分厚い壁【前編】
(凄く疲れたけど、良い気分だ....。)
榊原さんの運命を変え終えた僕は、元の時間軸に戻って早々、ベッドへと倒れ込む。
泥のように眠るとは良く言ったものだが、今の僕はその言葉通り、疲れのあまり意識が朦朧としていた。
そして、僕は強烈な微睡に耐えきれず、いつの間にか暗い意識の暗闇に呑み込まれていたのである。
それからどのくらいの時間が経過したのだろうか......?
目覚めると、時計は午前七時を指していた。
(僕は......眠ってしまっていたのか....?)
僕はハッキリとしない意識とダルさの残る体を引き摺りつつ、ゆっくりと立ち上がる。
その後、僕は壁に寄っ掛かりながら浴室へと向かい、お風呂に入って気分をリフレッシュする事にした。
そして、汗ばんだ体を洗ったのち僕は、お湯の溜まった湯船に浸かり、安堵のタメ息をつく。
(ふう....やっぱりお風呂はいいな~。
目が覚めるだけじゃなくて、何か落ち着くし。)
疲タイムゲート使用による反動故か、まだ体にダルさはあるものの......気分は決して悪いものではなかった。
恐らく、榊原さんの運命を変えたという達成感こそが、その要因なのだろう。
(誰かの不幸を見ないで済む事が、こんなにも心を穏やかにしてくれるとは思わなかったな....?)
僕は榊原さんの運命を変えられた事を思い返し、ほくそ笑む。
だが......。
(あっ、そうだ....!?
一応、榊原さんの状況を確認しておかないとな安心は出来ないよな?)
僕はお風呂から上がり早々に食事を済ませると、タイムゲートを使い一日前に向かった。
時間帯は午後五時ーー。
運命改変に成功しているならば、榊原さんはトレーニングの為に何時もの場所を、走ってくる筈......。
僕は固唾を呑みながら、榊原さんが現れるのをひたすらに待つ。
運命を変える事が出来たとの手応えは確かにある......。
だが、それでも心の安寧を得るには明確にそれが成されたという実証が必要だった。
そして、待つ事三十分後.....僕の見詰める先より、ぼんやりとした人影が見え始める。
(榊原さんか?)
僕は立ち尽くしたまま、目でその人影を追う。
人影は徐々徐々にと近づき......そして僕は、漸く姿を確認する。
(ま、間違いない......。
榊原さんだ!
やった...やったぞ!)
そして、次の瞬間、僕は榊原さんの運命改変に成功したのだと改めて実感し、嬉しさのあまり拳を握り締めた。
しかし、それとほぼ同時......突然、榊原さんが僕に問いかけてくる。
「やあ、透くん。
これからお出掛けかい?」
「いえ、これから帰る所です。
そういえば榊原さん、足の調子はもう大丈夫なんですか?」
「足、あぁ、足ね?
大丈夫だよ、少し捻っただけだからね。
しかし何であの時、後ろの方に滑り込んでたんだろうな~?
何かあの時の事、今一思い出せないんだよ....?」
「そうですか、まぁ、何にしても足の怪我が大した事なくて良かったです。」
「うん、本当にそうだよね?
あれ、透くんに足を痛めていた話ってしてたっけか?」
「その話、大家さんに聞いたんです。」
「あぁ、そうなんだ。
そっか......。
それと透くん......叔母さんの事、残念だったね?
でも気を落とさないで。」
「ありがとうございます......。」
僕は榊原さんと、ありふれた言葉を交わし、別れを告げる。
(やっぱり記憶は修正されるのか?
何であれ運命改変が成功して良かったよ。)
僕は榊原さんの運命改変が上手くいった事の感激を胸に秘めつつ、状況を報告するべく早々にタイムゲートで祖母の元へと向かった。
そして、過去に到着すると同時、その事を祖母に告げると祖母は我が事のように、その成功を喜んでくれたのである。
祖母は僕から成功したとの報告を聞き、嬉しそうに喜んでくれた。
しかし....その直後、祖母はやや緊張した面持ちで僕へと問いかける。
「所で透ちゃん、これからの予定とかあるのーー?」
「これからの予定か......。
そうだね......これからの予定は....。」
僕は祖母にそう問われ、一瞬その言葉を詰まらせた。
即座に返答できなかった理由はただ一つ、祖母が言わんとしている言葉の意味を、即座に理解したからである。
榊原さんの運命改変を成功させた事は確かに喜ばしい事だが、これから更に過酷な現実が待っている。
つまり、こんな成功一つで浮かれている場合ではないのだ。
僕は改めて、その現実を直視すると覚悟を決め祖母に向けて答える。
「婆ちゃん...僕はもう一度、父さん達の運命を改変するつもりだよ。」
「そう......。
分かっているとは思うけど、これからの運命改変は、今までと比べ物にならないくらい過酷で苦しいものになるわよ?」
「うん....分かっているつもりだよ......。
榊原さんと父さん達とじゃ、明らかに運命改変の難易度に大きな開きがある......。
言いたい事はそれだよね、婆ちゃん?」
「えぇ....そうよ。
なにしろ、これから成そうとしている運命改変は、死の運命の否定ーー。
一筋縄ではいかないわ。」
祖母のその言葉に僕は無言のまま、静かに頷く。
言われずとも重々、理解していた。
怪我や身体の障害の運命を変えるのと死の運命を変えるのでは、その困難さに大きな開きがあるとーー。
恐らく、これから困難などという一言では済まされないような絶望的な状況が、僕の前に示されるのだろう。
しかしーー。
(死の運命改変が困難なのは覚悟の上だ......。
例え、不可能と思える状況であろうと僕は諦めるわけにはいかないんだ。)
それは如何に祖母の協力があったとしても、決して容易くはない道程。
この先、間違いなく幾度も失敗し、精神的苦痛と苦悩から思わず現実から目を背けたくなる瞬間が訪れるに違いない。
だが、それでも僕は......。
如何な困難であろうとも成し遂げなければならなかった。
死の運命の改変をーー。
大切な人達を死の運命から取り返す為に......。
それを成さなければ、僕の人生に幸せな未来など決して訪れないのだからーー。
(絶対に取り返すんだ家族を、そして春香を取り戻すんだ......。)
そう僕は決意すると、再び父達との別れの日に向かった。
今度こそ、あの分厚い運命の壁を打ち破る為にーー。
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