修正力
(確か......この近くだったよな事故現場は?)
四年前の十二月、それは僕が両親と弟を失った忌まわしき日である。
僕はその事故が起こる五時間前に赴き、事故現場の確認に向かった。
祖母の残した説明書きを読み返した所、タイムゲートは五十キロ圏内ならば、転送場所を設定できるらしい。
僕はその事を知り、早々にその機能を試してみる事にした。
過去の事故現場をあまり良く覚えていなかった事もあり、僕は事故現場近くのコンビニをスタート地点に設定したのである。
その後、僕はそこから事故現場を目指して移動し、漸くそれらしい場所へと辿り着く。
そして、遂に運命を変える試み.....その最初の一歩が踏み出される事となった。
これから事故によって両親と弟の命が失われる場所は、片側一車線だがそれなりに視界も悪くない直線の道路である。
事故現場の検証結果によると、相手の車が両親の車に追突した原因は、凍結した路面でスリップし、ハンドル操作不能になった結果によるものだった筈だ。
ならば、その原因である凍結した路面がなかったとしたらどうだろうか?
僕は過去を本当に変えられるのかを、確認する為に、家にあった雪剤を用意していた。
祖母の説明書きによると、現在の時間軸の物品は使用者の体に触れている物に限り、影響を受けないらしい。
しかし、接触していないものは時間軸の影響を受け消滅してしまうらしいのだ。
まぁ実際、融雪剤がここの存在しているのだから、記載内容は実証されている訳なのだが......。
(しかし、融雪剤重すぎ...。
二袋で足りるかな?)
融雪剤を用意してみたものの、容量の問題もあり、二袋が限界だった。
それ故に、ピンポイントで凍結箇所を溶かさねばならない状況となってしまったのだが......。
(さて、何処から氷を溶かしていくべきだろうか?)
僕は確認の為に周囲を見渡す。
道路は交通量は少ないものの道路の所々、凍結しアイスバーンの様相を呈している。
何にせよ、可能な範囲で凍結箇所を排除する以外、方法はない。
(上手くいってくれよ....。)
僕は祈るような思いを込めて、融雪剤を道路へとばら蒔いた。
そして、作業を始めてから一時間程の時間が経過しただろうか?
融雪剤のばら蒔き、作業は終わりを告げる。
事故現場から見て周囲三、四百メートル範囲の凍結部分はもう既に溶け始めていた。
改めて雪さえ降らなければ、後は結果を待つだけである。
作業開始より僕の目前を通り抜けた車は、約十台程度だが、見た限りではそれらの車に特にスリップした様子はなかった。
これならば両親の車に追突した、黒い乗用車も事故を起こさないのではないだろうか?
それとこの交通量ならば、これから事故を起こす車を見分ける事はそれ程、難しいことではないだろう。
(例の事故が起こるまで後、一時間少々....。さて、後はどうしたものか?)
僕は今出来る事があるかどうかを考えた。
現状において考えてみる限り、これ以上出来る事など何も無い。
とはいえ確認は必要だ。
この場に留まる事が無意味だとしても。
どんな結果を得られたかを知る必要があるのだ。
(さて、どうしたものか?)
僕は頭を悩ませる。
外の気温はかなり低く...これ以上、外で待ち続ける事は、あまりにも体にかかる負担が大きい。
とはいえ、暖を取ろうにも約一キロ程度先にしか店はなく、店で暖を取れば状況確認が遅れてしまう可能性が高い。
だが、暖を取らなければ元の時間軸に戻った時の反動に、寒さで疲労した体は耐えられるだろうか?
(どうする...?)
しかし、そんな状況に頭を悩ませ続ける中、不意に僕はある名案を思い付く。
その名案とは現在の時間軸に戻り、当時の新聞を探し結果を確認するというものだ。
(よし、戻ろう。)
僕は迷う事なく、元の時間軸に帰還する為にスイッチを押す。
その瞬間、周囲の風景が肌寒い冬の道路ではなく、見慣れた研究室へと変わった。
それと同時に、強烈な気だるさが僕の体の中に生じる。
体のダルさで少し眠気はあるが、それでも六年前の過去から帰った時の疲労感に比べたら、かなりマシだろう。
少なくとも六年前の時間軸に比べたら、眠気や怠慢感はそれ程でもない。
(大丈夫、怠さはあるが体は充分に動く!)
僕は階段を一気にかけ上り、居間へと急いだ。
幸い、祖母は両親が死んだ時の新聞記事を切り抜きし、スクラップノートとして取ってある。
つまり、スクラップノートを確認すれば過去の結果は直ぐに分かるのだ。
僕は居間に到着して早々、本棚を片っ端から確認する。
そして、物理学の本や各種理論書、様々な本の中に紛れていた数冊の古めかしいノートを発見した。
僕は本棚より数冊のノートだけを引き出す。
(どれだ、どれが父さん達の事故の事が記載されたスクラップノートなんだ!?)
取り出したノートの表紙に記載された年号を、僕は手早く確認する。
そして、遂に両親達の事故があった年号を含んだ範囲の記載があるノートを発見した。
僕はそのノートを即座に開き、順々に内容を確認する。
記事の内容は主に科学者達の受賞に関する記事や新しい技術に関する記事が多かった。
しかし、スクラップノートを確認する中、不意にボロボロのノートを発見しノートを確認する手が止まる。
そのノートには明らかに幾度も開いたと形跡があった。
僕はそのノートに当たりをつけ、ノートの中を確認する。
(あったぞ....これに間違いない!)
だが、奇妙なことにその結果は、今までと大差のないものだった。
強いて内容の違いを上げるなら、事故が起こった時間が二時間程遅くなっていた事ぐらいだろうか。
(凍結した箇所を取り除いただけじゃ、事故は防げないのか!?)
自らの行いが報われなかった事に、何とも言い難い失望感を感じつつ、スクラップノートを閉じる。
しかしその直後、僕の脳裏にタイムスリップにおける事例の数々を、不意に思い出す。
その事例とは人々の運命における修正力の話である。
無論これは、小説や映画等で語られる原理や法則性の類いでありフィクションだ。
故にそういった修正力が存在せず、過去を変える事により、未来を変えれる事例も多々あるのだが、どうやら僕が直面している現実は修正力が存在している方の事例らしい。
それは別の言い方をするならば、因果律と言うべきものだ。
事故に合うべき因果を持つ者は事故に合い...縁がある者には、出会うべきして出会う。
そして、死ぬべき者は、死ぬべきして死ぬ。
逃れない運命の法則性、それが因果律。
他にも宿命や運命といった言い方もあるが詰まる所、変えようのない自然界に存在するルールという事だ。
(何か手はないのか......何かーー!?)
僕は遣りきれない気持ちを抱えながら、呆然とスクラップノートの表紙を見詰める。
ただ呆然と......。
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