新たなる手段。

(何ともならなくなって、来てみたものの婆ちゃんに良い考えとかあるかな?)


正直、再びここに来る事に迷いがなかった訳ではない。


その迷いの原因とは、祖母の協力を仰いでもどうにもならなくなった時の事である。


祖母に頼りっぱなしで進んだ場合、そういった状況に直面したら恐らく、僕は絶望し僅かな可能性から目を反らしてしまうかも知れない。


しかし、だからといって今のままでは榊原さんの運命を変える方法は皆無である。


(婆ちゃん...何時も頼ってばかりで、ごめん!)


僕はそんな申し訳なさと共に、意を決して研究室の扉を開けた。


「えっ....?

透ちゃん、どうしてここに!?」


すると案の定、祖母は前と同じようなリアクションをしながら僕を迎え入れる。


「あの......実は婆ちゃんの知恵を借りに来たんだ。」


「えっ、知恵ってどういう事??」


祖母は状況を理解出来ずに、そう僕に問い返す。


その言葉を待っていた僕は、つかさず祖母に今までの経過を説明した。


そして、約三十分程度の説明を聞き終え、祖母はただ静かに頷く。


「大変な状況になってるのね、透ちゃん?」


「うん、実は手詰まりなんだ......。

一回目と違って僕、本当に何も方法が思いつかなくて......。

婆ちゃん、何か良い知恵は無いかな?」


祖母は少し考える素振りをするが暫しの沈黙の後、漸く口を開く。


「現地の物がダメなら、私達が作った発明品を、使ってみたらどうかしら?」


「えっ....発明品?

それって研究室にある良く分からない機械の数々の事だよね?」


意外な答えに戸惑いながら、僕は祖母に問い返した。


「ええ、そうよ。

まぁ、例えばだけど発明品の中には鉄を引き寄せる小型電磁石みたいな物もあるから意外と、何とかなるんじゃないかしら?」


「小型電磁石....。

確かにそれなら車を榊原さんから引き離す事は可能かも知れないね。

でも....。」


僕はふと、前の失敗を思い出す。


榊原さんをバイクから引き離そうとした時、榊原さんは逆にバイクの方に引き寄せられる形となった。


今回も車を榊原さんから引き離そうとした場合、やはり榊原さんが車に轢かれに行く流れになるのではなかろうか?


それは十分に有り得るアクシデントだった。


そして何より発明品を、知識もない僕が簡単に使えるものなのだろうか?


しかし、祖母はそんな僕の考えを見越したように言葉を続ける。


「実はね、生物を不快音で引き離す発明品とかもあるんだけど、透ちゃんそれも使ってみるのはどうかしら?

因みに発明品は使い方が簡単なモノが多いわよ?」


「えっ....そうなの?」


祖母の意外な一言に、僕は思わず胸を撫で下ろす。


それならば、やりようはあるかも知れない。


僕は祖母のアドバイスを得て、不快周波発生装置と小型電磁力発生装置の使用を考える事にした。


その後、祖母は僕に二つの発明品の説明と、使い方を教えてくれたのだがーー。


使い方の段階で一つの問題点が明るみになる。


問題点とは小型電磁力発生装置が性質上の問題で、僕が身に付けて使用出来ないという点だ。


操作は遠隔操作可能だが、磁力を発生させる端末がその時間軸から消えてしまったら使用する事は出来ない。


つまり...この問題を解決しない限り、二つ同時に使う事は出来ないのだ。


「参ったな、二つ同時に使えなければ榊原さんを引き離しつつ、車を別に方向に引き寄せる手段は使えないな....。

婆ちゃん、何か良い方法はないかな....。」


再び過る不安......しかし、祖母はそんな僕に微笑みながら言う。


「大丈夫よ透ちゃん、手はあるから。」


「えっ....どんな??」


「発明品に腕輪にリンクするチップを埋め込めば大丈夫。

要するに改良すれば良いのよ。」


「え......まぁ、うん...確かにそうなんだろうけど、そう簡単に改良なんて出来るの?」


「そうね、今すぐは無理だけど未来の透ちゃんの居る時間軸までに間に合わせる事は出来るんじゃないかしら?」


祖母は自信満々に、僕へと告げる。


「うん、婆ちゃん天才だもんね。

僕、信じてるよ。」


「任せておいて。

透ちゃんは信じて待っていてくれれば、大丈夫だから。」


僕を心配しないよう気遣ってか、祖母は落ち着いた素振りで、そう答えた。


だが、祖母がそう答えた直後、僕の脳裏にある疑問が過る。


その疑問とは僕が修正力の影響だ。


僕が今ここを離れれば、僕と話をした事実が祖母の中から消えてしまう。


(記憶に働く修正力はどう対処する気なんだろう、婆ちゃん?)


それは避けて通れない疑問だった。


祖母とて、その事は良く理解している筈。


ならば、祖母の「任せて」の一言が只の気休めである筈はない。


しかし、確証が得られない事には不安が拭えないない事もまた事実だった。


(念の為、婆ちゃんに聞いてみるか?)


僕は意を決して、祖母に尋ねる。


「婆ちゃん、修正力で記憶が消える事は分かっていると思うけど、それはどう対処する気なの?」


「やっぱり気になっていたのね?

実は対処方法は以前から考えてたのよ?」


祖母は机から指輪を取り出すと、その指輪の内部を開き何やら作業を始めた。


「これはね、タイムゲートの腕輪に連動した記憶保持機能がついている指輪なの。

取り敢えず使い道はないかなと思って、完成を急いでいなかったけど今、仕上げるから少し待っててね?」


「うん......分かったよ、婆ちゃん。」


僕は祖母の言葉に頷くと、お茶を飲みながら時間を潰す。


しかし、その時間は僕にとって、決して退屈な時間ではなかった。


久しぶりに訪れた二人で過ごす時間ーー。


幼い頃、祖母や祖父が何かの作業に取り組んでいた時に僕は側で、椅子に座りながらその作業する姿を見ていたのだ。


昔のように祖母の作業する姿を、僕は静かに見据える。


(何か懐かしいな....。

昔は良くこうしていたっけ?)


祖母や祖父が作るものは不思議なものが多く、子供の頃はそれらの発明がまるで宝物が詰まったビックリ箱のように感じていた。


ここでの思い出は、そんな懐かしいものばかりである。


しかし、そんな日々は一体、何時から無くなってしまったのだろうか?


僕はふと、そんな事を考える。


(あぁ......そうか....。

父さん達が死んでからか......。)


僕が冬休みに祖母の家に行きたいと駄々をこね、僕だけが祖母の家に泊まる事になったあの日からだ。


その日は祖母と一緒に過ごした日であると同時に、両親達を事故で失った日でもある。


あの時の事は今も色々と考える事が多い。


祖父が死んで祖母が一人だと寂しいだろうと思った僕は、冬休みくらい側に居てあげたいと思っていた。


しかし、そんな僕の想いを貫いた結果、家族は事故に遭い死んでしまったのである。


だから僕は常に、自責の念に駆られてた。


自分のせいで家族が死んだのだと責め続けていたのである。


そして、それが変え難き運命だったと分かった現在でも、やはりそう簡単には割り切れなかった。


(あの時、婆ちゃんの所に来なかったとしたら父さん達は死ななかったんだろうか?)


運命である以上、そんな事は有り得ない....。


無論、そんな事は分かってはいた......分かってはいたのだがーー。


(運命とはいえ、やっぱり簡単には割り切れないよな?)


僕はそんな切ない過去を思い出しながら、思わず溜め息をつく。


そんな過去を思い出してしまうから僕は、研究室に入らないようにしていた。


両親達が死んだ日も、僕は祖母の作業を側で眺めていたのだから。


つまり僕にとってここは、祖父や祖母との懐かしい思い出と、後悔と悔いが残された場所だったのだ。


しかし、そんな苦しくて悲しい思い出が心を埋め尽くしていた直後、祖母が僕に向けて告げる。


「お待たせ透ちゃん。

これで透ちゃんと話た事は覚えていられるからねぇ。

あと次からは、今より後の時間に来るのよ。」


「あっ....うん、分かった。

ありがとう婆ちゃん。

発明品の改良の件も、この調子で宜しくね?」


「心配しなくて大丈夫よ。

透ちゃんは、自分の成すべき事だけを考えていれば大丈夫だから。」


「ありがとうね、婆ちゃん..。」


僕は祖母に礼を言い終え、元の時間軸へと帰還した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る