別れ――。

「婆ちゃん、行ってくるよ....。」


「思い残しのないように、しっかりとお別れしてくるのよ?」


「うん......分かってるよ、婆ちゃん....。」


僕は祖母の方を振り向きながら、精一杯の笑顔で答える。


正直、本当に笑顔が作れていたのかは分からない。


でも痩せ我慢でもしなければ、僅かな前進ですらできる筈もなかった。


そして、僕は可能な限り冷静さを装いながら、祖母に背を向け、タイムゲートで過去へと向かう。


ただし行くべき場所は、津波が訪れる日時ではなく、僕達が祖母の家に向かった日――。


本来の事故が起こる日の一日前であり......僕が父達と、最後に家族らしい会話をした切ない思い出の残された一日である。


あの時、僕が我が儘を言わなければ父さんや母さんは....それに優も死ぬ事はなかったのかもしれない。


運命だと理解している今でも、そんな思いが鋭い刺のように僕の心に突き刺さっている。


悔やんでも、悔やみきれない選択....。


それが決して避けては通れないものだったとしても、僕は自分自身を責めずにはいられなかった。


だが、何であれもう......そんな後悔や懺悔の思いを、拭いさる事は叶わないだろう。


何故なら僕は、もう父達の死を受け入れる決断をしたからだ。


だから僕はここに居る。


僕がこの時間軸を選択した理由は、ここが僕が父達と過ごす事が出来た最後の時間であり、そして......多少なりとも一緒に話が出来る可能性があるからだ。


それは、僕がこの時間軸では部外者であるが故の選択だったのである。


だから僕は僕の家族に関与する為に、相応の状況が必要だった。


(うぅ......寒い....。

それにしても、懐かしいな......。)


僕は周囲の風景を見ながら、かつて過ごした住宅街に住んでいた時の記憶を呼び起こす。


それらは僕が祖母の家に引っ越して以来、見る事のなくなった風景だった。


そして......父達の死後、僕が父達の死を受け入れない為に、見ないようにしてきた風景――。


(そういえば小学校に行く時、この道を通ってたっけな――?)


僕は小学校に通った思い出を懐かしみながら、かつての記憶を思い返す。


この道は僕と優が一緒に小学校に通った道だった。


そして、僕はかつての通学路を通り......執着地点に辿り着く。


(父さん、母さん、優......ただいま。

僕、漸く帰ってこれたよ......。)


僕は立ち止まり、懐かしき我が家を見上げた。


生まれた時から住んでいた懐かしき我が家。


それは本来の時間軸では父達の死と共に失われし、かつての我が家である。


(懐かしいな......。

ここで母さんの手料理を皆で食べたんだよな......。

美味しかったよな、母さんの料理――。

楽しかったな......皆と過ごした日々。)


過去を懐かしんだ直後、僕の目から涙が零れ落ちる。


祖母の家に移り住んで以降、戻った事の無い場所......。


父達が帰らぬ人となってから売りに出された為、僕が生きる時間軸では既に父達と過ごした家は残ってはいない。


でもこの時間軸ならば....僕が過ごした家が有り、父や母、弟の優もまだ生きている。


でも......もう、この懐かしき日々はもう戻ってはこない。


何故なら、これはもう既に失われた日々だからだ。


だからこそ......僕は、しっかり終わらせなければならなかったのである。


(皆としっかりと話をしてこよう....。

そして――。)


皆との別れを済ませなければならない。


そう決意し、僕は歩みを進める。


しかし、僕の足取りは異様に重かった。


これが名実ともに、本当の意味での家族との別れとなる。


例え納得できなかろうとも、受け入れて進むしかないのだ。


それが本来、誰しもが選ばねばならない道である。


だから僕はも、この耐えがたき不幸を受け入れて、一歩を踏み出さなければならなかった。


一歩......また一歩......重い足取りで、僕は前進を続ける。


歩みを進める度に父や母、弟の優と過ごした日々が頭を過り僕は、その歩みを思わず止めた。


別れたくない――。


幾度も幾度も沸き上がるそんな想い。


だが、望もうが望むまいが、もう選択はなされたのだ....今更、引き返せる筈もなかった。


家族に訪れる死という結果を変える事はもはや不可能――。


この状況に拘り続ければ、ただ時間を無駄に浪費し心が疲弊するだけなのは目に見えている......。


ここで終わるわけにはいかなかった。


僕にはまだやり残した事があるのだから――。


(駄目だ......。

こんな所で、終わるわけにはいかない!)


正直、何も考えないで、この懐かしさに浸っていられたら、きっと楽なのだろう。


でも....それを選んだら僕は春香を救えない。


そして、僕に幸せになって欲しいと力を尽くしてくれた祖母の想いを裏切る事になる。


だから僕は――。


(止まるわけにはいかないんだ!)


僕は再び決意を固め、歩き出した。


だが、その直後、僕は父や母が家から出てくるのを目にし、再び足を止める。


そんな僕に気付き、父と母は僕の方を見詰めた。


(あっ......父さん達と目が合った!

どうしよう?)


何を言うべきかを迷いながら、僕は呆然と家族の姿を見詰める。


二人にどんな言葉をかけるべきなのだろうか?


僕はそんな迷いと共に二人を見詰めた。


しかし、その直後、父が僕に向けて不意に口を開く。


「こんにちは。

不躾ですが、もしかして何方かの家を探されているのですか?」


「あ....いえ....。

実は昔、この近くに住んでいたんですけど、懐かしくなってしまい、つい立ち止まってしまいました。」


「あ......そうなの?

所で貴方、学生さんかしら?

此方にはご家族一緒に来られたの?」


「いえ、家族はもう――・・・・。」


僕は一瞬、言葉を詰まらせた。


本来の時間軸に家族はもう居ない。


だから僕は母に向けて言うべき言葉は一つしかなかった。


「もう居ません。

小さい頃に、亡くりましたから。」


「そう....ご免なさい。

話ずらいこと聞いてしまって....。」


「いえ....そんな事ないです。

実は僕の家この辺だったんです。

それに声をかけてもらって正直、嬉しかったので。」


「嬉しかったというのは、どうしてだね?」


「懐かしかったんです。

旦那さんや奥さんが、亡き父や母に似ていたので。

まるで、父さんや母さんと――。」


僕は最後まで言葉を言い終わる事はなかった。


何故なら積もり積もったが想いが、涙へとなり、僕の言葉を塞き止めてしまったからである。


止まらない涙――。


父や母に伝えたい想いが沢山あるのに、僕は何一つ言葉にする事が出来なかった。


しかし、その直後――不意に父が口を開く。


「そうか....辛かったろうなぁ。

私もその気持ちは、少なからず分かるよ。

私も最近、父を亡くしたからね......。

それに君は、なんか他人のような気がしない。」


「えぇ、それは私も思っていたわ。

貴方、息子の透に雰囲気が似ているから他人のように感じなかったのね?」


「お前もそう感じていたのか......。

不思議な事もあるものだな?」


そう言い終わるなり父と母は、優しい微笑みを僕に向けてくれた。


しかし、その直後、二人の子供が僕達の前に現れる。


「父さん、婆ちゃんの所に行く準備できた?」


「嫌だな~、だって婆ちゃんの所、退屈だし。」 


僕達の前に現れたのは考えるまでもなく、幼き頃の僕と弟の優だった。


僕は懐かしいき日の光景を目にし、あの日の事を思い出す。


(あぁ、そういえば優は婆ちゃんの家が退屈だって言って、婆ちゃんの家に行くのを嫌がっていたんだったな......。)


だが、今はそんな想いに浸っている場合ではなかった。


何故なら幼き頃の僕達が来たということは、もうあまり時間が残されていないという事だからである。


「すまないね。

本当はもう少し話しをしていたいんだが、ちょっと実家に行かなければならなくてね。」


「本当に、ご免なさい。」


父と母はすまなそうに僕に頭を下げた。


この状況が訪れる事は覚悟していたが、あまりにも早すぎる――。


だが、僕がどのような想いにあろうとも間も無く、別れの時が訪れるという結果は変わらない。


だからこそ僕は、この僅かな時間を大切にし思いを尽くさなければならなかったのである。


「此方こそお忙しい所、すみませんでした。

あの・・・・これも何かの縁なので、もし宜しければ皆さんと一緒の写真を撮らせて頂きたいんですが?」


「あぁ、それぐらいなら問題ないよ。

透、優、そこのお兄ちゃんと一緒に写真撮ろうか。」


「うん....写真?」


「えー・・・・。

お婆ちゃんとこに行かないの?」


「終わったら直ぐにお婆ちゃんの所に行くから、心配しないで透。」


「うん、絶対だよ、お母さん!」


幼い僕と優は父と母に説得され渋々、父と母の前に並ぶ。


僕のその様子を見ながら、父と母に向けて口を開く。


「我が儘を言ってしまい申し訳ありません――。」


「いや、いいんだ。

これは君にとって大切な事なんだろ?」


「はい....その通りです。」


僕は父の言葉に素直に頷いた。


そして、祖母に作ってもらった特殊カメラをセットする。


「はい、タイマーセット完了しました。」


「ほら、お兄さんが戻ってきたら二人とも笑顔でいようね?」


僕が戻ってくるのを見て、母は幼い頃の僕と優にそう優しく告げた。


本来なら写真撮影をしても修正力により記録は残らないが、これは祖母が作ってくれた特殊カメラだからその心配もない。


「はい皆、笑って~。」


そう父が告げた数秒後だった。


不意に撮影音が鳴り響き、強い光が走る。


(これで終わりか......。

でも......これで僕は――。)


きっと歩き出せる――。


僕は寂しさと悲しさを、心の中で受け止めながら右手を力一杯握りしめた。


これで終わり......。


如何に割り切ろと覚悟を決めようとも、納得なんて出来る筈もない。


だからだろうか......?


そんな積もり積もった想いが、涙となって流れ落ちる。


しかし、その直後――。


突然、母が僕を抱き締める。


そして、母は僕に向けて言った。


「これからも辛い事があるかも知れないけど、亡くなったご家族は、貴方に幸せになってほしいと思っている筈だから......。

だから挫けないで――。」


「はい――。」


僕は母の言葉に深く頷く。


母の言葉と温もりは、とても温かく......そして、とても優しかった。


だからなのだろうか......。


僕はこの納得の出来ない結末を、受け止められそうな気がした。


そして、これからもきっと皆の想いは、僕を守ってくれる......。


(今まで本当にありがとう。

父さん、母さん、優――。)


僕は皆に別れを告げ、再び歩き出した。


家族が残してくれた想いと共に――。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る