類似点
僕は元に時間軸に戻るなり、自室から無地のノートを引っ張り出した。
このノートは予備として買ってあった新品のノートであり、僕がそのノートを引っ張り出してきた理由は経過観察の内容や検証結果を書き残す為である。
これから幾度となく検証を繰り返すだろうから、その時に何か見落となどがあってはならない。
それ故の処置なのだが、恐らく普通に書いた場合、修正力でマトモに内容が残らないだろう。
祖母はこの状況を見越していたらしく、タイムゲート用の腕輪と共に、腕輪に連動した特殊機能を有する専用ボールペンを、僕に残してくれていた。
僕は今回の榊原さんの身に起きた状況と、救急車を呼び早期治療の対処を行った事を書き記し、再びタイムゲートでの転移を開始する。
僕がタイムゲートで向かった先、それは現在の時間軸から見て一時間前の公園。
榊原さんと出会い、会話したあの時間軸である。
僕は公園に到着するなり周囲を確認した。
状況が変わっているのが一番好ましい。
しかし、期待こそしてはいなかったが、やはりと状況に変化はなかった。
榊原さんは足を引き摺りながら、公園をさ迷い歩きベンチに腰掛ける。
(やはり、駄目だったか....。)
僕は小さな溜め息をつきつつ、検証結果をノートに書き込む。
この結果から考えて、どうやら治療の状況等は榊原さんの運命を変えるものではなかったらしい。
(つまり、この結果から考えると状況を変えるには、治療方法や治療の対応速度ではなく、怪我をするという状況自体を変える必要性あるって事になるな?)
僕はその後、落ち着いて考える為に川へと移動した。
橋の下には日陰があり、日差しを避けるにはもってこいである。
僕は日陰で体を休めながら、両親の時に運命を変えようとした時の行動と今、榊原さんに対して行った行動について考えた。
そしてーー。
(何だ......?
この状況に、父さん達の事故と同じ何かがあるような気がする....。
でも......一体何処が?)
僕は両親の運命を変えようとした時の事を今一度考える。
(あの時は凍った路面を融かそうとして、融雪剤を撒いて対処した.....。
そして、今回は事故が起きた直後に、救急車を呼んで対処しようとしたよな?)
だが、二つを比べても接点らしい接点は特に無いように思えた。
(おかしいな....。
気のせいなのかな?)
僕は違和感の正体が分からず、頭を悩ませる。
だが、そんな時ーー。
不意に少し離れた位置より【ボチャン!】という声音が鳴り響いた。
(何だーー!?)
突然、鳴り響いた水音に驚き、僕は慌てて音がした方角に視線を移す。
確認した方角に居たのは、釣りをしている小学生くらいの少年達だった。
一人は釣竿を川の水面に向けているので明らかに釣りをしていると分かるのだが、もう一人は釣りをしている少年から、かなり離れた位置より石を投げている。
(何のつもりだ??)
僕は少年が行っている奇妙な行動に、思わず首を傾げた。
正直、釣りの邪魔をしているように見えなくもない。
しかし僕は、即座にそうではない事に気付く。
もし釣りの邪魔をしているならば、釣りをしている方の少年が怒りだすなどのアクションを起こす筈である。
だが、そのアクションを起こさない事から考えて、この行為には何か意味があるのかもしれない。
(でも......どんな意味があるっていうんだ?
どう考えても邪魔しているような気がするんだけど?)
僕は少年の奇妙な行動の意味が理解できず、思わず考え込む。
本来、こんな事に悩んでいる場合ではないのだが、少し悩み疲れてきた事もあってか僕は気晴らしも兼ねて、少年の謎の行動を観察する事にした。
そして......約十分以上程、その少年の行動を観察し続けた頃、僕はふとある事に気が付く。
(何か、急に釣れ始めたな?
あっ、そうか!
石を投げ入れてその場所に魚を近づけないようにしてるんだ!)
石を投げていた少年は、釣りの邪魔をしていたのではなく、間接的に釣りをしている少年のサポートをしてたのである。
つまり一人は直接的に釣りをし、もう一人は間接的に釣りをしていたのだ。
(考えてないようで良く考えてるよな、この子達?)
僕は少年達の釣り方に思わず感心した。
しかしその直後、ふと僕の意識内にある言葉が引っ掛かる。
「うん....間接的??」
僕は間接的という言葉に、奇妙な違和感を覚えた。
そして僕は漸く、その違和感の正体を理解する。
「そうか....そういう事だったのか!?
父さん達の時も榊原さんの時も、僕の関与は間接的だったんだ!」
思いがけない形での疑問の解消。
心を覆っていた霧が突如と晴れたような感覚だった。
(そうか......漸く一つ分かったような気がする。
間接的に何かしても恐らく、その行為は運命の事象に飲まれて修正されてしまうのかも知れないな?)
僕は思わず納得する。
確証には至っていないが恐らく、間接的な行いは影響力が弱いのだろう。
釣りをして少年達の状況を見ても、それは明確だった。
少年達の釣りは、釣竿で直接的に釣っている少年が居て始めて成立している。
石を投げている少年は、あくまでも釣りのサポートをしているだけに過ぎないのだ。
この状況を僕の行動に当てはめてみると、間接的な行動の影響力の弱さを改めて実感させられる。
釣竿で釣りをする少年が居れば、石を投げる少年が居なくても釣りは成立するだろう。
しかし、もし逆に釣竿で釣りをする少年が居らず、石を投げる少年のみになったらどうなるだろうか?
考えるまでもない。
魚を釣るという行いは間違いなく成立しないだろう。
つまりーー。
(僕は直接的に運命改変に、関与していなかった訳かーー。)
僕は漸く今までの行動が何故、運命改変に繋がりなかったのかを理解する。
直接的に関与してなかったからーー。
いや、違う......明確に言うなら僕はきっと避けていたのだ。
直接、運命改変に関わる事を。
そして、その理由はただ一つ。
直接的に関与した時に生じる運命に関する想定外の結果と変化を恐れていたからである。
運命を変えるという事は、必ずしも良い方に好転する訳ではない。
悪い方に好転する事も十二分に有り得るのだ。
しかし、それはあくまでも可能性の話である。
だが、不幸が起こる事が日常だった僕には、不幸が起こる事こそが、普通だった。
だからこそーー。
(どうして.....どうして上手く行く状況を想像できない......?)
そんな状況故、僕は常に最悪の状況をイメージして行動するようになっていた。
そうする事で、行動した結果がもし最悪の結果だったとしても、心の傷は小さくて済むからである。
それは苦しみから心を守る手段だった。
僕の心に根付く、そう簡単には取り去れないトラウマーー。
(やらなければならない、やらなければならないんだ!)
僕は自らの内に宿った思いを奮い起こす。
だが......その直後、運命を変えようと足掻き、幾度も失敗し諦める絶望的な未来が脳裏を過る。
そして、続け様に運命を変えようとした結果、自分や他の誰かが消えてしまう......そんな未来が僕の脳裏を駆け巡った。
それらはアニメや映画、小説等フィクション内で良くある出来事である。
しかし、そんな状況が現実に、あるとは限らないのに僕は、そんな不幸の可能性を心の内から拭いきれなかった。
幸せたりえないが故にーー。
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