懐かしき日と一筋の願い。

春香――・・・・。


必ず君を救ってみせる――。


春香は下校途中に突然、突っ込んできた車に跳ねられ....その短い人生に幕を閉じた。


何故......彼女はそんな死に方をしなければならなかったのだろうか?


未だに、その答えは出ていない。


ただ一つだけハッキリしている事は、春香の不幸な運命を必ず変えなければいけないという事である。


本当ならもっと早く、春香の運命を変えに来たかった。


しかし、僕は春香を救えない時の事を恐れ、春香を救うという決断を先延ばしにしていたのである。


だから僕は、春香を確実に救える可能性が見出だせるまでの間、春香の運命改変を遠ざけていた。


だが......今や、そんな事を言っている余裕はない。


だから僕は悩む事を止め、春香を救うという決断をしたのである。


そして、、僕は決意を新たにタイムゲートを起動させた。


その僅か後、タイムゲートを潜り抜けた僕の目の前に、懐かしき光景が映り込む。


そこは中学校時代によく通った道程。


春香と共に幾度もの歩み重ねた通学路である。


時間は午後四時を過ぎたばかり――。


僕は懐かしき風景を目にし、ふと、昔の事を思い出す――。


当時、僕の精神状態は漸く安定してきたばかりであり、まだ油断できない状態にあったのである。 


その為、春香は僕と一緒に居る時間を優先し、僕と共に居ようとしてくれた。


それは彼女が僕の気持ちを理解していたからこその行動だったのだろう。


心に深い傷を負っていたが故に、彼女には僕の気持ちが理解できたのである。


そして、僕もまた深い心の傷を負っているが故に、そんな彼女の気持ちを理解できた。


それ故に僕達は、互いに支え合う関係となっていたのである。


そう......それはまるで最初から二人で、一つであるかのように、僕達は支え合い歩み続けた。


しかし、そんな大切な存在である春香は、この日を境に忽然と消えてしまう。


突然の悲劇によって――。


春香は白い普通乗用車の不注意により、起きた不慮の事故により、その短い生涯に幕を閉じたのである。


それは僕や彼女にとって、理不尽以外の何物でもなかった。


だから今度こそ、必ず防がなければならない。


理不尽なる不幸の訪れを――。


(二度と春香にあんな不幸な運命を迎えさせはしない――!)


勿論、そう簡単に成しえない事など重々承知していた。


特に三度目の改変に関しては、一筋縄ではいかないだろう。


また一度目とて、決して楽観視はできるものではない。


だが、そんな困難な状況下にありながらも、一度目の運命改変に対する緊張感は、不思議と感じられなかった。


何故かは分からないが、僕の心は不思議な程、落ち着いている。


だが、その直後、不幸の訪れを開始する合図が鳴り響く。


開始の合図とは、車のエンジン音と加速音である。


僕は急速に近付いてくる車が近付くを聞き、即座に春香の元へと走り出す。


急がねば間に合わない。


しかし、まだ何かを実行するべき時ではない――。


自分にそう言い聞かせながら、僕は心を静めた。


そう......焦りは致命的な失敗に繋がる。


何より起こるべき事象に対して、即座に対応すれば、その時点で修正力が働く。


ならば好機と言うべき瞬間は、一つしかない――。


春香が車に跳ねられる一瞬だ。


これこそが、この運命を確定させようとする強制力の隙をつく、唯一無二の一手。


勿論、そこに確固たる確信はない。


しかし、今の僕には迷っている余裕などなかった。


僕は自分の考えを信じ、能力向上機を発動させる。


そして、それと同時に僕は春香の後方へと、空気の壁を作り出した。


空気の壁は厚みが薄ければ薄い程、生み出すまでの時間は早まる。


僕は空気の壁が完成すると同時に、春香を後ろから抱き締めた。


そして、それとほぼ同時に空気の壁を蹴り飛ばしながら、車の進行方向へと跳ぶ。


「えっ――!?」


状況を理解できずに、春香は驚きの声を漏らすが僕は、春香を落ち着かせる為に「大丈夫だよ」と静かに告げる。


だが、目前にはアスファルトの地面があり、そのまま激突すれば春香を救う事は叶わないだろう。


しかし、幾度もの困難や絶望を経験した僕にとって、それはまだ諦めるに足る状況ではなかった。


僕は再び空圧発生機を発動させ、地面に激突する直前に、空気圧のクッションを作り出す。


精製速度を重視したが故に大して厚みはないが、それでも怪我をしない程度には衝突するショックを和らげてくれる筈――。


僕はそんな目算と共に、空気圧の壁へと身を任せる。


そして、予想通り空気圧の壁が僕達が転がり込む衝撃を、見事に吸収した。


その後、僕と春香は空気圧の床を転がりながら、何とか立ち上がる。


だが、まだ終わりではない事を僕は知っていた。


だから、僕は即座に次なる状況に備える。


死の運命が、怪我の運命より容易い筈がない。


それ故に、次の強制力が生ずるのは容易に想像できた。


(次はどうくる――?)


振り向くとほぼ同時――。


乗用車が空気圧の壁を弾き飛ばし、僕達に向けて急加速を始める。


だが、追突される直前、僕達は能力向上機を起動し、車の上空を勢いよく跳び越えた。


その後、車の屋根を再度蹴りつけ何とか近くの民家の屋根へと無事着地する。


そして、僕は抱き抱えている春香を下ろし、上から乗用車が走り去るのを確認した。


そこから車が姿を消すのを待ち、僕は漸く胸を撫で下ろす。


しかし、その直後だった。


春香が僕に困惑した表情で尋ねる。


「あ、あの......何でこんな事に?

それに貴方は誰なんですか?」


「ごめんね、全部終わったら話すよ。」


何を言われたところで、答えられる筈もなかった。


この状況をどう説明するというのか?


何より、どうせ修正力により話した事は無かった事になる。


ならば、今ここで答えられる言葉など僕にはなかった。


「あ......ここだと怖いよね?

今、下の方に戻してあげるからね。」


「えっ......戻すって――?」


僕は春香が言葉を終える前に即座に抱き抱えると、通学路に向けて飛び降りた。


当然、着地の衝撃はあるが、それに関しては空気圧の床を作り、着地の衝撃を吸収。


僕達は無事、通学路へと戻る事に成功した。


そして、僕は春香へと一方的に別れを告げ、次なる状況の確認へと向かう。


僕が向かったのは、この時間軸の一日先。


前回と同様、学校前だ。


ここで待てば春香の動きが終えるし、事故の運命に遭遇する筈――。


そう考えた僕は、春香が学校から出てくるのを心を落ち着けながら待った。


しかし、春香が校門から出てくるのを確認した瞬間、春香の手を取りこの場から逃げたいとの強烈な思いに駆られる。


(落ち着け......。

そんな事をしたって、何も変わらないのは分かっているだろ!? 

一体、何なんだこれは――?)


何も変えられないと分かっていた――。


分かっている筈なのに何故か、心の内からフツフツと激しい衝動が沸き立つ。


(くそ......冷静になれ、冷静になるんだ!)


僕は何とか、自分の心を落ち着かせ、次に起こる状況を確認しようと試みた。


そして、その数十秒後、遂に次なる運命の事象が訪れる。


「透、早く帰るよ~。」


「ちょ、ちょっと待ってよ春香~!」


それは過去の僕が、春香を追い走り出すのと

ほぼ同時だった。


春香の後方から一台の車の車が近付く。


だが、その直後、その車の更に後方から激しいエンジン音が鳴り響いた。


前の車の遅さに苛立った後方車両が、強引な追い越しに踏み切ったのである。


そして、辺りをしっかりと確認する事なく白い乗用車は、一気に追い越しをかけた。


だが、その先には過去の僕と春香が居る。


悲劇が訪れるのは火を見るより明らかだった。


(くそ......また見なければならないのか、春香が死ぬ瞬間を!!?)


僕は耐え難い苦痛から、思わず歯を食いしばる。


そして、その数秒後、車の接近に気付いた春香が、過去の僕を助ける為に突き飛ばす。


だが、もう迫りくる車を回避する余裕は無い。


だが、そんな中、不意に春香は微笑んだ。


(春香......今、微笑んだのか?

なんで......なんでだよ!?)


それは安堵と、とても悲しい想いを含む複雑な微笑み――。


僕は春香のそんな辛そうな微笑みを、心に刻み込みながら春香の最後を静かに見届けた。


そして、春香が車に跳ねられ地面に転がり落ちてから数秒後、過去の僕が立ち上がり春香の元へと駆け寄る。


状況こそ異なっていたが、それは僕が春香と別れた時の再現そのものだった。


僕は忌まわしくも悲しい光景を目にしながら、かつての苦しみを噛みしめる。


もう......二度とこんな悲しい思いはしたくない。


だからこそ必ず、この結末を変えなければならないのだ。


必ず――。


僕は悲しみを噛みしめ改めて、春香を救おうと決意する。


それは僕が何として叶えたい望みであり、どうしても叶えたい一筋の願いだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る