第3話 地方での生活
父親との会食から一週間後。特に大きな出来事もなく、凪な一週間を過ごしながら王都の屋敷からロートリンゲン領へと住み替える為の準備をしていた。と言っても、俺自身の荷物について何を持って行っていいか記憶がないから判断できないために、侍女のマレットに全て任せて準備してもらったのだが。
そして今日は、生まれてから今までずっと住んできた屋敷を出発する日。俺の意識としては三週間ほどの期間しか住んでいないから愛着は無いのだが。
旅には俺と侍女のマレットが付いて来てくれて、旅の間の世話や護衛のために屋敷から使用人達が12名も同行する事になった。母親はまだ屋敷を離れられない事情があるらしく、俺が出発した後に別の馬車でロートリンゲン領の屋敷に向かうという事らしい。
王都からロートリンゲン領へ向かう旅は、一週間の道のりだった。この旅が、俺にとって結構面倒な旅路となった。
どうやら、この”ルーク”という人物は評判が非常に悪い人間だったらしい。使用人に対して傲慢で高圧的な態度をよく取っていたという。
しかし、屋敷でわがままに過ごしている間に公爵家の後継者という立場から転がり落ちた。そんなタイミングで、俺と中身が入れ替わった事によって周りからの評価もが変わった。以前のような自己中心的な態度を取らなくなったと使用人達の間では噂になっていたらしい。
ただ、この結果が悪い方に作用した。
旅の間に俺を観察していた12名の使用人達が噂は本当だと確信すると、日を追うごとに俺に対する態度が粗悪になっていった。更に言葉で攻撃されるようになって、ついには俺に対して乱暴を振るうようなっていった。
どうも俺が王都を離れる事が、父親の庇護下を離れた力の弱い貴族の子供と思われたようで、しかも利用価値が限りなくゼロに近いから何をしても問題にはならないだろうと彼等が勝手に都合の良い考えで判断して、気が大きくなっているようだった。彼等の日頃溜まった鬱憤を晴らす道具として利用されることになった。
反抗をすれば彼らを喜ばせて、更にひどい仕打ちをされた。これ以上に犯行すれば最悪の場合もありうると思った。旅の間は彼らの手助けがなければ、歩くのもやっとだった俺はロートリンゲン領に到着するまで大変なのも理解していたので、使用人達の劣悪な態度を受け流していた。だが、現場を目撃した侍女のマレットが烈火のごとく怒ってくれて、他の使用人達を俺に近づけさせないようにしてくれた。
これで安心できるのかなと思ったら、今度はマレットの監視の隙をついては、俺にちょっかいをかけてくるようになった。彼等がなぜ、これほど執拗に悪意を向けて来て、俺の乱雑な扱いを止めなかったのかは理解できない。
挙句の果てには “都落ちした価値の無いガキの癖に“等の罵声を何度も浴びせられて唖然としてしまった。
その罵声を上げた人間が王都にある屋敷の執事長だったから、使用人のまとめ役であるはずの彼が率先して仕えている貴族の親族に対してあんな口を聞いて大丈夫なのだろうかと、むしろ心配になってしまったぐらい。
まぁ、この程度の仕打ちに耐えることは慣れていたから、受け流すことは出来た。それにロートリンゲン領に行けば、今回の旅に同行してくれた使用人達は王都の屋敷に全員帰っていくため、向こうへ帰れば二度と出会うことも無いだろうと思うと我慢できるぐらいだった。なので、目を付けられる回数を減らすよう旅の間は極力静かに過ごしていた。
ロートリンゲン領に到着すると帰還組の使用人達は、俺の身体を馬車から放り投げるようにして下ろしてから、そのまま直ぐに王都の屋敷へと帰っていった。
本当は、これから俺が住む事になる屋敷の掃除と準備という仕事を行ってから帰る予定だった。らしいのだが、最後の嫌がらせとして彼等は仕事を放棄してマレットの呼び止める声も無視して帰って行ってしまったのだ。
屋敷はまだ準備も程々だった。屋敷の管理に2人の老人が居るだけで、掃除も必要最低限しか行われていないから人が住むには侘しい状態だった。こちらで雇った筈の使用人もまだ館に到着していなかった。マレットはそれでも、すぐに動き出して屋敷を片し始めた。
俺も自分の住む場所だから片付けぐらいは手伝おうと動こうとすると、マレットが手伝いは不要だと言ってきた。そして庭先に椅子とテーブル、ティーセットをすぐに準備すると、俺を庭に置いて屋敷を整える作業に戻っていった。片付けが終わるまで待っておけという意味だろう。
慣れていない作業を無理やり手伝っても邪魔になるだけかと思い、俺は隅のほうでゆっくりしてその日は過ごした。
***
新しい場所で心機一転して生活するぞ! と強く決意をしても、実は俺がやらなければならない仕事は何一つない。俺という人物は、公爵家の後継者という価値が無くなれば、貴族としての能力も秀でたものは無く容姿も醜く、背が低くて太っていた。以前の乱雑な振る舞いや言動も最低なものばかりで人間性も最悪と、評判はどん底。
ルークという人間の価値は貴族社会の中で限りなくゼロになったため、親しくなるメリットも無いから、貴族間の中では既に忘れ去られてる人間だった。
俺にとっては逆に嬉しい事で、あまり外からの干渉が無いというの有り難かった。他人からの干渉を受けない。その間に、自分の好きなことに時間を充てることができるから。
そこで俺は、身体改造計画を始動した。初めは屋敷にある庭で歩くことから始めてみた。なにしろ肥って重い身体を動かすことすらキツく、ままならない状態で歩くだけでも重労働。その苦しみを気合で乗り越えながら、俺は無理を押し切って歩くという行為で身体を動かし続けた。
一ヶ月もすればすぐに変化が現れた。かなり贅肉が落ちてきて、見た目でも痩せたことが一目瞭然に。これだけ効果が目に見えて出てくると、面白くてやる気も上がる。更にダイエットを続けて、駆け足が出来るぐらいには身体の動かし方は徐々に慣れてきた。
といっても、以前の“ルーク”に比べればという事なので、平均男性の一般人に比べたらまだまだ肥満の人間であることに変わりがないが。醜く太った男から、太った男には変わることが出来ていた。
次に行ったのは、トレーニングをして持久力と筋力を付けること。半年ほど掛けて朝から晩まで、鎧をまとったまま走り回ったり、剣を振り回したり、馬で屋敷からも離れた場所まで遠出してみたり等など。
すると、肥満だった身体が徐々に筋肉質な体型に変化していた。横に太かった身体は、身長が高くなって縦にぐっと伸びるように成長していった。
動けるようになって判明したことなのだが、意外にも“ルーク”の身体能力は非常に高かった。今にして思えば、贅肉も筋肉に変わるのが早くて、体力もちょっと鍛えただけで求めているいい具合に上がった。反射神経も悪くないし、前では背の低かった身体も今では大きいと言われるぐらいのデカさになっていた。
鍛えれば鍛えただけ結果が返ってくる。スタート地点である、“ルーク”の元の身体が非常にだらし無かったために、成長が認識しやすくて、日々の訓練の結果を大きく感じることが出来たのが良かった。そして嬉しいことに、どうやらこの身体の能力が普通の人間に比べて非常に高いことがわかった。
なぜ、以前の“ルーク”はあんなにだらしの無い身体で生活をしていたのだろうかと疑問に思う。だが、そんな考えも直ぐに消え去り訓練に明け暮れる日々。
それから鍛えて鍛えて鍛えて鍛え続けて、気づけば俺が屋敷に来てから2年の月日が経っていた。
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