夢途絶えし日。
(榊原さんに一体、何があったんだ....?)
僕は家に戻るなり、釈然としない思いに頭を悩ませながら溜め息をつく。
出掛けた事によりリラックスするどころか、かえって苦を増やしてしまったようだ。
だがそれと同時に、僕の内に榊原さんの身に何が起こったのかを知りたいとの想いが沸き上がる。
そして、それが過去を変える事で何とか出来るなら榊原さんの運命を変えてあげたいーー。
そんな激しい想いに突き動かされながら、僕は衝動的に情報収集を開始した。
(しかし、何処から聞き込みに行く?)
少し悩んだが僕は考えた末、取り敢えず榊原さんの住んでいるアパートの大家さんの所に行く事にした。
(確かあの辺だったな。
あれ...?
今出てきたのもしかして、大家さんか?)
僕は家から出てきた人影に向けて、一気に駆け寄る。
「あら、透くん久しぶり?
......お婆さんの事は気の毒だったわねぇ。」
外で僕と顔を合わせるなり、大家さんは少し涙ぐみながら僕にそう告げる。
アパートの大家さんは、祖母の数少ない茶飲み友達だった。
このアパートの大家である大滝【おおたき】さんは祖母と良く花の話をしていたらしい。
(大滝さん......結構、婆ちゃんと仲良かったもんな。)
僕は大滝さんの心情を察し、思わず泣きそうになった。
だが、今は感傷に浸っている暇はないと必死に悲しみを堪えながら、大滝さんに問い掛ける。
「大滝さん、少し聞きたい事あるんですけど?」
「なんだい透くん、改まって?」
「あの今日、榊原さんに久しぶりに会ったんですけど、何か以前と雰囲気が変わってて、少し気になったもので....。」
「孝之【たかゆき】くんと会ったのかい?
そうなの.....。
孝之くんも色々とあって今は、仕事もしないで投げやりになってるからねぇ?」
大滝さんは、そう言うなり少し考えるような仕草をする。
「何か、言いにくい事とかあるのですか?」
「え、あぁ、うん....。
これ私から聞いたとか言わないでもらえるかい?
他言無用だよ?」
「えぇ、勿論です。」
僕は大滝さんの言葉に頷くと、大滝さんは何とも言えない悲しげな表情のまま、榊原さんに起こった出来事について語り出す。
「実は孝之くん、二ヶ月くらい前、交通事故に遭ってね、右足を壊しちまったんだよ。」
「交通事故ですか?」
「そうなのよ、何か孝之くんが走っている時に、孝之くんバイクに足を轢かれちまったんだよ。
でも、その加害者は何処ぞのお金持ちのボンボンだったらしくてね、孝之くんに高額の慰謝料を一方的に支払って、事故の事を揉み消しちゃったのさ。」
「酷い話ですね!?」
僕はその加害者に、例えようもない怒りを覚えた。
金や権力で揉み消しなど、最低の行いである。
そんなモノは償いでも誠意でもないからだ。
「全くよねぇ、そのせいで孝之くんはーー。
二度と走れなくなっちまったんだからね。」
「二度と走れない....?」
それは、あまりにも重い言葉だった。
榊原さんにとって、マラソンは生きる事の大きな励みであり、生きる事の糧。
生きる為の目的であり、目標だったのだ。
そんな目指すべきものがあったからこそ、榊原さんはどんな苦労も乗り越え頑張ってきたのだと思う。
だがある日、その支えを失ったらどうなるだろうか?
それを想像するのは今の僕にとって、容易な事だった。
僕も春香が死んだ時、自分を支える色々なモノが崩れ落ち虚ろとなりーー。
祖母が死んだ時は、心が空っぽになる感覚を味わった。
だから榊原さんの苦痛と苦悩は、決して他人事ではない。
幾つもの大切なモノの喪失してきた僕とって、榊原さんの心の痛みや苦悩はまるで自分の痛みのように感じられたのだ。
「リハビリをすれば、何とか普通の生活だけは出来るって話だったんだけど......。
マラソンできなくなるって分かった途端、孝之くん、リハビリを途中で止めちゃって....。」
大滝さんはそう言いながら、困ったような表情で浮かべる。
「まぁ、そうですよね。
あ....すいません、ちょっと此れから用事があるので、これで失礼します。」
「あ、そうなんだ?
透くん、これから何かと大変だとは思うけど、弱気になったら駄目だからね。
何かあったら私も相談に乗るから。」
「はい、分かりました。
ありがとうございます。」
僕は大滝さんに一礼し、その場を後にした。
そして、僕は家を目指しながら、一つの決意を固める。
榊原さんの過去を変えようという、確固たる決意をーー。
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