、あの丸太が必要な物だったらすいません」


「特段使う用事もなかったので気にするな。それにしても転生者というものは奇妙な技を使うものが多いのだな」


「僕の他にも転生者がここにいるんですか?」


「ここにはおらぬが、儂の領地に戻れば三人ほどおるぞ」


「その中にサクラという女性はいますか?」


「残念ながら全員男なのでそのような物はおらぬな」


「そうなんですか。以前いた場所では男の転生者は珍しいと伺ったのですが」


「貴様がどこにおったのかは知らぬが、儂が会った事がある転生者は貴様も含めて男のみだったぞ」


もしかすると、その地域の情勢や状況によって転生しやすい性別があるのかもしれないと思っていた。


とりあえず僕が知っているのは商人が作った闘いのない平和な地域だったのだけれど、そのような平和的な場所には女性が多く転生するのかもしれない。


あくまで、この二か所の比較でしかないのだけれど。


そのような事を考えていると、入り口の外から叫び声が聞こえてきた。


髭の男が手に剣を持って飛び出すと、僕はその後に続いた。


「どうした、敵襲か?」


僕を案内してくれた男の顔はこれ以上ないくらいに血の気が引いて青白くなっていた。


「あ……あ……。申し訳ございません」


その男が兜を脱いで頭を深く下げていた。


「何があった? 理由を言わねば何もわからぬぞ」


「申し訳ございません。……これを」


そう言って男が差し出したのは折れた枝であった。


これ以上ないくらい綺麗に折れた枝を見た僕は思わず笑ってしまった。


「どうした? 何がそんなにおかしいのだ?」


「いや、すいません。僕以外の人が使うと本当に枝だったのだなと思ってしまいまして」


「貴様は怒ってはおらぬのか?」


「はい、多少愛着はありましたが、拾った枝ですのでいつかは折れてしまうものだと思っていました。折れたのが手入れを欠かさなかった武器だとしたら怒るとは思いますが、拾った枝なので怒ったりはしませんね」


「おお、貴様は見た目とは裏腹に広い心を持っているようだな。ただ、貴様の武器を壊した償いはさせていただかないとこちらの気が済まない。何なりと申してみよ」


「はい、それでは、僕の空腹を満たしていただければ幸いです」

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