全ての想いを乗せて
(駄目だ.....。
何度考えても春香を救える可能性は見えてこない。)
あれから僕は何度も模索し、手持ちの方法で春香を救える可能性を考え続けた。
だが、一つとして春香を救える可能性に辿り着けるものはない――。
その理由は言うまでもなく、物理的な手段が入り込める余地がないからである。
そして、その答えに辿り着いた直後、僕は考える事を止めた。
何故か――?
そうした理由は結局、春香への想いの全てを賭けて、ただ為せる事を為す事しか出来ないのだと理解したからである。
そう......死の運命改変が困難なのは最初から分かっていた。
絶望的な状況に直面する事も考えないようにしていただけで、挑む前から分かっていた事である。
だから手段が無いなら、ただ全力を尽くして進み続けるしかない。
強い想いを絶対に揺るがぬ信念に変えて――。
僕は頭を過る不安や絶望を必死に振り払い、再び春香の運命改変の為に過去を訪れる。
(でも何が出来る?
こんな混沌とした状況の中で――。)
逃げ惑う大勢の人々と、行く先の定まらない車の数々......。
それはさながら、人々と多数の車によって生まれた人工の津波――。
父達の運命を揺るがぬものとした津波に等しきものだ。
目の前にあるのは揺るがない圧倒的な絶望だけ――。
だが、その圧倒的な絶望を前にして僕は自分に何が出来るのかを考える。
この人々の動きを止める事、車の暴走や進路を変える事、春香をこの状況から守る等々......出来ない事に関しては数多い。
だが、だとしたら僕に出来る事は何だろうか?
僕は心を静めて考えた。
出来ない事が多すぎる......。
だが、それ故に出来る事を探すのはそれ程難しい話ではなかった。
そう......出来る事なんて、たった一つしかない。
春香を想い続ける事だけだ。
(必ず春香....必ず助ける。
必ず助けるから――。)
その答えに辿り着いた直後、僕はただ全力を尽くそうと覚悟を決める。
そして、僕は想いに身を任せ、春香の元へと駆け出した。
それより約一分程の時間を要して、僕は漸く春香の元へと辿り着く。
しかし、春香の元に辿り着いた直後、前方より必死に逃げ惑う人々が、春香を飲み込むように一気に押し寄せてくる。
(何としても春香を守る――!)
僕は何としても春香を守る為に、春香の前へと身を投げ出す。
その直後、勢いよく迫り来る人々が僕達を巻き込む形で、突っ込んでくる。
それはまるで、人間で構成された水害のように僕達を飲み込んだ。
だが、人々が僕達にぶつからんとしたその刹那、迫り来る人々に向けて不快周波発生装置を発生させる。
そして次の瞬間――。
僕と春香を起点に人々で構成された波は、真っ二つに分断される。
しかし、それで状況が変わるわけではなかった。
僕は更なる守りを固めるべく、つかさず小型電磁力発生装置を発動させる。
僕の狙いは、トラックから逃げ惑う一台の車を引き寄せる事。
その車で即席のバリケードを作り出す事が、僕の目的だった。
だが、車が重すぎて順調に引き寄せる事ができず、僕は車を引き寄せる事に見切りをつけ、春香を守る為に空気圧の壁を発動させる。
しかし、その直後――。
空気圧の壁が構成されんとしたその瞬間、トラックに追われた一台の車が未完成の空気圧の壁を突き破り、僕の横をすり抜けた。
「なっ――!?」
僕は反応一つ出来ぬまま、目を見開き身を硬直させる。
そして僕が見守る中、春香の体は勢い良く道路へと落下し......。
吐血する。
もはや、確認するまでもなかった。
春香の死は確実――。
こうして、この時間軸における二度目の死が春香に訪れる。
(僕は何て無料なんだ......。)
覚悟はしていた.....。
そう簡単にはいかない事を――。
しかし、それでもこの現実はあまりにも辛すぎた――。
僅かな希望の光すら見えない絶望的な現実。
だが.....。
それでも進むしかない――。
その先に幾度もの苦しみと悲しみがあったとしても――。
今は進む事しかできないのだから――。
だが.....その絶望的な現実はこの先でも決して終わる事はなかった。
それから幾度、春香を救おうと挑み続けただろうか?
何度も何度も何度も何度も......春香は僕の目前で死に続ける。
春香を建物の上に逃がそうとすれば突風により妨害され、バリケードを構築しようとすればバリケード完成前に、その隙間に車が激突し......春香は命を落とす。
何をしようとも、どれ程の手を尽くそうとも、この度に春香は僕の目前で幾度も幾度も死に続けた。
その結果......僕は多くの時間を失う事となる。
そして......現在、僕に残された時間は僅か一日半のみ。
(あと......何ができる......?)
未だに糸口すら掴めぬまま僕はタイムゲートの前で立ち尽くす。
もう、やれる事はやり尽くした......。
幾度ども幾度ども失敗を繰り返し、既に僕の心は悲しみと無力感で埋め尽くされている。
これは何度目の挑戦なのだろう――?
心が疲弊し過ぎて、もはやそれが何度目なのか思い出せない。
だが、それでも僕は諦めるわけにはいかなかった。
諦められる筈がない――。
春香の未来を取り戻す為に――。
それこそが今の僕にとっての唯一の願いだから。
だからこそ――。
僕は諦める事なく次なる一手を考え続ける。
そして僕は、無謀としか思えない一手に辿り着いた。
(・・・・・物理的手段はもう......やり尽くした。
なら......後は命を賭けるしかないな......。)
それは完全に無謀......捨て身としか言えないな手段。
しかし、もう僕には有効な手立ては残されていなかった。
それはもはや藁にもすがる思い。
だが、今の僕にそれ意外の術はなかった。
でも.....本当は理解している。
きっと、この方法も強大な運命の強制力を前では無力なのだろう――。
それでも他に方法はない。
もはや手詰まりである以上、僕に道は残されていないのだ。
だから僕は――・・・・。
この方法を選択するしかなかった。
物理法則に準ずる手段が通用しない以上、あとは僕が身を呈して春香を守るしか道はない。
しかし、それは運命という引力に真っ向から挑むのと同義である。
きっとそれは、大自然の猛威に矮小な一人の人間が挑むようなものだろう――。
(今、行くよ春香――・・・・。)
僕は時間軸に到着するなり、春香の元へと駆け出した。
そして、春香の元へと辿り着いた僕は春香を抱き締めると、周囲に空気圧の壁を張り巡らす。
「えっ......!?
何ッ――?」
春香は驚きの声を上げたものの周囲の状況を目にし、身を強張らせる。
「今度こそ必ず守るから......。」
僕は自分に言い聞かせるように、そう春香に告げた。
その直後、強烈な衝撃が僕の背中を走り抜ける。
それは逃げ惑う人々がぶつかってきた衝撃。
だが、僕は幾度となく体に走る衝撃を耐え凌ぎ、何とかその状況を遣り過ごす。
しかし、この状況はまだほんの序章にすぎない。
本番はこれからだ。
その直後、逃げ惑う数台の車が空気圧の壁に衝突し強烈な衝撃が、僕の背中に襲いかかる。
だが、幾ら強烈な衝撃であろうとこの時間軸の存在ではない僕が傷付く事はない。
しかし......その代償は他の形で訪れる。
僕がその衝撃に耐えれば耐える程、僕に作用する強制力が強まるのだ。
その作用とは僕を元の時間軸に引き戻そうとする引力である。
この時間軸で僕は存在してはならない異存在。
だから僕は、この時間軸で傷つく事も死ぬ事も許されないのだ。
しかし――。
(く.....か、身体がバラバラになりそうだ...!?)
僕は必死に抵抗し続ける....。
だが、耐えれば耐えるほど体が軋み......体から力が抜け落ちていく。
もし、このまま耐え続けたら僕はどうなってしまうのだろうか?
その瞬間、僕の脳裏に消滅の二文字が浮かび上がる。
このまま耐え続ければ.........僕は消えてしまうのではなかろうか?
それが今が向かっている先ならば、このまま行けば僕は最初から存在しなくなるという事――。
そう考えた直後、僕の心から身を引き裂くような強制力に抵抗する気力が消えた。
その直後、遂に僕の心と体は限界を迎える。
そして......抵抗する気力を喪失した僕は一気に闇の中へと引き摺り込まれた。
それからどれ程の時間が経過したのだろうか?
(う............。
こ.........こ.........は.........?)
目覚めると、僕は天井を見上げていた。
(ち.........からが......入ら......ない。)
僕は焦点が定まらない状況ではあったが、何とか周囲を確認し、そこが研究室である事を理解する。
(は......やく、体を休め......ない......と。)
何とか立ち上がろうと努力するが全身が怠く、上手く立ち上がれない。
だが、手刷りに掴まれば何とか移動できなくもないようだ。
僕は何とか残された力を振り絞ると、何とか自室に辿り着く。
そして、僕はベッドに倒れ込んだまま意識を失った。
広がる闇――。
そんな闇に一筋の光が差し込む。
(光.........?)
暗闇の中に一筋の光。
だが、気がつくと世界は一変していた。
そこに在ったのは、見慣れた公園の風景。
僕がベンチに座っている。
そして、その横には――。
(春香.....。
これは夢なのか?)
ぼんやりとした意識とある筈のない状況。
これは現実ではないのだろう。
きっと僕の春香に生きていてほしいとの想いが、この夢を見せているのだ。
だが、所詮は現実ではない。
でも......僕はこんな日がくる事を待ち望んでいるのは事実だ。
大切な人と過ごしたあの日々を取り戻したい......。
それは偽りなき僕の心からの想いだった。
そんな想いを抱えながら僕は、虚像の春香に向けて口を開く。
「春香......ごめんね....。」
「どうして謝るの......?」
「僕は.....君を助けられなかった。
ごめんね春香....。
助けるって誓ったのに...。」
春香にそう告げる僕は泣いていた。
悔しさと悲しさが込み上げてきたからである。
それはとても悲しく......そして、切なかった。
しかし、その直後....春香が僕を優しく抱き締める。
「大丈夫だよ....。」
春香は静かな口調でそう.....僕に告げた。
何が、大丈夫なのだろうか.....?
その言葉が意味するものは僕には分からない。
でも....一つだけ分かる事もあった。
(温かい.....。)
春香の温もりが伝わってくる。
温かくて、安心感のある優しい温もり――。
それはもう二度と会う事の出来ない母の温もりに似ていた。
静かな時間がゆっくりと流れ....長い沈黙の後、僕は春香に向けて静かに問いかける。
「ねぇ、春香.....。
君は最後に僕に何て言おうとしてたの?」
春香は僕に向けて無言のまま、ただ微笑んだ。
答えてくれない事は分かっていた。
所詮、これは僕の夢なのだから――。
そして、僕は強烈な熱気の中で目を覚ました。
(あ、朝.....なのか?)
僕は時計を確認し青ざめる。
時計の時間は最終日の午後の五時――。
つまり僕はあれから一日近く眠っていたという事。
それは正真正銘の窮地だった......。
挑戦も恐らくは後一度が限界......つまり次の一回で全てが終わる。
成功しても失敗しても、この一回で全てが終わるのだ。
泣いても笑っても、これで本当に最後。
だがそんな時、僕の脳裏にある思いが過る。
昨日の最後の運命改変......僕は本当に命を賭けきっていたのだろうか?
想いの全てを尽くしきり春香を救おうとしたと言えるのか?
僕は冷静に考えた。
最後の運命改変はヤケクソ気味に行動し、抗う事を半ば諦めてはいなかっただろうか?
(そうか.....僕は何処かで恐れていたんだな......。
自分が消滅してしまう可能性を――。)
僕は自らの甘えと半端な想いで、春香の運命と向き合っていた事に不意に気付く。
結局、僕は何処かで逃げていたのだろう。
その事に気が付いた瞬間、僕の心から迷いは完全に消えていた。
どのみち春香が居ない人生など、意味はない.....。
ならば.........。
(全てを賭けきろう。)
その結果、僕自身が消える事になろうとも――。
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