射し込む光。
(流石は婆ちゃん...。
これなら何とかなるかも知れないな?)
僕はノートを開き、祖母の考えた行動方針を確認する。
概要としては先ず、事故発生前に榊原さんの身近まで近付く事が必要だった。
その後、車が現れるのを待つ。
そして、車が榊原さんと約三メートル範囲内に接近してきたら重力発生装置を使用し、周囲の重力密度を高める事で邪魔が入りにくい状況を構築する。
だが、この際に注意しなければならない事が一つ。
その注意点とは、重力発生装置の威力の設定と使用タイミングだ。
重力発生装置は効果範囲と威力設定していなければ、重力制御効果が発動しないように設計されている。
また重力の威力設定を間違えると、周囲の人々を傷付ける可能性が高い為、その点は気をつけねばならない。
そして、もし万が一周囲に人々に危害が及んだ場合、その結果として僕の行動に対して強制力が働く事になるだろう。
そうならない為に、威力設定は二から三倍が適切だった。
だが、それを守ったとしてもタイミングはかなりシビアと言えるだろう。
早すぎれば修正力が働き失敗が確定するし、遅すぎれば榊原さんは従来通り事故に遭い何も変わらない。
明らかに困難な道程だった。
しかし裏を返せば、ここを乗り切れば榊原さんの運命を変えられる。
もし、これらの局面を上手く乗り切れば、能力向上機の機能で僕が身体機能を向上させて、榊原さんをギリギリのタイミングで助けだせるのだ。
(この能力向上機をつけると常に能力が向上した状態になるのはいいけど、使いこなすには中々、大変そうだな?)
僕は少しでも能力向上状態に慣れる為、手をブンブンと振り回す。
しかし、その直後...素早い腕の動きに空気が纏わりつき、ヒュンヒュンと音が鳴り響いた。
(うわっ、軽く振り回しただけで、こんなに風が起きるのか!?)
僕は三倍設定の威力に驚きつつも、何とか体の動きを制御しようと試みる。
しかし、移動一つするにしても足取りが妙に軽いせいか、感覚が上手く掴めず予定の場所を幾度も行き過ぎてしまう。
(参ったな......早く何とかコツを掴まないと......。)
しかし、僕は何度か失敗しつつも何とか、榊原さんが立ち止まるポイントへと辿り着く。
まだ身体機能が向上した後の状態には慣れているとは言えないが、榊原さんを助けに入る為に必要な間くらいならば、何とかなるだろう。
ギリギリのタイミングで対処する事するならば向上した身体の動きも制御できるし、修正力や強制力の発生を送らせる事ができる筈。
それが僕に与えられた勝機だった。
修正力や強制力の発生により、事故の事象が変化する前に、僕が事故に遭うという状況から榊原さんを守る。
そして、その結果...榊原さんが事故に遭うという結果は無かった事になるのだ。
(これは正念場だな...。
失敗してもやり直せるって考えだと、恐らく成功させられないだろうな?)
緊張感を帯びる空気の中で、僕は思わず息を呑む。
甘い考えを捨てなければ成功はない。
だが、これを成功させられれば榊原さんの不幸な運命は変えられる。
しかしーー。
(ふう......タイムゲートを多用したせいか、体力的にキツイな...。
いや......もしかして走り回っていた事もこの疲れの要因かな?)
僕は体に残る疲れに些かの不安を感じつつも、来るべき瞬間に備えた。
深呼吸で乱れた息を整えながら、僕は何とか心を落ち着かせる。
その直後、遂に車が姿を現す。
距離にして十メートル前後ーー。
それは人々が不自然に動きを止めるのとほぼ同時だった。
人々は、まるで命の無い人形の如く立ち尽くし、辺りが不気味に静まりかえる。
僕はそんな奇妙な静寂の中で、重力発生装置の発動チャンスを窺う。
しかしーー。
(えっーー?
想定していたより車の移動速度が速い!?)
簡単でない事は最初から分かっていた。
だが、車が迫り来る速度は僕が想像していたものよりも圧倒的に早い。
だが、もとより覚悟の上の事だった。
車は間も無く五メートルを切る距離まで近付いている。
(もう少し......もう少しの我慢だ。)
そして、車は遂に四メートルを三メートル圏内に入った瞬間、僕はスイッチを押した。
それと同時、僕は榊原さんの方へと一気に走り出す。
だが、その直後、予想外の状況が発生した。
車の前輪の一部が重力力場を抜けてきていたのである。
それは想定外の事態だった。
その状況が僕が重力を発生させたタイミングの遅れによるものか遅かった強制力の働きによるものなのかは分からない。
しかし、ただ一つハッキリとしている事は、それが窮地をもたらしているという事実である。
だが......例え、今が窮地だとしても僕が為すべき事もまた、ただ一つだった。
(間に合えぇぇぇぇッーー!!)
次の瞬間、僕は余計な事を考えるのを止める。
目に映る光景は榊原さんの姿......それのみーー。
ただ一心に、榊原さんを助ける事だけを考えながら、力の限り走り抜ける。
不思議な事だが、その瞬間、周囲の時間がゆっくりと流れ出す。
そして、気が付いた時......僕は榊原さんを抱き抱え、横断歩道を突っ切っていた。
それと同時、発生させていた重力帯の効力が消失し、立ち止まっていた人々が不意に歩行を開始する。
(ど......どうなったんだ?)
僕は荒くなった呼吸を整えながら、周囲を見渡す。
しかし、その直後、「イテててて....ちょっと、足首を捻ったかな?」と榊原さんが呟く。
(・・・・・榊原さん?)
僕は突然の事に驚きながら、榊原さんの方に視線を向ける。
榊原さんは足を擦りながら状況を理解できず、キョロキョロしていた。
そして、周囲を確認する限り車も見当たらない。
(やり遂げたのか......僕は?)
僕は未だ実感が掴めずに榊原さんを見下ろす。
だが、榊原さんの様子からして運命改変は間違いなく、成されたのだろう。
「えっ......透くん?
何で俺、透くんに抱き抱えられてんの?」
「あっ......いえ、榊原さんが突然、足をもつれさせて転んだんで慌てて助けに入ったんです。
それでこんな状況に......。」
「そ、そうなんだ。
何か透くんに借りが出来ちゃったな?」
「いえ、気にしないでください。
大した事してませんから。」
僕は榊原さんに、気を使わせないようにと、そう言葉を返す。
そして、僕がそう言った直後、榊原さんは優しい微笑みを向けながら僕に言った。
「例え、そうだとしても助かったよ。
ありがとう。」ーーと。
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