捜索【前編】
(次に待ち受けているのは、一体どんな状況だろうな?)
僕は状況の確認の為、榊原さんの三回目の不運の事象が起こる過去へと向かった。
この時間軸での現在の時間は午後五時。
本来なら間もなく、榊原さんがランニングでこの辺りを通る時間だった。
しかし、奇妙な事に一時間経過しても、榊原さんは一向に姿を現さない。
(妙だな....榊原さんが来ない。
もしかして、仕事が長引いたりとかしているのかな?)
そう思い僕は待ち続けたが、それより一時間が経過し、午後の七時を回っても、榊原さんは一向に姿を現さなかった。
(おかしい....残業があっても何時もは、大体一時間くらいで終わるよな?)
明らかにおかしい状況に、僕は思わず首を傾げる。
この状況で考えられる事といえば、仕事上で予想外のアクシデントがあった可能性と、榊原さんが既に何かしらの事故に遭っている可能性ーーその二つくらいだ。
しかし、アクシデントで仕事が長引いている可能性は今までを見る限り、決して高いとは言えないだろう。
ならば榊原さんが既に何かしらの事故に遭っている可能性が一番有力である。
(多分、何処かで既に事故に遭っている可能性が高いか?
でも一体どこで?)
状況が掴めない事もあり僕は情報収集も兼ねて一旦、現在の時間軸へと帰還した。
向かうべき先は、榊原さんのアパート。
情報収集するべき相手は、アパートの大家である大滝さんである。
「大滝さん、こんにちは。」
「あ、透くん久し振りね。
お婆ちゃんの事、本当に残念だったわね?
一人だと何かと大変だろうから、何あったら相談に乗るからね?」
(あれ?
前回、話を聞きに来た時と殆ど同じ反応だな......。
でも何でだ?)
不自然な状況に遭遇し僕は一瞬、首を傾げた。
しかし、その直後、僕はその違和感の正体に不意に気付く。
(あっ、待てよ!?
もしかして、運命改変で事故の日がズレ込んでいるから、前に榊原さんの事で伺った時の事は、なかった事になっているのか?)
大滝さんのこの反応から考えれば前回、榊原さんの事を聞きに来た事はなかった事になっていると考えた方が良いだろう。
そして、その原因は恐らく榊原さんの事故の運命を二度回避した事だ。
(つまり、前回と事故の内容が異なるという矛盾点は、修正力で取り除かれた訳か?)
僕は今の状況をそれとなく把握し、どの程度、状況が変化しているのかを確認する為、僕は大滝さんにそれとなく榊原さんの状況を聞く事にした。
「そういえば最近、榊原さんを見かけないんですが、榊原さんどうしてますか?」
「あれ、透くん知らないんだっけ?」
「えっ....何がですか?」
大方の予想はついていたが、大滝さんから詳しい事を聞く為に、僕は如何にも何が起きたのか分からないといった素振りで問い返す。
「そう......透くんは知らなかったのね?
実は孝之くん、仕事が休みの日に外出したら自動車事故に遭っちゃってね。
その時に右足を怪我して今では、松葉杖無しではマトモに歩けない状態なの...。」
「えっ...仕事が休みの日に事故ですか?」
(あぁ、なるほど...休みだったのか。
だから三度目の事故は、何時もの時間帯ではなかったんだな?)
僕は漸く榊原さんの状況を理解し、一人納得する。
しかし、この内容だけだと、まだ情報不足だ。
「因みに事故って、時間的には何時頃の話なんですか?」
「えっ....?
うーん、何時くらいだったかな~。
その日、孝之くんが出かけたのは確か昼過ぎくらいだったと思うんだけど?
確か......午後の三時か四時くらいだったかしら?」
「そうですか...。
因みに事故に遭った場所とかは分かりますか?」
「場所....場所ねぇ?
うーん、街の方に行った時の事故みたいだけど、細かい場所まではちょっとねぇ....。
所で透くんは何で、そんな事まで知りたいんだい?」
「あっ、いや、事故の事が分かれば、少しは榊原さんの力になれるかもと思ったので。」
「まぁ、そうなの...。
優しいわね、透くん。」
「いえ、そんな事は...。
すいません何か、色々と聞いてしまって。」
「あ、いいのいいの。
私も少し話をしたい気分だったから。
あっ、そうだ....!
そろそろご飯の支度しないといけないんだったわ。
それじゃあね、透くん。」
「あっ、はい。
ありがとうございました。」
大滝さんは突然、僕にそう別れを告げると、足早に家の中へと消えていった。
僕はそんな大滝さんの姿を見送りながら一旦、状況を整理する。
(うーん....大まかな状況こそ分かったものの事故現場を探すにはまだ、情報不足だな....?
せめて何処に何しに行ったのかが分かれば場所の特定が出来るのに....。)
僕は何かスッキリしない気持ちを抱え込みながら、次はどうするべきかを考えた。
榊原さんの人間関係は僕が知る限り、あまり広い方ではない筈である。
僕がそう思う理由は榊原さんが、挨拶以外で他の人と話をしている姿をあまり見た事がなかったからだ。
もっとも職場での榊原さんの人間関係がどのようなものなのかは分からない以上、断言は出来ないが......。
(榊原さんの勤めていた職場の人に聞くとかはどうだろう?)
榊原さんは確か、少し離れた所にあるコンビニに勤めていた筈。
僕は取り敢えずダメ元で、榊原さんが働いていた職場へと向かった。
コンビニエンスストア・アルトン。
そこは大手フランチャイズのコンビニではなく、地元に三店舗程ある個人経営の小さなコンビニである。
(ここで間違いなかったよな?)
僕は意を決して、コンビニへと足を踏み入れた。
(えっ......?
お客さん、一人も居ない?)
しかし、店内には一人っ子一人居らず、閑古鳥が鳴いている状態だったのである。
(夕方だけど、たまたまお客さん居ないのかな?
それとも、もしかして何時もこんな感じなのか?)
僕はこの現状を、どう受け止めて良いのか分からず、呆然と立ち尽くす。
だが、その直後、そんな静寂を打ち破るかのように店内左奥より、野太い声が発せられる。
「はい、いらっしゃいませぇぇー!」
(こ...声でか!?)
突然の事に驚きながら僕は、声の発生源へと目を向けた。
声の主は四十代くらい男性で、髪は短めの店員。
見た感じの印象は神経質そうで、やや強面。
正直、取っ付き難そうな人のように感じる。
(この人しか居ないのかな......店員さん?)
僕は再度、周囲を見渡すが、やはり他に店員は、居ないらしい。
(仕方がない......この人に聞くか。)
僕は覚悟を決め、その店員に榊原さんの事を聞いてみる事にした。
「あの....お仕事中すみません....。」
「はい?
何でしょう?」
「えー、少し前までここに働いていた榊原さんについて聞きたいんですけども....?」
「えっ......榊原くんの事?
あの悪いんだけど、榊原くんとはどういった知り合いなのかな?」
(あれ?
何か警戒してるみたいだな?
どうしよう?)
まぁ、榊原さんには身内は居ないので当然といえば、当然の反応だった。
しかし、そう簡単に諦める訳にもいかない。
僕はダメ元で、聞いてみる事にした。
「あ、いえ実は....僕は榊原さんのアパートの近所に住んでいる者なのですが、最近の榊原さんの様子が以前とは全く違うので、それで気になったもので....。」
「ああ、そうなんだ?
榊原くんとは仲良いのかい?」
「まぁ......世間話をする程度ですが...。」
「成る程......友達って所かな?」
「えぇ、そんな感じです。」
彼は少しは納得したのか「分かった。」と告げた後、事故の事について語り出す。
「実は私も良くは知らないんだけどね、東田デパートからの帰りに事故に遭ったらしいね?
榊原くん、本当に気の毒だよ。
今月に開かれるマラソン大会に出る事を楽しみに、練習を続けてたからね。」
「東田デパートですか....。
ありがとうございます!
あの...それと何時頃の事故だったかなんて知ってたりしますか?」
「時間....さぁ?
確か病院から電話があったのが午後の四時過ぎだったと思うから多分、午後の三時から四時の間くらいなんじゃないかな?」
店員は首を傾げながら僕に告げる。
(東田デパートか......。
まだ何か聞けるかな?)
しかし、僕がそう考えた直後、店員は僕に向けて言った。
「いやー、申し訳ないんだけど今、仕事中だから質問はこのくらいで勘弁してくれないかな?」
「あっ....いえ、すみませんでした....。」
「あっ、いや、気持ちは分かるんだけど此方も仕事中だから、ごめんなさいね。
今後とも当店のご利用を宜しくお願い致します。」
「分かりました。
ありがとうございました。」
僕は店員に一礼するとコンビニエンスストア・アルトンを後にした。
何とも言えないモヤモヤした思いを引き摺りながら......。
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