第5話 いくつかの問題

 父親と話し合った俺は彼の要求を飲むことにした。つまり再びロートリンゲン家の後継者に就くということを引き受けた。まぁ、引き受けるまでにはしばらく悩んだのだが。


 引き受けた場合と引き受けなかった場合のメリットやデメリットについて考えてみたが、最終的にどうやら引き受けたほうが良さそうだと言う結論に至ったから。


 地方に移り住んでようやく安定してきた生活が狂わされるのはストレスになるだろうし、王族や貴族との関係に頭を悩ますような面倒事については本当に勘弁して貰いたいのが本音だった。だが拒否をして逃げた場合、2年間も一緒に生活をして支えてくれた侍女のマレットや母親との関係を切って自分一人だけが逃げて隠れたりしたら気になって耐えられそうにない。2人を連れて逃げるにしても、追ってから守り続けるのは厳しそうだし。


 何より、本来ならば父親という立場に加えて現当主という上位者である彼が一言で強制的に任命をすれば済む話なのに、状況をしっかりと説明してくれて、更には頭を下げてお願いしてくれた事に、驚きの気持ちとともに好ましいという感情が湧いた。彼のためにもロートリンゲン家を守ることに決めた。


 だが、こちらからも引き受ける代わりに幾つか要求させてもらった。ひとつは地方で暮らしていた時にお世話してもらっていた使用人達を、こちらに来てもらい仕事をしてもらえるように手配すること。この屋敷に居る使用人達とは2年前や、それ以前の事で確執があるために安心して生活できないことを説明した。父親は、直ぐに了承してくれた。


 もう一つのお願いは後継者問題をすみやかに解決するために、ロートリンゲン家の現当主として可能な限りの支援を行うこと。後継者が二転三転もしていて、我が家について他の貴族達からの印象が悪い事は想像に難くない。


 俺が後継者に再び就くことで厄介事が引き起こりそうな予感が非常に高いために、少しでも支援は必要だと感じた。支援について、問題がないように念を押して聞いておいたのだが父親からは思いの外協力的で良い返事をもらった。


 どうやら過去に俺を後継者から降ろした事について深く悩んでいたみたいで、今回の件で俺の印象を良くして過去のことを清算する事。かつロートリンゲン家の名誉を挽回する事を狙っているらしい。


 話し合いをしているうちに日も暮れてきた。その日は一旦終わりを迎えて、続きは翌日以降にということとなった。


 夕食には久しぶりに、俺にとっては2年ぶり2回目の父親と母親が並んで家族三人が集まった食事会が行われた。


 食事中の両親のやりとりを見て思う。父親と母親の仲は2年前から変わらず非常に良いらしい。この2年間で手紙のやり取りをしながら、互いに想い合って久しぶりの再開に気分を高ぶらせているようで食事中は絶え間なく会話を続けていた。もし母親と父親との間に不和が生じていたならば母親とマレット、他の使用人達を連れて王都から逃げてしまおうという計画も立てていたが、実行に至らず良かった。


 だが、余りにも両親のイチャイチャが過ぎて気まずくなった俺は、食事を終えて早々に食堂から退散することにして自室へと戻っていった。


 俺の部屋はマレットが完璧に掃除を行ってくれたようで、先ほど見た時と比べても分かるぐらい明らかに綺麗になっていた。ロートリンゲン領へと帰るつもりで居た俺だったが、後継者復帰となったためにこの屋敷に再び住むという事になってしまったが、マレットの仕事が無駄にならずに済んだ事は良かったと感じていた。


「ロートリンゲン家の後継者復帰になっちゃったよ」

「おめでとうございます」


 いつもの様に、いつの間にか自然に側に控えているマレット。その手には、就寝のための着替え衣服を持ち着替えの手伝いをしてくれる。俺は彼女に話しかけながら、服を着替え始めた。


「ありがとう、だから当分はこの屋敷で住むことになりそうだ。向こうからこっちへ急いで来たから、荷物とか向こうの屋敷に置きっぱなしだなぁ」


 なるべく早く王都へ行かなければと思い、持ち物も最小限に急いでこっちへ来た。そのために、普段使いの持ち物は殆ど全てをロートリンゲン領の屋敷に置きっぱなしだったことを思い出す。


 訓練に使う道具も持ってきていなかったので、こちらへ運んでもらう必要がある。


「分かりました、向こうに置いてある物は全て送らせるように手配します」

「あぁ。それなんだけれど、向こうで仕事をしてくれていた使用人達もこっちに呼ぼうと思っている。もちろん向こうに家族が居る人達や事情が有る人たちのことも考えて希望者を募ってからだけどね。だから彼らの移動も合わせて荷物の問題を考えようか」


 着替えを終えて、ベッドに向かい歩きながら話を続ける。いつもと違うから、部屋が無駄にでかいなぁと感じた。


「了解いたしました。ルーク様の持ち物は全て漏れ無く持ってこられるように、準備を進めます」

「そうしてくれると助かるよ。じゃぁ眠るから。今日も一日ありがとう」


 ベッドの前で、いつもの日課としている就寝前のマレットへの感謝の言葉。小さいことでも感謝を忘れず言葉で伝える。彼女の忠誠心を失わないようにと考えて始めた日課だったが、2年間ずっと続いている習慣だったりする。


「おやすみなさいませ、ルーク様」

 一礼をして、スッと音もさせずに部屋を出て行くマレット。ロートリンゲン領からこちらへの移動で4日ぶりのベッドの上での睡眠。マレットによる相変わらず完璧なベッドメイキング。その日もぐっすりと深い眠りにつけた。



***



 翌朝から早速、父親と今後の予定を詰めることにした。父親は普段は王城に務めているらしいのだが後継者のトラブルにより仕事は自粛中らしく、仕事も特に無いらしくて存外暇らしい。だから昨日約束したとおり、まずは屋敷内で働く使用人達の問題を解決するべく今日から屋敷の使用人達の配置換えを順次行っていくつもりらしい。


 この屋敷で使用人に従事していたほとんどすべての人たちは、他の屋敷や地方へと配置換えをされることになった。彼ら彼女らの待遇は、今に比べて少しだけ良くなるように契約しなおしてから、遺恨を残さないようにしっかりと配慮してもらった。


 中には、今回の配置換えについて反対する使用人達も複数居たらしい。特に、中心となって反対していたのが“あの執事長”らしく、かなり激しく抗議していたようだが一週間も父親と話し合って、最終的には屋敷から追いだされたらしい。その後の彼については特に興味もなかったので知らない。他の配置換えを反対していた使用人達も大人しくなって、屋敷から気づいたら居なくなっていた。


 その頃になって、ちょうどタイミング良く入れ替わるように地方から来た使用人達が到着した。なんと、向こうに居た使用人達全員がこちらへと来てくれた。彼らは、到着するなり直ぐに仕事に取り掛かってくれたので、あっという間に地方に居た頃と同じように生活できるようになっていた。この使用人の配置転換は、2週間という短い期間で完了した。



***



 次に話し合った問題は、俺がロートリンゲン家の後継者として学園へ行く必要があるかという事。本来だったら2年前の成人式を終えてからの入学だったらしいのだが後継者から降ろされて地方へ送られた俺は、もちろん学園への入学はキャンセルとなっていた。


 だが、貴族の当主に任じられる人達は全員が学園卒業生であり、特殊な例外を除いて全員が学園への入学・卒業する必要がある。なので、今回の後継者復帰となった俺は本来と比べて2年ズレてはいるが学園へ入学する必要があるとの事。


 学園に通うと言っても勉学に励む事よりも貴族同士の繋がりを作ること、関係性を深めて貴族同士の結束を固める事が主な目的でもある。なので、授業も必要最低限だけ受ければ後は好きに時間を使っていいと言われているので、気楽に構えて居たりする。


 最後の問題に、将来はロートリンゲン家の当主となる予定である俺の婚約者、加えて世継ぎについて。2年前に婚約発表を予定していた女性との婚約は既に破棄されている。更に、今現在の俺の貴族社会での評価は非常に悪いらしい。


 なぜなら、俺の代わりに後継者となった男が自分を高く見せるため、さらに自分がロートリンゲン家の新しい後継者だということを強く印象づけるために、貴族同士のパーティーや学園内で前後継者であった俺のひどい噂を吹聴して回っていたらしい。


 あわせて、貴族社会なんかで生きていくつもりもない俺は、そんなことをちっとも知らず噂を否定する人間が居なかったために、俺に関する噂だけが駆けまわっていて貴族たちの俺への評価は最低。


 今になって子女たちに婚約、結婚を申し込んでも断られるのが分かりきっている。そんなわけで、まずは広められた悪評を正す必要があった。


 俺は学園への入学準備を進めた。と言っても、俺は幾つかの入学試験を受けただけで他の準備については父親やマレットがやってくれたらしくて、いつの間にか学園へ通うための準備は完了していた。その期間の俺は、日課であった訓練を積んで地方で暮らしていた頃と同じような日々を送っていた。

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