沈まぬ海【前編】
「――といった状況なんだけど婆ちゃん、何か良い知恵とかないかな?」
「そう....やっぱり、一筋縄ではいかないみたいね。
でも、まさか物理法則を曲げてくるとはねぇ?」
祖母は僕の絶望的な報告を聞きながら、深刻そうな表情を浮かべる。
「これ、婆ちゃんでも考えてなかった状況なの?」
「いいえ、考えなかったというよりも、考えないようにしてたのよ。
修正力もまた自然の法則である以上、物理法則に縛られているのが自然だし、物理法則なら事象なら予測は可能だから――。」
「そう...なんだ。」
僕は祖母の説明で現状が、想像以上に切迫したものである事を理解した。
つまり、祖母の認識が正しければ、今回の物理法則を基準にした想定や予測は、意味を成さないという事になる――。
一言で言うなら、今まで常識と考えていた諸々の対応策が通用しないという事だ。
(どうしたらいいんだよ、こんなの!?)
想像を絶する巨大な障害を目前にし、僕はその絶望感から思わず思考を止めそうになる。
しかし、それは当然なのかもしれない。
何故なら、こんな反則的な法則性を相手に、打つ手などあろう筈もないからだ。
それはゲーム的な表現をするならばチートである。
チート状態の相手に、一般的な状態のプレイヤーが勝てないのは自明の理というものだ。
(駄目だ......。
打開策が何も浮かばない......どうする?
どうすればいいんだ?)
方向性を見失い僕は頭を悩ませる。
しかし、その直後だった。
祖母が突然、僕に向かって告げる。
「確かに絶望的な状況ではあるけど、諦める必要はないわよ、透ちゃん。」
「えっ....?」
僕は一瞬、祖母が気休めを言っているだけなのではと思い、落胆しながら祖母の方を見据えた。
しかし、祖母の鋭く輝く瞳を目にし、僕はそれが慰めや労りによる言葉ではないと理解する。
祖母の目を見る限り、それは本心から出た言葉――。
祖母の目の輝きは決して諦めた者のそれではない。
だが、現実的に考えて対処法などあるようにはとても思えなかった。
しかし、祖母はそんな絶望を前にして再び口を開く。
「起こるべきして起こる事は止められない。
なら、あえて止めなければいいんじゃないかしら?」
「えっ....?
ちょっと待ってよ婆ちゃん、起こるべき事を止めないと、運命は変えられないよね!?」
祖母が発した意味不明な一言。
僕は、その言葉を聞き益々混乱する。
だが、それも当然の事だった。
起こるべき事を止めないという事は、何もしないという事に他ならないということ――。
つまり、運命改変を放棄するという事だったからである。
しかし――。
「勿論、運命の改変を諦めるって話しじゃないわ。
ちなみに油に水を入れると油が水面に浮かぶことは知ってるかしら?」
「えっ....あぁ、うん。
油って水より軽いから浮くんだよね。
でも、それが何か関係あるの?」
「まあ、直接的には関係は無いのだけど、説明するのに説明やすかったから、例に上げたの。
例えばだけど、作ったスープの面に大量の油が浮いてたらどうする透ちゃんならどうする?」
「えっ...?
それは当然、油をすくって捨てるけど?
だって、油ぎったスープなんて飲んだらお腹下しちゃうし。」
「そうよね。
例えばなんだけど、そのスープが確定した運命だとして、浮いている油が運命の事象が終わった後の付け入る隙だとしたらどうかしら?」
「付け入る隙?
それって一体、どういうこと......?」
僕は祖母の言葉に、説明し難い何かを感じた。
それが何なのかは分からなかったが、次なる祖母の一言が僕に明確なる確信を与える。
「現状、体験した通り運命に働く全ての事象に強制力や修正力が働いているわ。
でも、事故に至る事象の一連の流れが終わった後だったらどうかしら?」
「成る程......そういう事か。
つまり事故の事象が終わり、強制力が落ち着いた直後の隙を突くって事だね?」
僕は漸く祖母の言葉の意味を理解し、思わず納得した。
それはまさしく、完成しつつあるスープの油やアクといった上澄みを、すくうようなモノなのであろう。
だが、方向性が定まった所で、それを実行に移す為の案が無いと意味を為さない。
(でも、どうする......。
事象が終わった後だとあまりにも余裕がないぞ?)
良い方法が思いつかず僕は再び、思い悩む。
しかし、祖母はそんな僕を横目に突然、口を開く。
「透ちゃん。
お父さん達の死因は海での凍死。
溺死ではないわ。
もし、運命の改変が出来る可能性があるとしたら、車が海に沈まないようにするしかないと思うの。」
「でも車が沈まない状況を作るのは、物理的に無理だと思うけど?」
「確かに永続的には無理よ。
でも改良型重力発生装置と空圧発生機を組み合わせれば、少しの間くらいなら沈まないようにできるんじゃないかしら?」
「改良型重力発生装置....?
それってつまり重力を軽減する用途に使うって事?」
「えぇ、その通り。
車の重力を極限まで軽くする為に使うの。
今の重力発生装置じゃ一応、重力を減少させれても精々、二分の一程度だから。」
「因みに、重力をどの程度減少させる予定なの婆ちゃん?」
「そうねぇ....。
何とか、十分の一くらいの重力制御ができるようにしようとは思うんだけど――。
ただ改良に使える時間も少ないし正直、何処までできるかは、やってみないと分からないわ。」
「そう...なんだ。」
僕はやってみないと分からないという言葉を聞き、重く受け止めた。
やってみないと分からないという事は、その数値は絶対ではないという事である。
また、仮に重力を十分の一にできるようになったとしても、果たして海に沈まないように出来るだろうか?
僕には金属の塊が海の上を浮かぶ光景、どうしても想像出来なかった。
十円玉程度の重さのモノですら、水面に浮かぶ事はない。
ならば、一時的にでも車が水面に浮く事など果たして有り得るのだろうか――?
僕は今一度、状況を冷静に想像した。
(多分、車の重量から考えて、少し重力を軽くしたくらいで車が水面を浮く事はないよな......。
ただ、沈む速度が通常より緩やかになるとは思うけど?)
僕は自らが出した結論に、希望らしい希望を感じられず、再び方向性の頭を悩ませる。
しかし、その直後、僕は祖母の僕に言ったある言葉を思い出す。
(あれ....?
そういえば、婆ちゃん空圧発生機も使うような話をしてなかったか?)
その刹那、僕は祖母のその言葉が意味するものを考えた。
しかし、そう考えるのとほぼ同時、祖母が僕に告げる。
「透ちゃん、気付いているとは思うけど重力制御装置だけでは、車を沈まないようには出来ないの。
だから車の下に空圧発生機で空気の床を作り出して、車の沈没を防ぐ為のダメ押しをする必要があるわ。」
(空気の床――?
成る程、確かにそれなら可能性はあるかもしれない。
でも....。)
しかし、その直後、僕に中ある不安が過った。
その不安とはそれを実行した直後に、強制力が父達にどのように働くのかという事と、車がどの程度の間、沈まないようにできるかという事である。
「うん....。
確かにそれなら車を沈まないようにする事が可能かも知れないけど、問題は強制力が父さん達にどう働くかだよね。」
「えぇ....そうよねぇ。
空圧発生機や重力制御装置で車を浮いた状態に出来る時間は恐らく、十分程度でしょうしなにがあるか分からないものね?」
「うん、そうだよね。
何かあと一押しが必要だと思うんだけど......。」
「ええ、確かにこれでは不十分よね?
だから周波式誘導装置を使おうと思うの。
それと強制力などで、海に落ちるような状況を避ける為に、空気の床を付け足していく必要があるわ。
でも......。」
「まだ、何か問題があるの婆ちゃん?」
僕は祖母の反応から何かを感じとり、即座に問いかけた。
そして、祖母は僕に険しい顔のまま告げたのである。
「えぇ、あるわ。
かなりの難題が――。」
――と。
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