分厚い壁【中編】

(また戻ってきたよ、みんなーー。)


少量の雪が降り行く中、僕は空を見上げながら懐かしき日の思い出を懐かしむ。


この日は、今は亡き家族と最後に言葉を交わした日だ。


そして、前回、幾度もの失敗を繰り返し、幾度もの苦しい経験をした時間軸でもある。


失敗の最大の原因は、僕の安易な考え方......この一言に尽きるだろう。


今にして思えば挑戦を続ければ運命は変えられる.....僕の心には、そんな甘えがあった。


もし、最初から祖母に相談する事を考えていたなら、きっと無闇に浪費する事はかなっただろう。


そして、その結果、限りある時間は残り二週間あまりとなってしまった。


残された日数はあまりにも少ない。


夏休みは残り二週間のみ。


しかし、夏休みが終わったとしても休日を利用すれば、少なからず運命改変の機会を得られる可能性はある。


だが、それはあくまでも時間的な面でのチャンスが残されているという話しに過ぎない。


精神的な余力が残されているどうかまでは、

その範疇に含まれていないのだ。


そして、今現在のように運命改変の糸口が掴めないままの状況が続いたら、間違いなく夏休みが終わった時には、僕の精神力は底を尽くだろう。


当然そんな状態では運命改変など不可能。


だからこそ、僕は立ち向かう精神力が残されているうちに、運命改変を成し遂げねばならなかった。


(運命改変に挑むにしても、そう何度もチャレンジは出来ないな?

蓄積される疲労感などを考えたら、一日に二回ぐらいが限界か......。)


しかし、運命改変に挑むにしても僕には、無闇にやたらに挑むだけの余裕はなかった。


何故なら一日に運命改変に挑める回数が、あまりにも少なすぎるからである。


(検証するにしても、三度も運命改変しなければならない事を考えたら悠長に時間を無駄に出来ないな......。)


一応ここに来る前に、体に負担が少ない身近な時間軸で体を休めて、体を回復させながらタイムゲートを使用する方法について、意見を求めたが祖母からは、注意するように言われていた。


何故なら、この方法にはメリット以上のリスクを負う可能性が存在していたからである。


そのリスクとは、滞在可能時間によって生じるデメリットの可能性だった。


祖母によれば、各時間軸は一日ごとの単位で分けられている。


もし一日が経過すると、その時点で強制的に元の時間軸に戻されてしまうのだ。


そして、強制退去になった場合、体にかかる負担は通常の数倍になる。


つまり、強制退去になった場合、良くて長時間の睡眠状態となり、悪くすれば過労死という状況に至ってしまうのだ。


それ故に、僕は他に良い方法がないか考えたのだが......。


(仕方がない......。

時間に気をつけつつ、この方法を使用するしかないか。)


結局、僕は何も思いつかず断念するしかなかった。


(思いつかないものは仕方がない。

まずは検証を開始しよう...。)


僕は一旦、悩むのを止め運命改変だけに集中しようと、雑念を振り払う。


結局、タイムゲートを多用する方法は所詮、失敗した時の保険に過ぎない。


つまり、余裕を持って順調に運命の改変ができれば、そんな心配など無用の長物に過ぎないのだ。


(とはいえ、まず何から開始するか考えないとな――?)


僕は取り敢えず、状況の整理を始める。


前回は凍結した箇所を溶かす事で対処しようとしたのだが、その結果、別のポイントで事故が発生した。


その後、父達はその事故に遭遇し、海に車ごと転落し凍死する事になったのだが――。


(場所こそ違えど、訪れる死に方は変わらないという事か?

そういえば、榊原さんの時も怪我自体の内容に変化はなかったな....?)


つまり、父達が海に落ちて凍死するという事象は、場所が移動しても変わらないという事なのだろう。


(この状況から考えると父さん達は事故に遭遇した後、必ず水のある所に落ちて凍死する運命ってことかーー?)


僕は一つの法則性に気付き、思わず納得する。


しかし、それが分かった所で即座に事故を防ぐ手段には成り得ない。


だからこそ祖母のアドバイスに従い検証する事が必要だったのだ。


そして、僕は祖母がこの状況を見越して作ってくれていた立体記録機を、上着のポケットより取り出す。


時間が限られている以上、事故の状況やタイミングを検証し対策を練るのは当然だった。


ただ想いのみで突き進んだ所で、望むべき道は遠ざかる。


だからこそ、考えを巡らせねばならなかった。


そう......試行錯誤こそが、唯一僕達が手にできる武器なのだから。


(それにしても立体記録機って、普通のカメラと何が違うんだろう?)


僕は首を傾げながら、スマートフォンサイズの立体記録機に内蔵された小型レンズを覗き込む。


時間軸の修正力の影響されないカメラだという事だけは、断言できるが何処が立体なのか今一つ分からない。


ただ――。


(まぁ、婆ちゃんの発明品だから、また何か特殊な仕掛けとかあるんだろうな......。)


所詮、凡人の僕に祖母の奇抜にして斬新な発想は理解できる筈もない......しかし、それでも祖母や祖父の発明品に対する思いだけは理解していた。


祖母や祖父は、ただ変わった物を思い付くままに作っている訳ではない。


祖母や祖父は人の助けになる物を作ろうという信念があった。


例えば重力発生装置は、重くすると物の進行を阻害するものとなるが、重力を軽減させた場合、重い物を軽々と運べるようになるだろうし、能力向上機は救助活動に役立てる事ができる。


そして今は、運命改変の為に僕がこの発明品を活用していた。


恐らく、それを見越して発明してきたわけではないだろうが――。


(また、父さん達の死を黙って見ていなければならないなのか....。)


だが、それも仕方がない事だった。


苦しかろうと今は耐えるしかない。


事象を検証する事こそが、父達を救う近道となるのだから......。


僕は高台より見下ろす形で父の車が来るのを待った。


そして、待つこと二十分程が経過した頃、僕の視界内に見覚えのある白い車が映り込む。


僕の右方向より走ってくる白い車。


それは間違いなく、父が所有する車だった。


だが、それとほぼ同時、左方向より黒い乗用車が走ってくる。


(あれは....間違いない。

あの黒い普通車は父さん達の車と追突する車だ!)


僕は立体記録機を構え、レンズ越しに二台の車を見据えた。


使用方法はスマートフォンの動画機能とほぼ同じである。


祖母の話しでは必要な動きや動作を全て解析する為に、動画形式のみを採用したとの事だった。


それ故にしっかりと構えている限り、取り逃す事はない。


だが、次の瞬間、立体記録機を構える僕の両手が小刻みに震える。


(くそ、両腕が!?

撮り逃す訳にはいかない!

絶対に撮り逃すものか!)


その震えは寒さ故の震えではなかった。


震えの原因は自身の内に根付く苦しみ。


トラウマとなった辛い過去を、直視しなけれならない事が原因だった。


それは受け入れられない過去。


そして、それを直視するという事は、未だ塞がらない心の傷口を、自らの手で押し広げるようなものだった。


(く......我慢だ。

ほんの少しの......我慢...だ。)


僕は心の痛みに耐えながらレンズを覗き込む。


(負けるものか......。

絶対に......絶対に、全てを変えるんだ!)


長い数秒......。


だが、次の瞬間、その苦しみに満ちた時間に終わりが訪れる。


僕の目前で車が衝突し、父達が乗る車が海に落ちる。


事故は一瞬だった。


しかし、僕は震えた手で立体記録機を構えたまま目視し続ける。


父達が乗る車が、ガードレールを突き破り海に転落するまでの僅か数秒が、やけに長く感じられたが僕は目を反らさず、その光景を直視した。


変えるべき過去と向き合う為に――。

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