冬は必ず春となる。
これから挑むのは正真正銘、最後の運命改変への挑戦――。
泣いても笑っても、これが最後の運命改変になる。
もう後戻りは出来ない。
まさに絶体絶命の窮地である。
だから......後悔を残さないようにしなければならない。
しかし、僕の覚悟は既に決まっていた。
もう、一分の迷いもない。
例え自分という存在が消える事になろうとも、僕は春香を守ろうと決めていた。
そして、僕は何かに頼る心を払拭する為に祖母の発明品の一切を持たず、この時間軸を訪れたのである。
敢えてそうしたのは何かに頼ろうとすれば、それが心の隙間となり純粋な想いを貫けないと思ったからだ。
それにもう既に発明品に頼って、運命改変を成せる段階は終わっている。
きっと祖母の言っていたように、春香への想いでしか、この局面を変える事は叶わないのだろう。
だから......春香を守る為には春香を救うという強い一念が必要なのだ。
運命の法則に干渉し、その法則すらネジ曲げる程の強い想いが――。
不可能を可能にするような強い想いが......。
(春香.....。)
僕は春香の姿を発見するなり、即座に春香の後を追った。
「行くな、春香!」
「えっ――?」
春香はこれから事故に遭うべき運命の場所で、僕の声に反応し振り返る。
そして、僕は春香の元に辿り着くなり春香を優しく抱き締めた。
その瞬間、春香への想いが溢れ出す。
失敗するればもう二度と春香には会えない。
また運命改変に成功したにしても、叔父夫妻に祖母の家は奪われ春香と暫く会えない状況に落ちる事は避けられないだろう。
それでも僕は春香に生きていてほしい。
例え離れ離れになろうとも、春香が生きているならきっと......どのような状況でも希望を持てるから......。
だから......。
「もう君を離さない....。
春香......君の事は必ず僕が守るから..。」
「えっ......その声は.....透の声......。
あなたは一体.....?」
キョトンとした眼差しで春香は僕を見詰める。
しかし、自身の想いを春香に伝えようとした直前、僕達は逃げ惑う人々の内に呑み込まれた。
「今度こそ......必ず君を守る......。」
人々が僕と春香を引き離そうとするように、重圧をかけてくる中、僕は必死に春香を抱き締める。
僕の腕に向けて幾度も幾度、春香から引き剥がそうとするような形で衝撃が加えられるが僕は、死力を尽くして春香を抱き締めた。
しかし、暫くすると人々の波による息苦しさ熱気は少しずつ引いていき一瞬、周囲に静けさが戻る。
「はぁ、はぁ、はぁ....。」
しかし、第一波を凌ぎきったが相応の代価を支払う事となった。
そして、その結果、僕は極度に消耗する事となったのである。
だが第一波を凌いだとはいえ、まだ第二波が残っていた。
それなのに僕には、もう大した余力は残されていない......。
僕に残されているのは、この命と春香を絶対に助けるという、決して譲る事のできない強い想いだけだ――。
「ねぇ、大丈夫.....?」
「だ.....大丈夫.....。」
声が途切れ途切れになるのも構わず、僕は春香に言葉を返した。
だが...その直後、春香は驚いた顔で僕に告げる。
「く......車が向かってくる!?
早く逃げないと!!」
「うん、分かってるよ。
でも、アレは逃げられないんだ。」
「逃げられないって.....?」
「あれは......逃げても逃れられない。
君に訪れる死の運命なんだ......。
だから僕は未来から来たんだよ春香。
君を救う為に――。」
「死の運命......未来って......?
まさか......貴方は透......なの?」
「そうだよ、春香。
婆ちゃんの残してくれた発明品で僕は......ここに来たんだ。
今度こそ必ず君を守る――。」
僕は春香に向けて、包み隠さず全てを告げた。
例え今だけしか残らない記憶であろうとも、春香に想いの全てを告げた事は決して無駄ではない。
少なくとも僕にとっては――。
しかし、春香に全てを告げ終えた瞬間、僕の背部に強烈な衝撃が走り抜ける。
その衝撃は勢い良く突っ込んできた車の衝撃――。
いや、それ違う。
それは車が僕の体に追突し発生した衝撃ではない。
それは突如として僕の背後に出現した空間が
、砕けた衝撃によるものだ。
そして、次の瞬間、体を引き裂くような強烈な引力が僕の体を絡めとる。
それと同時、僕の体と車の間に生まれたひび割れた空間から発生した引力が、僕を引き摺り込もうと猛威を振るった。
(く......何て......強力な引力なんだ......。)
僕は身を引き裂くような引力に抵抗する為に、残された全ての力を春香を掴む腕に集中させる。
この手を離せば春香の死は確定してしまう。
その事を理解しているが故に、僕はこの手を放すわけにはいかない。
全ては覚悟の上の事だ。
普通の方法で、この修正力や強制力に打ち勝つ術はない――。
この修正力と強制力は、運命の法則そのもの。
それ故にそれに打ち勝つ為の手段は、物理法則の内にはなかった。
物理法則に干渉できる可能性が有るとすれば運命の法則と同様、物理法則に干渉し変え得る何かだけ――。
即ち、運命の法則に干渉し得る域まで昇華した強い想いだけだ。
だが......それは恐らく、ただの強い想いでは届かない。
金剛石のような強固な結晶――。
そんな一念でなければ......。
だからこそ――。
(負けない......。
負けられない――!)
徐々に強力になっていく引力に耐えながら、僕は春香を抱き締め続ける。
離さない.....もう、離れない。
僕にだけに働く強烈な引力。
その引力に耐えている間、突撃してきた車や周囲の時間は止まっているように動かなくなっていた。
それはまるで、春香と事象が中心に世界が回っているような......そんな感覚。
(時間が止まっている......のか.....?
これはま、まるで......。)
僕が排除されるまで....事象は完遂されるいう事なのか――?
ならば、それは事実として春香と事象を中心に全てが動いているという事になる。
そして、その結果は僕が運命に何処まで干渉できたか次第だろう。
(手の感覚が無くなってきた.....。
だから何だ!
僕は.....絶対に諦めない!
諦めるものかぁ!)
強力な引力に耐える為に僕は、奥歯に力を込める。
その直後、ギリギリと歯がスレる音が鳴り響き僕の全身から感覚が失われていく――。
「もう止めて透....。
このままだと透が消えちゃうよ――!!」
(あ......?
僕の体が薄くなっている......そうか、だから体の感覚が――。
それにしても......何でこの状況で春香の自由意志が存在してるんだ?)
朧気になりかけている意識で、僕は春香を見詰めた。
そして、その直後、春香の瞳より涙が零れ落ちる。
「はる......か?」
(春香、君は......僕の事を心配してくれているのか?)
春香の深い想いが伝わってくる......そこにあるのは間違いなく、春香自身の自由意志――。
彼女は自分の意志で、心で僕に想いを告げているのだ。
(そうか......この時間軸の影響を受けていない事から考えて、僕と接触している事が原因か。)
悲しい表情で、僕を見詰める春香.....。
きっと春香は僕と接触しているが故に、一時的にこの時間軸の影響から逃れられているのだろう。
「春香.....そんな悲しい顔しないでくれ......僕は大丈夫だから。」
「でも......透の体が――!」
「春香......僕は決め......たんだ......。
必ず君を救い......もう一度、君と一緒に生きるって......。
だから――。」
僕を信じて――。
声は掠れ、最後まで言葉にする事は出来なかった。
だが......。
「うん、信じるてるよ透。
私、ずっと透と一緒にいるから――。」
まるで春香に僕の想いが通じたかのように、春香は僕の言葉に頷く。
「あり......がとう......は......る...か......。」
僕は可能な限り微笑みを春香に向ける。
しかし、その直後......僕は不意に気付いた。
春香との別れの日に、彼女が僕の手を握り締めながら何を告げようとしたのかを――。
(そうか......春香、君はこう言おうとしていたのか......?)
私達、ずっと一緒だよ――と。
彼女は僕の心の中で生きている......。
だから一人じゃない......。
彼女はそう僕に伝えたかったのだろう。
(うん......分かっているよ。
僕は一人じゃないって.....。)
僕は春香に向けて微笑んだ。
春香・・・ありがとう...。
そんな想いで心の中が一杯になり僕は力の入らない両腕で、春香を力一杯抱き締めた。
「もう、離さないよ春香......。」
僕が春香を抱き締め瞬間、春香も僕の体を抱き締める。
「私も離さないよ透――。
ずっと一緒だから......。」
そして瞬間、僕が春香に向ける強い想いと春香が僕に向ける強い想いが一つになった。
その刹那、ヒビ割れた空間が砕け散り、視界が真っ白な光に呑み込まれる。
何も見えない白い光の世界――。
それはまるで.....何かを描く前の白いキャンバスようだった......。
――――――
ここは何処だ...........?
それは僕の心の中の声なのか.....それとも、自分が声に出して呟いている言葉なのだろうか.....?
正直、今の僕には判断がつかない。
今、何処にいるのかも分からない。
春香はどうなったのだろうか――?
春香の運命改変は成ったのだろうか――?
そして僕はどうなってしまったのだろうか――?
それを確かめる術はない。
僕は......僕達は白い光に呑み込まれた.....。
そこからどうなったのかだろうか......。
何も分からない――。
まるで心の中に靄がかかっているように、僕の意識は朧気。
そして、海を漂っているかのようにフワフワとした感覚の中に僕は居た。
そんな時、何処かが聞こえてくる。
(何だ.........?
音か――?)
と.....お........。
いや、違う......音じゃない。
それは声だ。
誰かが僕の事を呼んでいる?
とお.....る。
そして、この声は........。
「ねえ、透。
こんな所で寝たら風邪引いちゃうよ?」
「う......ん。
えっ.........??
は.....春香?」
「はい、お茶入れたよ透――。」
「あ、ありがとう.....春香。」
(春香が生きている.....?
これは夢なのか?)
僕は自分の目を疑いながら、春香の方を見据える。
「透ちゃん、春だからって油断しちゃ駄目よ?
まだ少し肌寒いんだから風邪に気をつけないとねぇ?」
(ばぁ...ちゃん?
それに、ここは......公園?)
僕は混乱した頭を整理しながら春香と祖母を見詰める。
二人が生きている......でも一体何故――?
これは本当に現実なのか.....?
しかし、その瞬間、僕の朧気な意識の中に存在していない筈の春香との日々が流れ込んでくる。
ある筈のない思い出.....。
それは本来、僕が居る筈の時間軸より半年以上が経過した現在までの時間の思い出だった。
そして、それが春香の運命を変えた事により生じた反動なのかもしれない。
しかし、何であれ――。
(春香の運命を変えられたんだな。
良かった......。
それに婆ちゃんも生きている――。)
祖母の運命まで変わった事は僕にとって、嬉しい誤算だった。
でも何故そうなったのだろうか.....?
僕は、その理由を確かめる為にタイムゲートの事を祖母にその事について尋ねる。
「婆ちゃん、タイムゲートって今どうなってるの?」
「えっ......?
何で透ちゃんが、タイムゲートの事を知っているの?」
「あっ......いや、前に婆ちゃんから聞いたんだけど――?」
「そうなの......まぁ、いいわ。
あれはまだ理論を実証する為に実験してる段階だから、まだ試作すらしてないわ。」
「へー、そうなんだ。」
(婆ちゃんはまだ、タイムゲートを作っていないのか。
だから婆ちゃんは――。)
祖母がタイムゲートを作っていないと知った直後、僕は祖母の運命が変わったのかを理解した。
春香の運命が変わったからこそ祖母は、タイムゲートの開発を急がなかったのだと――。
春香が生きていれば僕の人生は絶望に沈まない。
だから祖母の運命も変わったのだろう。
何にしても、それは嬉しい誤算だった。
(それはそうと、あのあと春香の身には何が行ったんだろうか?)
僕はふと事故の時の事が気になり、春香に問い掛ける。
「ねえ、春香。
昔の事故の時の事、覚えてる?」
「えっ.....?
うん、朧気としか覚えていないけど大変な事故だったみたい。
あれで無傷なんて奇跡的だって、皆が言ってたしね。
うん、ただ.....。」
「ただ.....?」
「あの時ね......透が私を助けてくれたような気がしたんだよね......。」
「そっか......。」
「変なこと言ってるよね私――?」
「そんな事ないよ......。
僕には春香が無事でいてくれたってだけで十分だから。」
「ふふ.........急にどうしたの透?」
「いや、何となくね――。」
僕は春香の答えをはぐらかしながら、ふと視線を反らす。
しかし、その時、不意に薄い桃色の花びらが僕の目の前に舞い落ちる。
「あっ......桜だ。」
「本当......綺麗。」
春香は僕の言葉に静かに頷く。
それはまるで僕達を祝福してくれているようだった。
諦めなければ、不幸な日々も何時かは終わる――。
厳しく寒い冬にも何時かは終わりが訪れるのだ。
冬は必ず春となる......。
そして、不幸な日々にも何時かは、終わりがくるのだと――。
そう、冬は必ず春となる。
こうして僕の長い冬は終わり春が訪れた。
決して全てを変えられたわけではなかったが、それでも過去に戻れた事により僕は大切なものを取り戻す事ができたのである......。
しかし、それは僕一人で手にしたものではない。
大切な人達への強い想いと大切な人達の支えがあったからこそ、諦めずに挑み続けられた。
だからこそ僕は、絶望の闇を照らす希望の光を掴む事ができたのである。
でも、だからこそ僕は思う。
諦めない限り不幸という冬は何時かは過ぎ去り、幸せという春が訪れるのだと――。
冬は必ず春となる。 キャラ&シイ @kyaragon
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