人ならざる者の行く末【前編】
祖母の葬儀が終わってから既に、六日が経過していた。
咲子叔母さんの話によると、クロは三日程前から見掛けないらしい。
つまり、クロが家に来なくなったのは祖母の葬儀が終わってから約三日くらいの間という事になる。
本来、葬儀といえば参列者がちらほら訪れるものなのだろうが、祖父や祖母はあまり広い交友関係は持っていなかったらしい。
訪れるかも知れない参列者は葬儀二日目にして、ほぼ皆無。
しかし、検証を始める状況としては幸いというべきものだった。
僕は早々にタイムゲートを使用し、クロが最後に目撃された葬儀三日目の日時へと向かう。
葬儀三日目の僕は持病が発症し、眠りについている。
そして、その状況下にあって唯一家を訪れるのは咲子叔母さんのみ。
都合よく咲子叔母さんが家に滞在する時間は意外と少ないらしく、周囲は妙に静まりかえっていた。
(あれ、誰も居ないな?
あぁ、そうか多分、買い物にでも行っただな?)
如何せん、不便な土地柄。
町に行くのに自転車で十数分、コンビニですら十数分歩いて漸く、一軒あるような状況だ。
その上、バスや電車も一時間に一本程度で、何を買うにしても不便な場所に、祖母の家はある。
祖母や祖父がこの場所に家を建てたのは、人とあまり関わらないで過ごせるというのが一番の理由だったのかも知れない。
僕はそんな感傷に浸りつつも、ふと成すべき事を思い出し居間へと向かった。
居間には、祖母がクロの為に買った何種類かのキャットフードが置いてある。
祖母は得に犬が好きだったが、年齢の問題もあり散歩が必要な動物を飼うのを諦めていた。
だが、恐らくペットを飼わなかった一番の理由は、僕が持病を持っていた事だろう。
だから祖母は悲しさを紛らわす拠り所を、野良猫であるクロに向けた。
(婆ちゃんゴメン...。
僕がもっとちゃんとしていれば犬を飼えたのに....。)
僕は今は亡き祖母に、心の中で詫びる。
自分だって苦しい筈なのに、祖母は何時も僕の事ばかりを気にかけていた。
犬の事にしてもそうだ....祖母は、僕の為に犬を飼う選択肢を捨てたのである。
僕の事を大切に思っていたからーー。
何時も祖母に助けられてばかりだ。
祖母が居てくれたから僕の今があるーー。
だから祖母の気持ちを、決して無駄には出来なかった。
(あったぞ、これだ!)
僕は発見したキャットフードを取り出し即座に、クロの食事用容器へと入れる。
それより数分後、クロは餌を求め家を訪れた。
クロは家に着いて早々、挨拶もなく必死にキャットフードを貪る。
何日も食事にありつけなかったのだろうか?
「旨いかクロ?
味わって食うんだぞ?」
今までクロの事は、そんなに気に留めた事はなかったが、クロのご飯を貪る姿を見て僕は、少し心が和らぐのを感じた。
初めてだった....クロを可愛いと思えたのはーー。
可愛いと感じる感情
それは本来、当たり前の感情であったが僕には、そんな当たり前の感情すら抜け落ちていたのだろう。
今にして思えば僕の心は、それ程までに疲弊し空っぽだったのかも知れない。
「うん、クロ......どうしたの?」
クロはキャットフードを平らげた後、立ち去らず誰かを探し仕草をする。
「そうか......お前......。」
僕はクロが誰を探しているのか、不意に気付く。
クロは恐らく、祖母を探しているのだろう。
そんなクロの仕草を見て、僕は少し悲しくなった。
「ごめんねクロ....。
もう、婆ちゃんは居ないんだ。」
クロがその言葉を理解しているかどうかは分からないが、クロは何とも言えない寂しげな瞳を僕に向ける。
そんなクロの姿を見て僕は、もう既に忘れていた過去の事を思い出す。
いや、本当は忘れていたのではない。
思い出さないようにしていただけなのだと思う。
何故ならその子との別れは、未だに割り切れない悲しい思い出の一つだったからだ。
その子とは、かつて家で飼っていたコロンという名の犬の事である。
コロンが居た頃は僕が学校から帰ってくると、寂しかったよとばかりに「くぅーん」と甘えるような声を出して、僕達を出迎えてくれた。
クロの瞳は、その時のコロンの瞳にとても良く似ていたのである。
だから、クロのそんな仕草を見るのは正直、少し辛かった。
「クロ、待ってても婆ちゃんは......居ないんだよ?」
「にゃー。」
僕の言葉を理解できたのかどうかは分からない....。
だが、クロは僕に向けて一鳴きし、やや力無く外へと歩き出す。
何とも言えない寂しさだけを、そこに残しながら......。
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