別なる視点。

(また、失敗か......。)


僕は検証対象のクロが寿命を迎えた事に、少なからずショックを受けていた。


検証対象が突然、居なくなってしまったという事に対しての痛手もあるが、何よりもクロに対して、自分は何もしてやれなかったとの無力感が一番大きいだろう。


しかし、それでも検証を止める訳にはいかない。


立ち止まる訳にはいかないのだ。


想定外のアクシデントにより一度目の検証は失敗に終わったとはいえ、まだ何も始まってすらいないのだから......。


(でも、どうしたらいい?

他に検証できる相手なんて居たか?)


僕は溜め息をつきつつ考え込んだ。


クロのように寿命で、死ぬ者の運命を変える事はどう考えても不可能。


だから病院などで、そういった対象を見付けたとしても当然、無意味である。


それに、そもそもそういった人脈や縁は僕にはない。


自慢ではないが持病の事もあり、僕の交友関係はとてつもなく狭かった。


ましてや、ここは田舎。


そんな都合良く、検証できる相手がポンポンと見付かる筈もない。


(・・・・・考えていても仕方がない。

取り敢えず、外にでも出てみるか?)


方向性に行き詰まった僕は、気分転換も兼ねて取り敢えず外出してみることにした。


外出をしたのは、ちょっとしたリフレッシュをする為ーー。


当然それも理由の一つではあったが、頭の片隅で、もしかしたら検証に適した人に会えるかもーーとの淡い期待も理由の一つだった。


僕はそんなフワッとした何も定まらない理由で、取り敢えず公園へと足を運ぶ。


公園に行ったのは、ただ何となくだ。


そこが祖父と祖母にとっての特別な思い出が残された場所だったから、今は亡き祖母や祖父が見守っていてくれている......。


そんな気になれたからだ。


(それにしても......とてつもなく暑いな?)


過去に祖父と祖母が座っていたベンチに座りながら、僕は額から流れ落ちる汗をハンカチで拭き取る。


真夏なのだから暑いのは当然の事なのだが、僕にとってこの暑さは、何か特殊な状況のように感じられた。


持病で眠りにつくことが多かった僕には、まともな夏の経験がなかったのである。


そう....それだけ僕の今までは、異常と言わざる得ない状況だったのだ。


夏は暑くて耐え難いが、それでもそう感じられる事はある意味で、幸せな事なのかも知れない。


暑さを感じられるという事は、自分が健常者の人達と、同じ環境を生きているという事だからだ。


つまり、その感覚は僕にとって生きる事に対する僅かな実感だったのである。


しかし、そうは言っても真夏の暑さは不健康な僕にとっては、とてつもなくキツイ。


(暑過ぎる......。

日傘くらいは持ってきても良かったかも知れないな?)


僕は真夏への外出の備えを怠った事を、少し後悔しつつ、ベンチに僅かに存在していた日陰へと身を寄せる。


(あー・・・・これなら少しはマシか。

それにしても暑い割には人が多いな?)


公園と言っても、ここには遊具らしい遊具も無い。


あるのは精々、ブランコと鉄棒くらいのものである。


そんな何もない公園の利用者は、僕を含め十人程。


(まぁ考えてみれば、町までは少し距離もあるし、時間を潰せる所なんて公園くらいのものだよな?)


僕は一人納得しつつ、何気なく辺りを見回す。


だが、取り敢えず目を引くようなものは特に無く、気晴らしになるのかどうかすら疑問だった。


(まぁ、こんなもんだろうな....。

仕方がない次は川にでも言ってみるか?)


僕は諦めてこの場から離れようと、ベンチに手をつく。


しかしその直後、誰かが僕の隣に腰掛けた。


「あっちーなぁ、せっかくの冷たい酒が温くなっちまったよ。」


(何だ......酔っぱらいか?)


僕は何気なく、ベンチに座った人物の姿を確認する。


声からして比較的若い男性なのは分かっていた。


しかしーー。


(この声......何処かで聞いた事のあるような......?)


何処かで聞き覚えのある声。


それが僕を確認への衝動に突き動かす。


そして、僕はその相手の姿を確認した直後、驚きのあまり思わずその男性の名前を呟く。


「榊原【さかきばら】さん....?」


「うん....?

おっ....透くん珍しいな外を出歩いてるなんて?

今日は体の調子良いのかな??」


「え、えぇ、まぁ....お陰様で。」


「そっかー、それは何よりだなぁ。」


榊原さんは僕の言葉に、ウンウンと首を縦に振りながら答えた。


(一体、何があったんだ榊原さん?)


僕は榊原さんのあまりの変わりように驚きながら、榊原さんを様子を窺う。


僕が知る限り少なくとも、三ヶ月前までの榊原さんは好青年だった。


両親を早くから亡くし、苦労も多く決して裕福ではない生活を続けていたが、それで仕事は一生懸命で明るい人柄。


それが僕が榊原さんに抱いていた印象だった。


榊原さんは僕の事を心配して声をかけてくれ、夢を目指して真っ直ぐに歩み続けていたのである。


全国各地のマラソン大会を巡り、納得できる結果を手にするという夢だ。


榊原さんは何時も、爽やかな笑顔を僕に向けながら、僕を良く励ましてくれた人。


だがそんな人が榊原さんが今、変わり果てた姿で僕の目の前に居る....。


とても見るに耐えなかった。


(どうして......こんな事に?)


「あの....榊原さん、何かあったんですか?」


「うん?

あー、何にも無いよ。

ただ不幸な奴はどんなに頑張っても報われないって、分かっただけさ。」


「そうですか....でも榊原さんには夢があったんじゃないですか?」


「あのね透くん、世の中なんてのは頑張って生きても良い事なんて無いんだよ?

どうせ持ってるヤツしか報われないんだ。

それだったら少しでも楽して生きてた方が特だって。

昔から良く言うだろう......正直者は馬鹿を見るって?」


榊原さんは吐き捨てるようにそう言い終えるとベンチから立ち上がり、フラフラとした足取りで歩き出す。


僕は何も言い返せぬまま、そんな榊原さんの後ろ姿を静かに見送った。


心に何とも言えない悲しい気持ちを残しながらーー。

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