人ならざる者の行く末【後編】

(クロ、寂しそうだったな?)


一人その場に残された僕は、何とも言い難い悲しさと寂しさに包まれる。


しかし、それは所詮感傷に過ぎない。


今の僕には為さねばならない事があるのだ。


クロは検証の為に、接触しただけに過ぎない。


しかし......。


そうと分かってはいても、僕は暫くその場から動けなかった。


だが、それがは当然の事だったのかも知れない。


生きている上で起こる事の多くは、理屈では割り切れない事ばかりなのだ。


そんな事を積み重ねながら人生は形作られる。


だから、この想いすら原動力の一つにしなければならないのだ。


(何時までこうしても居られないな....。

早く一日先を確認しないと。)


僕は何とか、クロの事を頭から振り払い一旦、元の時間軸へと帰還する。


帰還した直後、多少の疲れはあったが感覚的には全力で数十メートルを走った程度の疲れ。


次の行動に移る上では、全く支障はない。


僕は早々に前の過去から見て一日先の時間軸へと向かう。


時間帯は多少の誤差はあるが、クロが来るのは大体、午後一時から三時くらいの間だった筈。


僕はこの時間軸に到着して即座に周囲の状況を確認し、キャットフードを用意しながらクロの到着を待つ。


しかし、午後三時を過ぎてもクロは来なかった。


それから更に二時間...。


僕はクロの到着をずっと待ち続けた。


そして、午後五時を回った頃、不意に咲子叔母さんの声が響き渡る。


(咲子叔母さんが帰ってきたのか。

うん、待てよ?

今、咲子叔母さんと鉢合わせるは不味くないか?)


状況として今日は、最初にタイムゲートを起動させた日である。


つまり、この時間軸の僕は祖母と祖父が生きていた時の過去から帰ってきて疲弊し眠りについていた。


だが、そう考えると今、咲子叔母さんと鉢合わせになると、色々と面倒になるのではなかろうか?


正直なところ、タイムスリップによる状況変化に関しては未だ手探り。


過去の僕と咲子叔母さんが、ここで鉢合わせる事で何が起こるか分からない。


ならば、取るべき行動は一つだった。


一旦クロを待つ事を諦め、一度元の時間軸に戻るしかない。


(出直すしかないな。)


僕は腕輪のスイッチを押し、咲子叔母さんと鉢合わせる前に、元の時間軸へと帰還する。


そして、元の時間軸に戻った僕は次の方針を定めるべく考えを纏めていた。


(さて、どうしたものかな?)


午後の一時から三時どころか、五時まで待ってもクロが来ない現状を、考え僕は首を傾げるしかなかった。


本来、この時間帯に来る筈なのだから。


何であれ、この時間に来ないとしたら別の時間帯の確認が必要となる。


(やはり別の時間帯で、クロを探してみるしかないか...?)


可能性があるならしらみ潰しに確認してみるしかない。


電車やバスが出発時間に遅れたりする事もありし、無遅刻無欠勤のクラスメイトが突然、インフルエンザにかかって学校を休むことだってある。


そう考えれば、絶対は有り得ないよう事のように思えた。


(そうだよな必ず、この時間帯ってことは断言できないよな。

何より猫に時間なんて分からないしね?)


僕は自分の固定概念を改め、早々に次なる行動に移る事にした。


取り敢えず次に転移先は、先程の時間軸の午後六時の時間帯である。


僕はタイムゲートを潜り、三度目の行動を開始した。


(どうやら咲子叔母さんは、もう居ないみたいだな?)


僕は居間で作り置きされた夕御飯を確認し、咲子叔母さんが居ない事を確信する。


咲子叔母さんは食事を作ると、大体直ぐに居なくなるのだ。


だが、それも当然の事である。


仕事を終え、次の日の支度を前に僕の様子を見に来てくれているのだから。


咲子叔母さんには、感謝の想いしかない。


何時も迷惑をかけてしまい正直、申し訳ない気持ちで一杯だった。


もっとも検証に置いて、障害と考えなければいけないので些か、心苦しくはあるのだが...。


(でも、これで咲子叔母さんを障害と考えずに済むな?)


僕はその事に少し安堵しつつ、クロが来る事を願いながら容器にキャットフードを入れる。


後はクロが来るのをただ待つだけだ。


僕は冷蔵庫から出した麦茶を飲みながら、クロが来るのを、ひたすらに待ち続ける。


最大待機時間は、午後の九時くらいまでだ。


しかし、時間は焦りという要素を含んだ途端、妙に長く感じられる。


五分ですら妙に長い。


(長い....一時間ってこんなに長かったか?)


僕は待つことに、苛立ちを感じ始めていた。


今まで漠然と過ごしてきた一日は、あっという間に時間が経過した為、一日という時間を長く感じる事はなかったのだが......。


今は今までと異なり妙に時間の経過が遅く感じる。


(午後七時半か......。

九時まで後一時間半もあるのか.....?)


クロを待つ事に専念しなければならない為、テレビをつける事もできず、辺りは静けさだけが漂う。


そんな中、たまに虫の鳴き声も聞こえてくるが、それもほんの一時のものに過ぎなかった。


そして、そんな気の遠くなるような一時間半を耐え抜き、結局クロが現れぬまま午後九時を迎える。


(やっぱり来なかったな......。

クロ一体どうしたんだ?)


僕は溜め息をつきつつ、キャットフードが入った容器に手を伸ばす。


取り敢えず、この時間帯の検証は諦めるしかないーー。


僕はそう思い外に置いていた容器を手に取った。


しかし、その直後ーー。


「にゃー。」


当然、猫の鳴き声が木霊する。


「クロ....なのか?」


僕は暗がりに視線を移すと、クロがちょこんと座っていた。


しかし......。


(何だろう......クロの影が薄いように感じる?)


妙な違和感。


クロの鳴き声に妙に弱々しく、存在感の薄さを感じさせる。


それはまるで、燃え尽きそうな蝋燭のようなーー。


(何を考えているんだ僕は....。

そんな縁起でもない。)


僕は慌てて一瞬、考えてしまった不吉な想像を振り払う。


しかし、そんな僕の思いに反するかのようにクロの足取りはとても重かった。


「クロ、今日は遅かったね。

ほら、ご飯だよ?」


僕は此方へと、近づいてくるクロの前にキャットフードの入った容器を置く。


しかし、何故かクロはキャットフードには目もくれず、僕の前を通り過ぎる。


「どうしたのクロ....?

そっちは床しかないよ?」


そんなクロの奇妙な行動に、僕は首を傾げた。


クロは僕が見守る中、ゆっくりとした足取りで縁の下へと潜り込むと、居間の中央辺りへと辿り着くなり静かに倒れ込む。


その後、僕はクロに向けて何度も何度も呼びかけるが、クロは眠っているかのように、そこを動く事はなく....静かに二度と目覚めぬ永遠の眠りについた。


まるで今は亡き祖母に甘えるかのように......。


ただ安らかにーー。

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