第2話 状況理解
目を覚ましてから数日間、豪華な造りのベッドの上で寝たきりの生活を過ごした。少しでもベッドを抜けだそうとすると、侍女のマレットが直ぐに止めに来るからだ。
安静にしているようにと四六時中監視をされていて、記憶喪失者としての振る舞いをしている俺は、そのフリがバレはしないかと少し緊張しながら日々を生きていた。
このベッド上での生活をしている間、部屋を訪れた人間は侍女のマレットと母親のアメリア二人ぐらいしか居なかったので、俺という中身については感付かれる様子は無かった。
毎日のように部屋を訪れる母親のアメリアからは、記憶を取り戻すキッカケを作るためにという理由で“ルーク”という人物について聞き出してみた。すると、様々な事が分かってきた。
ルークはロートリンゲン公爵家の長男で、ロートリンゲン公爵家の後継者と言われていた人間らしい。
ロートリンゲン公爵と言えば、かなり王族に近しい貴族だったはずだと学のない俺でも知っている程の高名な貴族だ。
そしてルークが記憶喪失になる直前の行動についても詳しく聞くことが出来た。
あの日、お城で催される王子の生誕パーティに参加する予定だった。更にルークも今年で15歳の成人となるため、現王により婚約者を引き合わしてもらう予定だったらしい。
だが、ルークはお城へ向かっていた馬車の進路を直前で変更させて何故か城下町をぐるぐると動き回ると、そのまま城下町を抜けていき王子の生誕パーティーには参加しなかった。その後、しばらく行方をくらまして結果的に城下町郊外の草原にて発見された。十名もの護衛がついていたのに彼らは全員死亡しており、護衛の死体が転がる中で何故かルークだけが少々の傷程度で助かったまま気絶していたらしい。
なぜルークは、王子の誕生パーティーという大事なイベントを無視をして、お城に向かわず城下町を馬車を動かし徘徊していたのか、そのまま城下町の外へと向かっていったのか。唯一の手がかりであるルークも記憶喪失と、今は分からない事だらけ。
ただ、市民からはルークが行った直前の行動について多数の目撃情報があり、続々と集まってきていたから、状況を把握することが出来ていた。
一番大きな情報としては市場で男性一人を襲撃して、気絶した男性を馬車に乗せると何処かへ連れ去って行ったという事件を起こしている事が後で分かったらしい。
現在、この襲撃された男性に事情を聞くために捜索しているが、ルークが倒れていた場所に彼の姿は見当たらず、城下町を探しているけれど見つかっていないらしい。更に死体も見つかっていないので行方不明という状況。
この話を聞いて、多分この市場で襲われた男というのが過去の俺なんだろうという事が分かった。というのも、思い出した直前の記憶で俺も城下町の市場に居た時の事を思い出していたから。
見知らぬ肥満体の貴族と出会って、意味のわからないまま襲撃された。逃げようとしたが数では勝てずに捕まった。その後の記憶はない。
今も死体が見つかっていないということは、自分の意志で動き回っている可能性があると思われる、もしかしたら俺が“ルーク”になったと言うことから考えてみると、ルークも“俺”になったという事かもしれない。精神が入れ替わったのだろうか。何故逃げているかは分からないが。
***
ある朝、いつもの様にベッドの上でマレットが持ってきてくれる朝食を待っていると、そのマレットが急いだ様子で手ぶらのまま部屋に戻ってきた。俺の腹が鳴った。
「マーク様、大変急では御座いますが御当主様が本日の朝食に参加せよと仰せです。直ぐに準備をお願いします」
どうやら、ようやく”ルーク”の父親でありロートリンゲン公爵家の現当主の人物が登場するらしい。相変わらず、贅肉たっぷりで重い身体をドシドシと動かしながら、さらにはマレットに手伝ってもらいながらも、着替えを済ませて食堂へと向かった。
食堂に入ると、中央の席にヒゲをたくわえた壮年の男性が座っていて、直ぐ右横の席に神妙な顔をしている母親が座っていた。どうやらヒゲの男性が、ロートリンゲン公爵でありルークの父親らしい。
「座りなさい」
低く威厳のある声で俺に向かって言葉を掛ける。男性の言葉に従い俺は席について目の前の男性を見る。俺が座ったのを見計らって、男性は話し始めた。
「話はアメリアから聞いているが、記憶が無いという報告に嘘偽りは無いな?」
早速、単刀直入に会話を始める。目の男に座る、全てを探るように見てくる鋭い目に一瞬ドキリとしたが、“俺”という存在を疑っているわけではなく、記憶喪失が虚言ではないかと疑っているらしい。
「えぇ、あの日より以前についての記憶がありません。それと、大変失礼ですが貴方はどなたでしょうか?」
失礼になるかもしれないが、念の為に聞いてみた。
「むぅ、すまん。少し先走ってしまったようだ。ワシは、ルイス。お前の父親だ」
父親の名乗りに、ギスギスしたものを感じなかったので少し安心。煙たく思われては居ないようだったから。
朝食を一緒にしながら会話を進める。俺がルークになった日の事について、王国でよく知られているという事。現状についてとこれから。父親の話では今回の件で俺は健康状態に問題ありという烙印が押されて、後継者の話や婚約話も全てが無くなったそうだ。
父親が何とか無難に終わらせようと方々に手を回したがロートリンゲン公爵の次男や三男等を支持する貴族たちが、今回の事件や俺の記憶喪失についての情報を手に入れると、身内のことなのに絶好の機会だと考えて問題を公に晒してしまったらしい。
そのため王族からの指名であったロートリンゲン公爵の後継者としてのルークは、一気にその資格を失ったそうだ。
といっても、もともと俺とルークは別の人間なので今更になって貴族の権利は我にありと主張するつもりもないので、俺はすぐに了承した。
わかった、という俺の返事に父親はホッと一息つく。加えて、俺は直ぐにでも療養を理由に王都から離れて、ロートリンゲン領へと戻るように言い渡された。
これは、後継者としての地位を失ったルークが迫害を受ける可能性がある事、次男や三男その他の候補者の権力争いに巻き込まれないために、また今回の事件には不審な点が多くあり、問題が解決するまでは警戒して身の危険度を下げるためである。
「そうだな、アメリアにも息子について行ってもらう方が安全かもしれない」
その一言で、母親のアメリアも一緒になって王都からロートリンゲン領への帰還が決まった。
「しかし、何というか……雰囲気が変わったな」
話が一段落してから、俺の姿をまじまじと見つめていると思ったら父親がしみじみと言った。
「そうでしょうか?(雰囲気と言うか、中身が変わったからな)」
内心を表情に出さないよう注意しながら、返事をした。
「以前は、手が付けられないというか、我が強い性格だったからな」
屋敷で数日を過ごしている間、屋敷にかなりの人間が居たはずなのに俺の部屋にはマレットと母親以外の人間は訪れなかった。
以前のルーク坊ちゃまは結構わがままなお坊ちゃんだったようで、使用人達を困らせていたようだった。父親の言い方はかなりオブラートに包んでいるが、本当のことだったらしい。
「記憶はありませんが、申し訳なく思います」
俺が申し訳ない表情で、頭を下げて謝る。
「いや、謝る必要はない。ただしかし……、残念だ。今のお前になら、後継者を任せられるのだが……」
小声でつぶやく父親。俺はその言葉を聞こえないふりをした。
「さて、私はもう行くよ。我が領への出発の準備などは屋敷の人間達に任せてお前は記憶を取り戻すまで安静にしていなさい」
食事を終えた父親のルイスは、素早く席を立つと話は終わったと言って部屋を出て行った。
一先ず状況は理解できたが、まだ分からないことだらけで何から手を付けていいかわからない。だが、まずはロートリンゲン領へ向けて出発する必要がありそうだ。
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