リトライ【前編】

直接的な方法とは何かーー?


僕は元の時間軸に戻り、榊原さんの状況について考えた。


タイムパラドックスが存在しない事と祖母の助言。


それにより気持ち的には楽になったものの、それは実践方法ではない。


つまり、これからどう対応していくかを考えねばならないのだ。


しかし、考えるといっても何から始めて良いのか正直、分からないというのが本音である。


(何から始めようか?)


僕は状況を一度、整理した。


榊原さんはバイクに足を轢かれ、障害を負う運命にある。


ならばーー。


(取り敢えず、榊原さんとバイクの接触を防いでみるか?)


僕は状況を整理した末、安直な方針を定める。


祖母のように、ハイテク技術や発明品を駆使する技能も知識もない僕には、汎用な手段しかない。


(まぁ、モノは試しだ。

取り敢えずダメ元で試してみるか。)


僕は方針を定めるなり、タイムゲートを作動させた。


赴いた先は榊原さんが事故に遭う日時。


そして、到着するなり僕は、榊原さんが走ってくるのを目にする。


榊原さんの姿を確認した僕は、バイクと遭遇する前に合流せんと、即座に榊原さんの方へと走り出した。


だがしかし、その動きに合わせるのように例の暴走バイクが突如姿を現す。


(なっ....?

前の時よりバイクが来るのが早いぞ!?

なんで??)


それが運命の強制力による作用なのかは分からないが、僕の動きに合わせてバイクは加速する。


そして、僕が榊原さんの肩を掴み無理矢理、茂み側に引っ張ろうとしたその刹那、バイクが急加速して榊原さんの足を踏み抜く。


(これが婆ちゃんの言っていた運命力の働きってヤツか?)


僕は祖母から聞いていた運命を確定しようとする働きを目にし驚愕した。


そして再チャレンジはモノの見事に失敗に終わる。


だが、僕はこの失敗は決して無駄ではないと感じていた。


何故なら、その運命を確定しようとする働きには、不自然な点が幾つか見受けられたからである。


その不自然な点とは、バイクが榊原さんの足を轢いたのは、道路際にある歩道であるという事。


そして、その道路際の歩道で榊原さんの足を轢かねばならないと言わんばかりに、僕の動きに合わせて、バイクの加速速度が早まった事ーー以上の二点だ。


決め事のように、存在する二点の不自然さ。


僕はその二点を軸に考える事にした。


もし、榊原さんが茂みに入ってしまえば、周囲の木々がバイクの侵入を邪魔する為、バイクは恐らく侵入できない。


(茂みに逃げ込めれば、バイクの運転手は榊原さんの足を轢く前に木々に衝突する。

だから、そうなる前にバイクの運転手にバイクを加速させたという事か?)


この状況の不自然さについて考えつつ、僕は一つの仮説を立てた。


榊原さんがバイクのライダーに足を轢かれる運命が成立するには、榊原さんがバイクに轢かれる場所に居なければならない。


もしそうなら、榊原さんが道路から離れれば、その運命は成立しない事になる。


つまり、この仮説が正しければライダーを転倒させるとか、榊原さんを茂みに引き込めば、榊原さんが事故に遭う事は無くなるのだ。


しかし、現実的に考えて急加速してくるバイクを転倒させるにはかなりのリスクがある。


もしバイクを転倒させようと僕が動き、その結果バイクに接触した場合、修正力の関係で僕は、強制的に元の時間軸に戻される事になるのだ。


そしてその時点で、このチャレンジは失敗となる。


ならば方法は一つしかなかった。


バイクが来るより先に、榊原さんを茂みの中に引き込む事である。


僕は再び榊原さんの事故が起こる時間軸へと向かった。


榊原さんの近くに転移し、一気に奇襲をかける。


榊原さんの近距離位置に転移した僕は、即座に左腕を掴み榊原さんを茂みへと引っ張り込む。


だがその直後、またもや暴走バイクが榊原さんに向けて急速接近する。


(ここから一気に榊原さんを茂みの中に引き込めば、バイクは榊原さんを無視して一気に通り過ぎる筈だ!)


僕は全体重をかけて、榊原さんの身体を一気に引っ張り込もうとした。


しかしーー。


「ちょ、ちょっといきなり何をするんだよ透くん!?」


「なっ....!?

榊原さん何で??」

 

突然、榊原さんが僕の手を振りほどく。


榊原さんの想定外の行動。


恐らくそれは榊原さん自身に働いた運命力によるものだったのだろう。


そしてその結果、再び運命改変は失敗に終わったのである。


(まさか、運命力があんな形で僕の邪魔をしてくるとは考えてもみなかった......。)


僕は今回の一件により、方針を見直すべきだと感じた。


そして、僕は帰還後、現在から見て一日前の時間軸へと向かう。


そうした理由は一日前の時間軸ならば、現実時間の浪費を抑えられるからだ。


またこの時間軸の僕は、主に研究室に居る為、自室は誰も居ない。


この状況ならば、ゆっくりと方針を考えられるし何より体を休められるので、帰還した時の体の負担も少なくて済むのだ。


(しかしまさか、被害に遭う榊原さんが邪魔する形で運命力が働くとは考えもしなかったな....?)


僕はベッドでぼんやりと天井を見詰めながら、次の方向性を模索する。


(しかし、よくよく考えてみれば榊原さんに対して働いた運命力は、何か衝動的な行動へと向かわせるものだったよな?

それとバイクの急加速...。)


状況を改めて考えてみると、バイクの急加速も榊原さんの抵抗も、明らかに物理的な運命力の作用だ。


(あれ?

もしかしてだけど運命を確定しようとする力って、物理的作用だけなのか?)


僕はふと、運命力について考える。


最初は引力などといった特殊な作用が働くのではと考えていたが、どうやらそうではないらしい。


(つまり、個人の運命にかかってくる確定作用は、あくまでも人や物といった存在に物理的な形でしか作用しないのか?)


状況から考える限り今の所、物理法則を無視した運命力の働きはないようだ。


祖母の話しでもそうだが対象者の運命改変を妨害する要素は、その状況を人や物である。


(それが全ての事例に当てはまるかどうかは分からないけど、少なくとも遠山さんの息子さんや榊原さんに関する運命力に、物理法則を無視するものはないな......?)


僕は状況の整理を終え、この検証結果を元にした有効手段を模索した。


そして、僕は三つの方法を思い付く。


一つ目は、榊原さんの体をロープなどで縛り上げ、抵抗出来ないようにした後に茂みに引き込む方法。


二つ目は道路側から榊原さんに体当たりし、榊原さんを強引に、茂み側へと押し込む方法。


三つ目は、バイクの前にロープや障害物を用意して、その進路を阻害する方法。


以上の三点である。


しかし、それらの方法は幾つかの問題点を有していた。


先ず一つ目の方法の場合、榊原さんがすんなりとロープで縛られてくれない可能性がある。


それは少し前の検証で、明確になっている事柄だが僕が榊原さんを茂みの中に引き込もうとした際に、榊原さんは茂みに入るまいと猛烈に抵抗した。


もし榊原さんに強制力が働いた場合、間違いなく榊原さんは縛られまいと僕に抵抗するだろう。


そう考えた時、一つ目の方法はどう考えても難しいように思えた。


そして、二つ目の方法も難点がある。


この方法は榊原さんの不意をついて行わなければ成功する可能性は限りなく低い。


何故なら僕が、近くに居る事を悟られれば僕が行動した際、僕の体当たりを回避されてしまう可能性が高いからだ。


また榊原さんへの体当たりのタイミングは、早すぎても遅すぎても、バイク事故を防ぐ事は出来ないだろう。


(うーん、やはりこれも幾分かの難ありかな?)


僕は二つの案のデメリットを冷静に整理しつつ、最後の案のデメリットについて考える。


三つ目は単純に障害物などを使いバイクの進行を妨げる案だ。


しかし、ここで問題となるのは何を使ってバイクの進行を妨げるかである。


タイムゲートにおけるタイムトラベルの性質上、僕が身に付けているものしか、過去に持ち込む事が出来ない。


つまり極端に重い物や大きい物は持ち込めないのである。


何より体力に自信のない僕の腕力では持ち込めるのは、恐らく十数キロ程度だろう。


また、もし過去に石などを持ち込んで、手を放してしまった場合は、元の時間軸に戻されるから持ち込む意味が無い。


だとした現地調達する以外、方法はないだろう。


問題は現地にその方法を可能にする物があるかどうかである。


(取り敢えず、現地を確認してみるか?)


僕は榊原さんが来る三時間前の時間軸に移動し、周囲の状況を確認を開始した。


辺りには川が近い事もあってか木々が多く、それ以外で目立つ物といえば、茂み近くに転がる大小様々な石や道路工事の看板くらいのもの。


正直、工夫しないと使えそうにない物ばかりである。


(使えそうな物は、石か道路工事の看板くらいだな....。

さて、どうしようか?)


僕は少し悩みつつ更に周囲を再度確認した。


しかし周囲には、やはりこれといった物は見付からない。


木を切り倒すことが出来るのであれば、使えそうな物は増えるだろうが、現実的に木を切り倒す手段が無いので、考えだけ無駄である。


僕は木を切り倒す案を早々に放棄し、使えそうな物だけで何が出来るかを模索した。


もし石を道路にばら蒔いた場合、誰かに石を片付けられたりする可能性が高い。


(石と看板しか使えないのは流石にキツイな....。

本当にどうしよう?)


僕は無茶振りとしか思えない状況に、思わず頭を抱え込んだ。





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