沈まぬ海【後編】

祖母は難題だと言い終えるなり、祖母らしからぬ深刻な表情のまま、僕に向けて告げる。


「最大の問題は、三人を助ける為に残された時間なの。」


「父さんを助けるのに必要な時間....?

どういう意味?」


「空圧の床を保持できる時間が大体三分程度なのよ。

つまり、それを過ぎると空圧の床は消失するの。」


「そうなんだ......。

因みに、空圧の床が消える前に新しい空圧の床を作って行くのは難しいかな?」


「そうねぇ......。

周波式誘導装置で三人を誘導しつつ、空圧発生機を操作する必要があるから、それは無理なんじゃないかしら?」


「そうか~・・・・考えてみればそうだよな~。

それはそうと空圧発生機で空気の床を付け足していくとしたら、本当に二分四十秒くらいでいけるのかな?」


「えぇ、あくまでも予想の範囲だけど――。」


「そう......。

因みに空圧の床って、どのくらいの高さなの?」


「そうねぇ....大体、五十センチくらいかしらねぇ?」


「五十センチ程度....。」


祖母のその言葉を聞き、僕は行動するべき状況のイメージを固める。


海の水面から道路に戻るには、五メートル以上の高さを空圧の床を複数製造し、昇らなければならない。


しかし、空圧発生機には次の空圧の床を生み出すまでに数秒のタイムラグがある。


それはつまり、連続発動ができないという事であり、そして、それは一度の失敗が致命的となる可能性があるという事だ。


だが――。


(何でだろう?

こんなに困難な状況なのに何故か、何とかなる気がするな――?)


それは何の根拠もない予感だった。


だが、何故か妙な確信があった...何とかなるという確信が――。


何であれ、方針はほぼ確定している。


後は強制力への対策をどの様に詰めて行くかだけだろう――。


僕は祖母に別れを告げ、本来居るべき時間軸より、一日前へと向かう。


そして、自室のベッドで横になりながら、祖母が書き残した発明品の説明書きに目を通す。


僕が一日前に来た理由は、発明品の改良点の把握する為もあるが、少しでも体を休めておきたかったからである。


(一つ一つの機能を見る限り、婆ちゃんが言う通り今回挑むべき運命改変は絶望的だ。

でも――。)


その直後、僕は奇妙な引っ掛かりを感じた。


それが何なのかまでは分からなかったが、それが何かの糸口になりそうな気がする――。


(なんだろう。

何かを見落としているような気がするな...。

でも一体何を......?)


その答えについて、考えてはみたものの結局、その答えを見つけられず、僕は知らず知らずのうちに深い意識の微睡みへと沈んで行く......。


その後......気がつくと僕は、自分が良く知る部屋の天井を見つめていた。


その天井......見覚えがある...。


それは、かつての我が家の一室......。


その天井だ。


そして、そこには何故か今は亡き、父や母...弟の優の姿がある。


「父さん、婆ちゃんの所に行こうよ!」


「うん、でもな....今日は雪が降るらしいし、もう夕方だ。

別の日とかじゃ駄目かな透?」


父は僕へと、そう問いかけた。


――行っちゃ駄目だ父さん!――


僕は必死に叫ぼうと試みる。


だが、僕の体と心が分離しているかのように、僕の口からは別の言葉が発せられた。


「駄目だよ!

だって婆ちゃん、ずっと一人なんだよ?

僕達が行かないと婆ちゃんは....。」


「透、気持ちは分かるけど、お義母さんだって急に押し掛けたら大変だから、明日にしましょうよ?」


――そうだよ、母さんの言う通りだ!

だから母さんの言う事を聞かなきゃ!――


だが、そんな思いも僕の口から発せられる事はなく、まるでかつて録画した記録映像を再生したかのように、それは過去の記憶通り繰り返されて行く。


「明日じゃ駄目だよ、もう爺ちゃんも居ないんだから!」


「そうか、そうだな....。

お前の言う通りかも知れないな。

じゃあ、婆ちゃんの所に行くか。」


「うん!」


――父さん、行っちゃ駄目だ!――


僕はその思いを声にしようと必死に叫び続けた。


しかし、そんな思いも父に届く事はなく......運命の歩みは、望まぬ方向へと進み始める。

  

「本当に大丈夫なの?

だって貴方、明日は仕事でしょ?」


「あぁ、スピードを出さないように気をつけて行けば、大丈夫だよ。

それに僕もね、母さんの事が気になっていたんだよ。

父さんが亡くなってから、ずっと無理しているみたいだったからね?」


父はそう母に答えた。


しかし、その直後、優が父や母に憂鬱そうな表情で言う。


「僕、家に居たいな....。

婆ちゃんの家、友達居ないし――。」


「そう....でも少しの間、一人で留守番になっちゃうけど留守番できるの憂?」


「えー、一人留守番なんて嫌だよ!」


「そうでしょ?

それなら一緒に行きましょうよ。」


「はーい....。」


――駄目だ優!

行っちゃ駄目だ!――


それは悲痛なる思いだった。


しかし、その思いが通じる事はなく......優は渋々、母や父の後ろを着いて行く。


――くそ....何なんだよ、これは!?

何で......何で声が出ないんだよ!?――


悲痛なる思い――。


しかし、それの悲痛なる思いは届くことはなかった。


そして次の瞬間......僕の目前から強烈な赤い光が射し込む。


――な....なんだ、この赤い光は!?――


僕は強烈な赤い光を両手で光を遮ろうとしたが、不思議と光が弱まることはなかった.....。


そして......突然、意識が遠退く......。


(どうなって......いるんだ?)


朧気な意識を引き摺り、目を開くと目前の風景が別のもの変わっていた。


それは見覚えのある天井......今現在暮らしている祖母の家の自室である。


(夢......だったのか。

もう、夕方なのか?)


僕は漸く定まってきた視界で、周囲を確認しながら窓から射し込む赤い光を見据えた。


夢ですら物事が思い通りにならない事に僕は、うんざりしながらタメ息をつく。


(かなり、疲れが溜まってたのかな?

それにしても明確な糸口すら掴めていない....。

何にしても今は行動しながら道を模索するしかなさそうだな?)


僕は一旦考えるのを止め、使用する発明品の準備の為、現在の時間軸へと帰還する。


そして、準備した発明品の数は祖母の作戦に必要なものを含めると四点程だった。


その後、準備を終えた僕は即座にタイムゲートを起動させる。


移動先は家族の事故が発生する一時間程前。


準備の為に残された時間は少ないが、寒さによる体力の消耗や帰還時の体力の消耗を考えると、これが限界だった。


来る車に気を配りながら僕は状況を確認しつつ、車が落下するポイントに重力制御装置を設定する。


そして、その後、空圧発生機の設定を開始した。


これで余程の予想外の状況でもない限り、空圧の床を作成は順調にいく筈......。


後は事故が発生する瞬間を待つだけだった。


しかし――。


(えっ......時間が過ぎるのがやたらと早いな....!?

後一分もないじゃないか――。)


僕は時間が迫っている事に焦りを感じつつも、即座に為すべき行動を開始する。


そして、次の瞬間、反対車線の車が突然スリップし、父が運転する車へと激突した。


その勢いで父達が乗る車は、ガードレール側へと押し込まれ、ガードレールが歪む。


(何て事だ......想像していた以上に、落下に移行するまでの速度が早い!)


焦りを感じた僕は、父達が乗る車への距離を縮めるべく、父達の元へと急いだ。


今の発動距離では、各装置の発動に多少のタイムラグが発生する可能性がある。


そして、タイムラグはもしかしたら、致命的要因となる可能性を孕んでいたのだ。


だが、接近出来れば話は変わってくる。


使用可能限界距離ギリギリに近い距離に居るよりは、近づいた方が機器の反応は早い筈だからだ。


しかし――。


(このまま走っても間に合わない――!)


僕は考えるより先に、万が一の状況に備えて持ってきていた能力向上機を発動させる。


その瞬間、僕の走る速さは一気に加速した。


道路に跳び降りれば、車まであと僅か――。


だが、そんな事をしていては間に合わない。


僕は防寒靴の靴底で壁際を蹴りつけ、父の車に向けて飛び出す。


(届けぇぇぇ――!!)


それは一か八かの賭け。


父達の車の屋根を目指しての跳躍である。


しかし、この勢いをもってしても僅かに届かない。


(駄目だ....届かない!

このまま失敗に終わるのか?)


そんな思いが脳裏を過る。


だが、その刹那、僕は無我夢中で吸着式電磁力発生装置を発動させた。


その瞬間、磁力発生部位が僕の体を父達の乗る車の屋根へと引き寄せる。


僕はその勢いを利用し、父が乗る車の屋根に無事着地し、次なる行動へと移った。


祖母が考えた道筋を辿るべく――。


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