助言【後編】

祖母が遠山さんの息子さんの運命改変をしようと考えたのは僕と同様、運命改変の検証をする為だった。


遠山さんの息子さんである遠山達二【とうやま・たつじ】さんは僕の父と同じくらいの年代だった事もあり、祖母には今は亡き息子である僕の父と、達二さんの姿がダブって見えたのだという。


検証開始時の達二さんは、左手を失い障害者年金で暮らしていたが、やはり今の榊原さんと同様、人生を投げ出していた。


祖母はその状況を何とかしたいと考え、間接的な手段を用いて達二さんが事故に遭うタイミングをズラそうと試みたのだがーー。


結果は僕の時と同様、失敗し事故に遭うタイミングが数時間先に伸びただけだった。


そして...祖母は僕と同じように、簡単には越えられない壁にぶつかる事となる。


その壁とはタイムパラドックスに対する恐怖心。


心の中に纏わり付く、拭いがたき悪夢の可能性だ。


直接的に時間に干渉した場合、その時間軸に致命的な変化や、矛盾が生まれる事を祖母は恐れたのである。


この時点では法則性が何も分からない状況であり、まさに手探りでの検証。


その精神的な不安は計り知れないものだったであろう。


しかし、祖母はそこで前進する事を、諦めなかった。


どのみち、このままだって明るい未来は訪れない。


ならば、可能な限りの検証を続けるのみーー。


そんな覚悟を決め、祖母は前進を続けた。


そして、祖母はあらゆる直接的な手段を行使し続けたのである。


車を動けなくしたり、周囲の工事に対する反対運動を工事取り止めの形に持ち込む等々、そんな様々な手を尽くしたのだ。


だが...二度の改変を終えた後、祖母は中々覆せない運命的な事象に遭遇する。


その事象とは、不慮の事故。


達二さんは上にいた作業員が手を滑らせ具材を落としてしまった事により、その具材が左手に突き刺さるという状況が発生したのですある。


そして、彼の左手は切断を余儀なくされたのだ。


だが、祖母は幾度かの検証により、直接的に関与したとしても修正力の働きによって、タイムパラドックスが発生しない事を突き止めたのである。


祖母はその後、達二さんを引き止めて、現場に行く事を妨げるが、その試みるは失敗に終わり、やむを得ず祖母は発明品を使い様々な妨害を行うに至った。


そしてその結果、三度目の事故を防ぐのに成功したのである。


しかし、達二さんは左手を失わなかったものの次の日、会社内で階段から足を滑らせ左手を複雑骨折し、障害を残す形となった。


それが祖母が達二さんにもたらした運命改変の結果である。 


それが祖母の成し遂げた事柄だった。


「透ちゃん.....。

タイムパラドックスは修正力で、うやむやにされちゃうから、まず起こらないわ。」


祖母は苦笑しながら、そう僕に告げる。


「そうか......タイムパラドックスは起こらないだ。」


「そう、だから後悔しないように全力を尽くしても大丈夫よ。

それに背負う必要はないわ。

私達はやれる事をやるだけなんだから。」


僕は祖母のその言葉に、少なからず救われたような気がした。


所詮、僕も祖母も時間を戻る術を持っただけの普通の人間に過ぎないのだから。


それは当然の事かもしれないが、今の僕にとってはそんな当たり前の事が、とても重要な事のように思えた。


「あ、そうそう、これは透ちゃんに言っておかなければならないわね。

この検証結果から導き出した推測だけど、運命改変をするには三回、不幸の事象をズラさないといけないみたいなの?」


「三回....?」


「えぇ、そうよ。

達二さんの検証の結果なんだけど、その日に起こる不幸を回避したら、事故の運命が次の日にズレ込んだの。

そして、三回その不幸の運命の発生を防いだ後、達二さんの左手切断の運命は左手の障害という運命へと形を変えたわ。」


「そうか...。

じゃあ、達二さん運命は別の形に置き換えられたと考えていいのかな?」


「そうね......それも一つの可能性ではあるけど、不幸の事象を起こす運命力が発生タイミングから幾度もズレ込んだ事により、発生する運命力が弱まったって可能性もあるわね?」


「そうか....つまり三回以上、事故を防がないと不幸の事象は変化しないんだね?」


「断言はできないけど、検証結果では少なくとも三回は事故などの発生を防がないと運命は変わらないわねぇ。

恐らくだけど、人と時間軸が磁石みたいに引きあって、その結果に至るんじゃないかしら?」


「なるほど......だから三回防いだ結果、対象者と時間軸の関係性が途切れ、運命は別のものへと変質したって事か...。

流石は婆ちゃん、思いつかなかったよ?」


僕は祖母の仮説に思わず納得する。


そして事実が明確になっていく中、僕の心の暗闇に光が射し込むのを感じた。


それらの仮説は僕の心に僅かではあるが、希望の光を灯したのである。


しかし、ふとある事が気掛かりになり僕は、祖母に問い掛けた。


「所で現在、僕と婆ちゃんが話している状況って、修正力が働くとどうなるの?」


「私の経験上では修正力が働いた場合、話しをしている状況は修正されて、その時間軸で誰かと話した事実はなくなってしまうわねぇ。」


「僕と婆ちゃんが今、話しているって事が無かったって事になるの?」


「えぇ......だから透ちゃんが、また何かに困った事があってこの時間軸に来ても、また最初から話さないといけなくなると思うから、その事は覚えておいてね?」


「うん、分かったよ婆ちゃん。」


「後、恐らく修正力の影響だと思うんだけど、タイムゲート使用者に危害が加えられるような状況が発生すると強制的に、元の時間軸に戻されるから気を付けて。」


「分かった......。

ありがとう婆ちゃん。」


僕は後ろ髪を引かれる思いを、必死に振り払いながら......祖母に背を向けた。


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