分厚い壁【後編】

「婆ちゃん、ただいま....。

事故の一部始終を記録してきたけど、これで大丈夫かな?」


「お疲れ様、透ちゃん。

あまり顔色が優れないわね?

確認は私がするから透ちゃんは、少し休んだ方がいいんじゃないかしら?」


「大丈夫、確認したら少し休むから。」


「・・・・そう、分かったわ、でもあまり無理をしては駄目よ?」


「うん、そうだね、心配してくれてありがとう。」


僕は祖母を心配させまいと、無難な答えを返す。


だが、僕は知っていた......祖母は僕の気持ちを理解した上で、気付かない振りをしているのだと――。


つまり、僕の気力が既に限界が近いことは既に、お見通しという事なのだろう。


それと祖母は、僕がタイムゲートを引き継いだ後、自分に会いに来る事を確信していた。


その理由は至って単純。


祖母は年齢や体力上の問題で、タイムゲートを使えば早々に行き詰まる事を知っていたからだ。


だから祖母は自身の命を削り、可能な限りの検証を続け、僕に知り得る限りの検証結果や法則性を書き残したのだろう。


だが、当然、祖母は考えた筈だ。


この内容では運命を変えるには不足していると――。


そして、祖母は僕がタイムゲートを使用した際、必ず行き詰まり祖母に助けを求めると読んだのだ。


それ故には祖母は遺言にこう記したのだろう。


透ちゃんは決して一人ではありません。

心は何時も共にあるのですから――と。


とはいえ、一つだけ腑に落ちない点がある。


何故、祖母は遺言状に自分に会いに来るようにと書き残さなかったのだろうか?


(何で、婆ちゃんは――?)


「はい、準備完了よ透ちゃん。」


「えっ....あ、あぁ、ありがとう婆ちゃん。」


僕は考えるのを止め、祖母が示した方に視線を移す。


机には、その上には立体記録機が置いてあり、祖母は手早く立体記録機のスイッチを押した。


その直後、事故の映像が立体形式で僕達の前に映し出される。


「これだと分かり難いわね。」


僕にそう言い終えると同時に、祖母は映像をノッペリとした3D映像へと切り替えた。


それはまるで、まだ加工していない3D映像――。


ただ骨組みに色をつけたような状態だった。


「婆ちゃん、これは?」


「状況を簡易的に見る事が出来る機能よ。

これにより車の衝突の瞬間や、海に落ちる状況を抽象的に見れるようになるの。」


祖母はそう僕に告げ、笑いかける。


だが、僕は気付いていた。


祖母の目に光る一筋の涙の事を――。


恐らく祖母もまた、父達の事故の瞬間を直視したくなかったのだ。


当然だろう...大切な一人息子が、死ぬ瞬間を見て平気な親など居ない......。


祖母もまた父の死を、引き摺っているのだ。


しかし、祖母はそんな想いを押し殺し僕に向けて告げる。


「透ちゃん、これを見て。」


「どうしたの婆ちゃん?」


僕は祖母の言葉を受けて、祖母の指差す方へと視線を移した。


祖母が指差す先には、父が乗る車と追突してきた車の接触面がある。


しかし、それだけでは一体何を伝えたいのか分かる筈もなく、僕は祖母に首を傾げながら問いかけた。


「これ、父さん達が乗る車と相手の車の衝突する瞬間だよね?

でもこれがどうしたの婆ちゃん?」  


「ここを見れば分かると思うわよ、透ちゃん?」


祖母はそう言いながら、もう一ヶ所を指差す。


「ガードレール?

これって父さんの車と、ガードレールの接触面だよね?」


「そうよ。

ここに隙間があるんだけど分かるかしら?」


「うん、確かに隙間が空いているね?」


「見てのとおり、この隙間は車が衝突した時点では、かなり小さな隙間よね...。」


「うん、確かにこのサイズの隙間なら海に車が落ちないだろうし、左前輪すら隙間にはハマらないよね?」


「そう....つまりこの状況なら車はまだ海に転落する事はないわ。」


「えっ....と、つまり転落した原因があるって事かな?」


頭の中が整理が追い付かず、僕は思わず問い返す。


「そうよね、これだけでは分からないわね。

ただ、これを見る限り衝突事故の勢いで一気に海に転落したわけではない事だけは確かね。

取り敢えず、スロー再生で検証を続けるわよ?」


祖母はそう言うなり、立体記録をゆっくりと進める。


次の瞬間、立体記録映像はゆっくりと動き出し、相手の追突した車が父達の乗る車を伝い横滑りした。


そして、スピンしながら横滑りする相手の車は、父達の乗る車を一気に押し出す。


数秒後、そのスピンした勢いで相手の車は再び父達の乗る車を、ガードレール側へと押し付ける。


何が原因なのかは、もはや一目瞭然だった。


もはや車の重さを耐えるだけの持久力が残されていないガードレールは、車の全重量を支えきれなくなり破損する。


そして、必然的に父達の乗る車は海へと呆気なく転落した。


「ここで終了のようね。」


一連の流れが終わったのを確認し、祖母は再び立体記録を巻き戻す。


そうして映像は再び、車同士が衝突する直前で動き出した――。


「今の一連の状況を見て、何となく分かったかしら透ちゃん?」


(何か回りくどいな....?

何で婆ちゃんは、こんな回りくどい聞き方をするんだ?)


何時もの祖母らしからぬ遠回しな物言いに、僕は妙な違和感を感じ、思わず口を閉ざす。


だが、一体何故だろうか?


祖母は決して意味の無い事はしない。


回りくどい言い方をする理由は、僕が自分で答えに辿りつく必要性あるからなのだろう。


しかし、何故それが必要なのだろうかーー?


僕はその理由を模索するべく、考えを巡らせた。


そして、考え込むこと数分後、僕はある結論に辿り着く。


恐らく祖母は、僕に様々な状況に対して自分で、答えを模索させようとしているのだ。


しかし、何故そうすらる必要性があるのか?


これは予想だが、祖母はこう考えているのだろう。


想定外の状況が発生した時に、僕自身がそれを乗り越える為に、試行錯誤を続けなければならないと――。


つまり、これは思考力を高める為の訓練なのだ。


そして、その事に気付いた時、僕は祖母が何故、遺言書に自分に会いにくるように書かなかったのかを理解する。


そう......僕を成長させる為の訓練は、あの時から既に始まっていたのだ。


そして、きっと祖母には確信があったのだ......僕が、考え抜いた末に祖母に会いに行く事を――。


僕は祖母の意図を読み取り、慎重に状況の整理を始めた。


(だとしたら、祖母があえて最初に追突した直後の瞬間を見せたのは、あの状況に運命改変の打開手段のヒントがあるからーー。

そういう事か?)


僕は状況を改めて考え直す。


現状を見る限り、父達が乗る車は追突された時点では、海に転落する事はなかった。


原因は明らかに追突した車の更なる追い込みにより、ガードレールの破損状況が悪化した事である。


恐らく、祖母はこの状況に、運命改変の糸口があると考えているのだろう。


しかし、何処にそんなものがあるんだ――?


僕はその糸口が何なのかを掴めずに、思わず考え込む。


(あれ、待てよ?

追突された後に押し込まれて、転落する事になったんだよな?)


しかし、その直後、僕はこの状況に僅かな違和感を感じとる。


(待てよ....。

なら追突される事がなければ転落する事実は無くなるんじゃないか?

でも、間接的な方法では防げないよな?

どうしたらいいんだ?)


だが、そう簡単に答えが出る筈もなく......僕は、一旦考える事を止め取り敢えず理解できた内容だけを祖母に報告する事にした。


「ごめん婆ちゃん、僕には追突しないようにすれば、転落に繋がらないって事まで気付けたけど、それ以上の答えは出せなかったよ。」


「いえ、それで充分よ透ちゃん。」


包み隠さず現状を告げると、意外にも祖母は優しく微笑みながら僕へと告げる。


「えっ......?

でも、自分で答えを出さいといけないんじゃ?」


僕は困惑のあまり、思わず祖母に問いかけた。


しかし、祖母は僕に静かに告げる。


「今はまだ大丈夫よ。

ただ。必要に迫られた時、透ちゃん自身が答えを見つけなければならなくなる。

だから、その覚悟だけはしておいてね?」


「うん......分かったよ婆ちゃん。

その時は婆ちゃんから教わった事を活かして活路を開いてみせるよ。」


「ええ、何があっても透ちゃんなら乗り越えられると、私は信じてるわ。」


祖母は僕の答えを聞き、嬉しそうに微笑みを浮かべた。


そして、祖母そう言い終えるなり、これからの方針について話始める。


「所で先程の話の続きなのだけど、車が追突さえしなければ落下の事実は無くなるわ。」


「まあ、確かに理屈はそうなんだろうけど、どうやって衝突を防ぐつもりなの?」


「そうねぇ......。

例えば空圧発生機で、加害者の車(A)が反対車線に入り込む前に、圧縮空気の壁を作って被害者の車(B)への衝突を回避させるってのはどうかしら?」


「成る程、強制力などが作用しないようにギリギリのタイミングで、衝突を回避するんだね?

うん、取り敢えず試してみるよ。」


僕は祖母の言葉に頷くと、その案を即座に実行するべく行動を開始した。


もし失敗すれば、次の挑戦は後日に持ち越しとなる。


無論、例の方法を試すのも有だがリスクを考えると、お手軽感覚で試す気には到底なれなかった。


だが、現状が手探りで暗闇の中を進むような状況である以上、思い付いた事を実行していくしか道はない。


そうしなければ、何一つ方向性が見出だせないからである。


僕は即座に父達が事故に遭う過去に向かい早々に、祖母の考えた方法を実行するべく準備を始めた。


しかし、僕はその直後、妙な違和感に襲われる。


一見すれば、穴と呼べるものが無い完璧な案。


だが、僕にはどうしてもこの方法が成功するようには思えなかったのである。


だが、そんな思いとは裏腹に訪れるべき瞬間は、待ってはくれなかった。


僕が気持ちを切り替えるより先に、父が運転する車と加害者の運転する車が、一気に接近する。


(・・・・・・迷っている暇はないな。)


失敗すると感じていようがいまいが結局、試す以外に取るべき道はない。


相手の車と父の車が接触する寸前を見計らい、僕は圧縮空気の壁を生み出した。


次の瞬間、加害者の車が空気壁を滑り込みながら、父達の車の後方に向けて滑り込む。


だがーー。


次の瞬間、その空気に壁の途切れた箇所より加害者の車がスピンし、その勢いで父達の車がある車線へと瞬く間に侵入する。


(い、一体何が――!?)


それは明らかに有り得ない動きだった。


超不自然の極みとしか言いようの無い流れ。


これがもし普通の状況だったら、まず起こる筈の無い超奇跡的なアクシデントと認識するしかなかったであろう。


だが、これは強制力による必然。


運命の引力で、成るべきして成った超自然的な事象である。


その後、絶対法則により有り得ない動きで回転した車は、父達の乗る後方から勢い良く衝突した。


その瞬間、父達が乗る車はコントロールを失いガードレールへと激突する。


(な....何で、こんな事が!?)


僕は予想もつかぬ事象に、思わず驚愕した。


様々な状況を想定していたが、こんな物理的法則を無視したような流れは、想定外――。


想定と覚悟の範囲外だったからだ。


そして、僕は小刻みに震える右手を押さえ込みながら、この事象を可能な限り冷静に分析する。


これが今後に発生する事象の基準であるならば、今までのような物理的法則を考えの基礎とした案は――。


(通じない......って事なのか?

なんて事だ......。)


僕は絶望的な現実にぶち当たり、呆然と父達が乗る車が海に転落する状況を見守る。


この状況に一筋の光明すら見えなかった。


ただ、僕の内に残されたのは.....見えない絶望と無力感のみ。


僕は僅かに残った意志力や気力を、辛うじて保ちながら父達の最後の瞬間を見続けた。


圧倒的な絶望の中でーー。








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