第4話 帰還の手紙

 いつものように早朝の訓練を終えた後。朝食をとるために食堂へと向かうと、既に席に着いている母親が居た。彼女は何故か、ソワソワと落ち着きが無い様子だった。俺は彼女の姿を視界に入れながら、声を掛けずに席に着いた。


 俺が席についた瞬間、控えていたメイド達が瞬時に動いて料理の準備してくれる。彼女たちの準備が終わるのを見計らってから、俺は母親に声をかけた。


「どうかしましたか? 母さん」

「マーク、その手紙を読んでください」


「ん? これは……」


 いつの間にか側に侍っていたマレットから手紙を渡された。母親から言われた通り、渡された手紙を開いて目を通す。差出人の名前には父親であるルイスの名が書かれているのを見つけた。この手紙を書いたらしい父親とは王都にある屋敷を出る際に話したきりで、それから会っていない事を思い出しながら手紙を黙読し始める。


 その手紙には王都やロートリンゲン家についての近況報告について、母親に向けた気遣いの言葉、それから俺と母親の2人に出来るだけ直ぐに王都に戻ってくるように書かれた文だった。


「母さん、これは?」

「向こうで少し困ったことが起こったらしくて、直ぐに王都に戻ってくるようにとの事なのよ」


 確かに近況報告の部分にロートリンゲン家の内部事情について書いてあるが、大雑把に困ったことが起こったと書かれていているだけで、詳しいことについては曖昧にされていて分からない。


 だが、手紙から不穏な印象を感じた。母さんも、ロートリンゲン家の現状について手紙に書いている以外の事柄については知らないらしく、この突然の帰還命令については戸惑っているようだった。それ以上に、王都にある屋敷に戻る事が嬉しいようだったが。


 とにかく王都に行くしか無いと考えた俺は、直ぐに準備をして翌日にはロートリンゲン領の屋敷を出ることになっていた。父親からの命令だから戻らないと、断れないし仕方がない。


 俺は王都へ帰還する準備に合わせて、王都やロートリンゲン家で何が起きているのかを自分の伝手を使って詳しく調べてみた。2年間の間に、自前で使える手足を用意しておいた。こんな自体になるとは予想していなかったが、ちょうど良かった。


 事態は想像以上に複雑かつ、大事になっていているようだ。調査した結果、王国内では政変が起きているらしいという事がわかった。2年前に俺の代わりにロートリンゲン家の後継者となった人物が、その政変に深く関わっていたらしい。つまりは俺の兄弟らしい人物が関わっているという。


 これにより、代わる代わるしていたロートリンゲン家の後継者問題がより複雑となっているらしい。


 俺と母さん、そして侍女のマレットに加えてお世話する使用人が4人。たしか2年前に王都からコチラへ来るときと比べて人数が半分以下だった。


 更には、今回の旅には護衛もつかないのだがこれには理由がある。旅に同行してくれる4人の使用人は全て母さんの世話の為に付いて来てくれる人たちで、俺の世話は全部マレットがやってくれるため、それほど人数が必要なかった事。加えて、俺自身がロートリンゲン領に居る兵士の中で一番の剣の使い手になったこともあり、護衛を準備しなかった。前回の旅の思い出があるので、必要ないと拒否しておいた。


 なんといっても、今回の旅は準備するための時間さえ惜しかったために護衛を準備している暇がなかったから。


 そして、俺達は急ぎ王都へ帰還する旅に出た。



***



 2年前の時には、王都からロートリンゲン領に来た時には1週間かかっていた道程が、今回の移動には少数での行動が幸いしてだろう4日間程で完了した。久しぶりの王都という懐かしさ、と言っても屋敷の中で過ごした3週間のみの記憶を噛みしめる暇もなく、俺達は以前住んでいた屋敷へ直行した。


 王都の屋敷前に到着した俺たちは、出迎えてくれた使用人達に案内されて久しぶりの王都の屋敷へと入っていった。途中で執事長も合流して、案内が彼に変わった。


 執事長は前の旅でいじめられた時と同じ変わらずの彼だった。こちらへちらりと視線を寄越したが、驚いた表情をした後に、少し歪めるだけで後は淡々と職務を全うしていた。彼の表情から、俺の事や2年前の旅の仕打ちについては忘れていなかったようだった。昔のことについては特に触れもせず、黙ったままだが。


「僕の部屋は、以前使っていたものを使わせてもらって良いかな?」

「えぇ、結構です」


 以前住んでいた部屋の前まで案内されると、俺は執事長に聞いてみた。連れてきた使用人たちの世話もしなければならないと思いだして、執事長についでに聞いてみた。


「申し訳ありませんが、王都に滞在している間の彼女達の部屋も用意してもらえますか? 彼女たちの部屋の準備だけしてもらえれば、僕や母の滞在中の世話は彼女たちに任せますから、それだけお願いしますね」

「……分かりました、部屋などの準備致します。少々お待ちください」


 不服そうな顔でこちらをチラリと見て、直ぐに視線を外して足早に去っていった。しばらく待っていると、執事長とは別の人間がやって来て俺の侍女であるマレットを残して他の使用人達は準備された部屋へ案内されていった。


 2年前に俺が最初に目覚めた部屋。屋敷を出た時からあまり変わらない見た目で、そのままだった。が、マレットは不快そうな感じで部屋に入るなり部屋を掃除し始めた。


「多分、この部屋はルーク様が屋敷を出て以来、普段は掃除もされずに放置されていて私達が来る直前に急いで掃除をしたのでしょう。部屋の隅や、家具の裏側など目に付くところがいっぱいです。絨毯もずっと変えられていないようですし!」

「すぐにロートリンゲン領の家に帰るだろうから、適当でいいぞ」


 ぶつぶつと文句を言いながらも掃除してくれる。俺はどうせ直ぐロートリンゲン領に帰るのだから寝られればそれでイイと言ってみたけれど、マレットは良しとはせず頑なに部屋の掃除を続けた。


「ルーク様をこんな、薄汚れた部屋で寝させるわけにはいきません!たとえ、数日間だけ使う部屋だとしても、清潔に保たなければ」

「そ、そうか。ありがとう」


 鬼気迫る感じで反論されてしまった俺は圧倒されながら、お礼を言うことしか出来なかった。まぁ、生活する部屋は汚いより綺麗な方が良いので清潔にしてくれるのは大変ありがたいのだが。


 父親が城から帰ってきたということを聞いて、俺は直ぐに父親の待つ部屋へと向かった。ドアにノックして返事を待つ。中から男の声が返ってきたが、何やら大変疲れた様子で声も弱々しい。どうしたのだろうかと心配になりながら、部屋に入った。


 椅子から立ち上がった状態で、出迎えてくれる父親。目の下の隈や、頬の痩け具合のやつれた感じを見て取れるために一目見てだいぶ苦労していることが伺えた。部屋には彼一人だけで、母親も使用人すら居なかった。


「しばらく、見ないうちに大きくなったな。お前は再会する度に変わっていくな」


 近づいて肩を叩きながらしみじみと言われて、俺は2年前の事を思い出していた。たしか一緒に食事をした時に、精神的に変わったと言われた。確かに中身が変わっていたから。そして、今回は見た目が大きく変わったと言われた。


 この2年で確実に身体が大きく成長して、2年前の俺と今の俺を比較したとしたら、聞いた人間が全員別人だと答えるだろうと予想できる程に変わっているだろう。


 証拠に2年前は、お互いが立ち上がった時に父親の胸ほどの位置に俺の頭が有ったため俺は父親を見上げる形になっていが、今は俺のほうが父親を少し見下げるぐらいの背の高さになっている。しかも、醜く太っていたからな。今はスラッとした身体に変わっている。


 父親に促されるままに、ソファーへ腰を下ろすと俺は早速話を始めた。


「それで、私を王都へと呼んだ理由は何でしょうか?」


 正直に言って王都には帰ってくる気も全く無くて、今も直ぐに地方へと帰りたいと思っている俺は、厄介事はゴメンだと考えていた。話が済んだら、今日中にも帰ろうと密かに計画を立てたりしているために、少し急かした感じで話を切り出した。


 父親は俺の言葉に深刻そうな表情を浮かべて顎を手に当てたまま、なかなか話し始めようとしない。何から話すべきかと考えているのだろうか。


 しばらく待った後に、ようやく父親がゆっくりと話し始めた。


「ルークは、最近の王都の状況は知っているか?」


 こちらへ来る前に懇意にしている商人たちを屋敷に呼んで、彼らから情報を集めていたので、王都の現状について大凡の事については王都へ来る前に知っていた。


 王都へ来る途中にも情報収集をしていたために、“最近の王都の状況“という言葉で父親の話について大体の見当が付いた。


 どうやら現在の王国は非常に不安定らしい。王族内での権力争い、揉め事があるらしく最近では第一王子が病気療養のために王都から離されたという。


 だが第一王子の状況については、それ以上の事柄については緘口令が敷かれているので、何の病気なのか、どこへ移されたのか詳しくは分かっていない。巷に流れている噂では、第一王子が現王様の暗殺を失敗したとか言われているらしいが第一王子はいずれ王様となれるのに、何故に今の時期に動いたのか理由やメリットが分からなかった。


 第一王子といえば、2年前に参加する予定だった王子誕生パーティーの主役がこの第一王子である彼だったとのこと。俺がパーティーに参加していたならば、この時に出会っていたとも考えられる。


 顔見知りにでもなっていたかもしれないが、パーティーに参加することもなかったので名前を知っている程度の人間だ。そもそも、この時ルークの中身は俺ではなかったので出会っていても知り得ない人間だったが。


 収集していた情報をかいつまんで、知っていることについて、噂について等を父親に話してみた。


「そうだ、その第一王子についてだがお前の知る通り、ある事件を起こして生涯幽閉されることになった。それから、今回の事件で継承権が正式に第二王子に移ることになった」


 事態は結構深刻らしい。父親によると、第一王子によるクーデターが行われようとしたらしいが失敗。クーデターに参加していた貴族も沢山居たらしく彼らを拘束して取り調べが大変だったらしい。


「その事件で、公爵から男爵までの多数の貴族達が第一王子と協力関係があったと考えられていて、お前の後に任じたロートリンゲン家の次期後継者としていたアッシュも、かなり深くまで第一王子との関係があったみたいなのだ」


 俺の後に後継者となった者の名前がアッシュと言うのは初めて知ったが、それよりも聞いて置かなければならないことが有った。


「貴方も関わっていたのですか?」

「……俺は関係していなかったよ。どうやらアッシュが独自に動いて支援をしていたようで、アッシュが捕まったと聞いて非常に驚いた。俺も取り調べを受けたりして、こちらも大変だった」


 父親と第一王子の関係については嘘か本当か分からないが、次期後継者様についてはどうやらかなり深く関係していたようだ。もしかしたら、父親が生き残るため生贄にされたのかもしれないが、深読みし過ぎだろうか。


 とにかく、そんな状況ならばロートリンゲン家と王族との関係は非常に不味い状態なのだろう。


「それで、僕を王都に呼んだ理由は?」


 父親の話を聞いて王都での出来事については、あらかた理解した。だが僕を呼んだ理由がまだわからない。


「お前をこちらへ呼んだ理由は、お前をロートリンゲン家の次期後継者に任命するためだ」

「僕は、2年前にその権利を剥奪されて居ますが?」


「現在、俺の直系である息子たちの殆ど全員が、第一王子との関係を疑われている。ただ一人お前だけは王都を離れて生活していたために、今回の事件には殆ど無関係だと王家側は考えているようだ。お前と第一王子は、幸いなことに顔を合わせたこともない。今のロートリンゲン家が生き残る道として第一王子との関係が疑われていないお前を後継者に据えないと、王族から不信感を持たれる可能性がある。その不信感はなるべく払拭せねばならん。どうかお願いだ。ロートリンゲン家が生き残るために、引き受けてくれないか」


 そう言うと、父親は頭をテーブルの上スレスレの位置まで深く下げて懇願される。正直言えば面倒だと思った。地方での生活を楽しんで王都との関係は無くなり一生を過ごすつもりで居たのに、急に王都に戻されて再び貴族の暮らしに戻ることになるのか……。

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