苦悩と絶望の呪縛
僕は一旦、元の時間軸へと戻り、それより一日前へと移動した。
それは体の疲労を少しでも軽減する為であったが、理由はそれだけではない。
(くそ.....何でだ?
どうしても頭から離れない......。
僕を助けた事で春香が死ぬなんて――。)
その事が、どうしても頭の中にこびりついて離れなかった。
理由が分からない。
何故なら春香の死の運命は強制力により、発生したもの。
つまり、僕が原因などという事はあり得ないのだ。
なのに――。
(何で、こんなに罪の意識に苦しんでいるんだ?)
精神を押し潰すような重圧。
だが、それとて春香が事故に遭う時間軸よりマシだった。
何故なら春香が事故に遭遇する時間軸では、罪の意識によるプレッシャーにより、手足に力が入らない程の状態にあったからである。
僕は何とか心を落ち着けながら、何とか冷静に思考を重ねた。
そして、ある一つの可能性に辿り着く。
(待てよ......まさか、これは心理的な形で僕に強制力が作用しているのか.....?)
それはあまりにも突拍子もない結論だった。
しかし、それ以外にこの状況を説明できるものがあるだろうか?
いや、どう考えても、それ以外の答えはない。
その後、何度も別の可能性を考えてみたが、辿り着く結論は常に同じ――。
行き着く答えは、運命に作用する強制力が、運命の流れを阻害する異分子である僕に対して、心理的攻撃を仕掛けてきているというものだった。
(そんな事が有り得るのか?
でも、どう考えてもそうとしか思えない。)
何故そう考えたのかといえば、春香が事故に遭遇する時間軸に居た時に罪の意識や、苦しみの重圧の比重が違い過ぎるからである。
現在の精神的な苦痛は、春香が事故に遭う時間軸に比べたらかなりマシだからだ。
ならば、そこから導き出される答えは一つだけである。
だが――。
(それが事実だとすると、今までの方法じゃ対処できない事になるが......。
一体、どうしたらいいんだ?)
僕は一旦、心を落ち着けて状況を整理する事にした。
春香は僕を助ける為に、車に跳ねられて命を落とす事になる.....。
しかし、何故ここで僕が関与する必要性があるのだろうか?
考えてみれば、奇妙な話しだった。
確かに一連の流れとしては、僕を助ける事が原因で春香の死が確定したように思える。
だが、僕はそこにある違和感を感じ、考え込む。
そして、一つの答えを導き出す。
(待てよ....。
もしかして助ける必要はないんじゃないのか?)
僕はふと、運命の法則性を思い出し、状況をそう結論付ける。
冷静に考えてみれば、現在僕が生きているならば、過去で僕が死ぬ事などあり得ない。
何故なら、もし、そのような状況があるならば現在の僕に何かしらの影響がある筈だからだ。
つまり、僕が事故に巻き込まれるような状況は、そう認識させる為のフェイク――。
ならば認識を改めねばならなかった。
春香を救う事に徹底すれば、春香を救えるという認識に――。
だが...それを成すには一つ、乗り越えねばならない壁がある。
僕の中に突然生じる強烈な罪悪感と、苦しみ......それに迷い――。
その全てに惑わされないようにする必要があるのだ。
そして、それに打ち勝つ方法はただ一つ......春香を救いきるとの想いをより強固にし、貫ききる事のみであろう。
ならば、為すべき事は決まっている。
(必ず君を救ってみせるよ......。)
僕は覚悟を決め、再び春香を救う為に過去へと向かった。
しかし、到着するなり僕の中に強烈な不安が生じる。
春香が過去の僕を庇い、死に行く光景が脳裏から離れない。
そして、何度、春香を救おうとしても春香を救えないのではないかという不安――。
それら十分に起こり得るであろう、不遇の可能性が僕の心を侵食し始める。
(ま.....惑わされるな......。
そんな事は絶対に起こり得ない!)
僕は自分自身にそう言い聞かせつつ、春香を探す事に集中した。
だが、春香を発見した直後、車の渋滞が始まる。
それは前回と全く同じ状況だった。
ならば、これから起こるのは前回と同じ状況――。
(間も無く車がくる。
早く、春香の近くに移動しないと!)
僕が動き出すのとほぼ同時、過去の僕と春香の後方より、白い乗用車が迫りくる。
そして、数秒後、その白い車が前の車を追い越すべく、急加速を始めた。
その直後、春香は車の接近に気付き過去の僕を助けようと過去の僕の元へと急ぐ。
このままでは、前回と同じ結果となる。
(させるものか――!)
僕は即座に能力向上機を発動させ、自らの移動速度を一気に引き上げた。
次の瞬間、俊敏さが一気に引き上げる。
(くっ......体が軋む!)
体にかかる強烈な反動――。
それは移動速度をかなり強化したが故の代償だった。
だが、僕はその体にかかる大きな負担に耐えながら、前進を続ける。
そして、何とか車が来るより先に春香の元へと辿り着いた。
その後、僕は即座に春香を抱き抱え、春香の向かおうとしていた方向から急いで距離を取る。
だが、車はそんな僕達を追い詰めるかのように、一気に距離を詰めようと急加速を始めた。
僕はその状況を確認し、車の前進を阻止するべく、空圧発生装置を使い空気圧の壁を発生させる。
しかし、車はそんな事はお構い無いに空気圧の壁もろとも春香の命を奪わんと、強引な突撃を始めた。
(やはり簡単にはいかないか――。)
僕は車が空気圧の壁を突き破らんとしている状況を目にし、即座に重力発生装置を発生させる。
それと同時に、車に向けて発生した強烈な重圧が一瞬、車の前進を阻害した。
僕は後方の車の状況を確認し終えた後、即座に外壁の上へと跳ぶ。
春香も状況を理解出来いない事もあってか、身動き一つしなかった。
その為、僕は何とか外壁を伝い春香を家屋の屋根へと移動させる事に成功する。
僕の考えが正しければ、これで運命改変は終わる筈だった。
それと今現在、僕に異変がない事から考えても過去の僕が死んだり、大怪我などはしていないらしい。
(まだ、油断できない。
まだ何かあるかもしれないし......。)
だが、僕の心配を余所に特に白い車は追い越しを終え、何事もなく走り去って行く状況を静かに見守る。
僕は白い車が見えなくなった事に安堵しつつ、念のため過去の僕が無事である事を確認しようと、視線を過去の僕に向けた。
過去の僕は白い車が過ぎ去った方を見詰めたまま、壁際から動けずにいる。
だが、予想通り怪我らしい怪我はないらしい。
(どうやら、上手くいったようだな?)
過去の僕が無事である事を確認し、僕は胸を撫で下ろした。
それなりに確証はあったが、やはり死ぬ運命にない者が死ぬ事はないらしい。
(・・・・・いくら確証があったとはいえ、実証できていない事を元にして、行動してたんだから考えてみれば、かなり危険な事してたんだよな?)
自分の行いの危険性を考え、僕は思わず身震いする。
だが、何であれ上手くいったし、確信が実証に変わったのだから結果オーライなのだろう。
ともあれ、僕は春香を安心させる為にもう安全である事を告げた。
「もう大丈夫だよ。」
「危ない所を助けていただいて、ありがとうございます。
あの....貴方どこかで?」
「うん、まぁ、似てる人はそれなりにいるだろうからね?」
僕は春香の問いをはぐらかしつつ、安全を確保した後の校門へと運ぶ。
そして、春香に別れを告げた。
正直、春香と話たい事は沢山あるが、どうせ話をした所で記憶には残らない。
何より時間がなかった。
残された時間は僅か三日程――。
しかし、それでもここまで順調だったのは喜ばしい事である。
だが、だからこそ逆にそれが不安だった。
それはまるで、嵐の前の静けさのような....波乱の予兆。
そうとしか思えなかった。
(いや......そうとは限らない。
きっと次も上手くいくさ......。)
僕はそう思い直し一旦、現在の時間軸に帰還し、少し体を休める。
そして、その後、僕は三度目の事故が発生現場を確認するべく、過去へと向かう。
移動先は二回目改変を終えた時間軸から見て、一日先の過去だった。
順調にいけば、最後の事故はこの時間軸で起こる筈――。
そんな可能性から僕は、この時間軸で春香を探した。
僕の考えが正しければ、事故発生タイミングは今までに近い形の筈――。
そして、待つこと三十分後、春香と過去の僕は下校をするべく、他の生徒達と共に校門から姿を現す。
だが、その後、特に何もなく春香達は帰り道途中の交差点へと差し掛かる。
(まだ、何かが起こる気配はないな....。
もしかして、この時間軸では事故は起こらないのか?)
この状況であれば十分もしないうちに春香達は、家へと帰宅するだろう。
だが、まだそうだとは限らない。
もしかしたら二回の運命改変で、もう春香にの死の運命が変わった可能性があるが......。
(しかし、死の運命がそう簡単に変えられるものなのか?)
だが、それは所詮は希望的観測。
そうあったなら、どれ程良いか分からない――。
だが、現実はそんなに甘くはなかった。
その直後、多数の人々の悲鳴が木霊する。
人々は逃げ惑い、その後方より暴走トラックが姿を現す。
そして、春香は逃げ惑う人々の波に巻き込まれ、その数秒後、後方からトラックが定まらない運転で急加速を始めた。
だが、僕がそのトラックに目を奪われた瞬間、トラックを避けようとした数台の車の一台が、急ハンドルを切り歩道に入り込む。
次の瞬間、春香はその車に跳ねられ、歩道へと落下した。
落下した春香は、口から吐血し......静かに目を閉じる。
過去の僕は慌てて、春香の側に駆け寄るが、春香は既に事切れていた。
そして、その直後、過去の僕の悲しみに満ちた声だけが木霊する。
(やっぱり三度目はあるのか、くそ......。
でも、こんなのこんなのどうしたらいいんだ?)
逃げ惑う多数の人々に、暴走するトラック。
その上に混乱し予測のつかない形で向かってくる数台の車。
もはや、死の運命は春香のみに向けられた事象ではない。
明らかに周囲を巻き込む形に変質している。
それはあまりにも複雑な形であり、普通の方法では対応が出来ないものだった。
しかし、その直後、僕の脳裏に父達の運命の事象が過る.....。
もし、この状況が父達に訪れた運命の事象とほぼ同じものだったとするなら――。
(物理的法則はねじ曲げられる可能性が高いという事か......?)
それはつまり、春香を救う術が無いに等しいという事である。
だが――。
(例え、それが事実であろうと......もう諦めるわけにはいかないんだ......。)
僕は横たわる春香を見詰めつつ、今一重の決意を心に刻み込み、その場を後にした。
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