桜舞う、夢うつつな温もりと共に。【後編】

優しい温かさを感じさせる桃色の花々。


都会に住んでいる人達にとってどうかは分からないが、桜が咲く光景などそれ程、珍しくもないものだ。


冬が終わり春先になれば、何時の間にか咲き乱れる春の風物詩。


桜は僕にとって所詮、その程度のものに過ぎなかった。


本来ならーー。


(綺麗だな..。

桜ってこんなに綺麗なものだったのか....。)


それは不幸に沈み、希望すら見えない日常の中では考えた事もない事だった。


何故なのかは分からないが、何度も繰り返し経験してきた季節の始まりがーー。


桜咲き舞い散る風景が、妙に心に染み入る。


(何でだろう?

何でこんなにも....。)


どう表現して良いのかすら、分からなかった。


ただ、その目前の桜が舞い散る光景は僕にとって、優しく温かい何かを感じさせられるものだったのである。


そして、そんな桜が咲き乱れ、花びらが散り行く木の下で、僕は祖父と祖母の姿を発見した。


ベンチに座り楽しそうに、話をしている二人。


会話の内容が気になり僕は、二人が座す右隣のベンチに腰掛ける。


二人の会話はあまり大きなものではなく、やや小声に近いものだった。


(そういえば婆ちゃん、こういった状況を考えてか、小さな音を拾うイヤホンも作ってくれてたな?)


僕は超小型イヤホンを耳に装着し、二人の会話に耳を澄ます。


そして、段々と音がきこえやすい大きさとなる中、僕の耳に意外な一言が飛び込んでくる。


「加奈枝さん、実はね......僕はもう、そんなに長くないんだよ。」


「長くないって、どういう事です歩夢【あゆむ】さん?」


一瞬に驚いた表情を祖父に向けつつも、祖母は祖父にその言葉の真意を問い掛けた。


祖父は様々な研究を続けた挙げ句、体調を崩して事が原因で死んだのだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。


祖母はその事を知っていたからこそ、最後にこの過去を訪れたのだろうか?


そんな疑問が僕の脳裏に過る。


しかしその直後、祖父は祖母に向けて落ち着いた口調で答えを返した。


「実はね......最近、分かったんだけど僕は末期の膵臓癌なんだよ。」


「膵臓癌....。」


吐き出したい思いをぐっと堪えるかのように祖母は、祖父から告げられた言葉を飲み込む。


そして、そんな祖母に向けて祖父は再び告げた。


「加奈枝さん、許してほしい。

本当は最後まで君と共に歩みたかった。

でも膵臓癌は今の医学では、どうにもならない事は知っているよね?」


「えぇ、母も膵臓癌で亡くなりましたから....。」


そう言葉を返した祖母の右手は、握り拳を作ったまま小刻みに震えていた。


今の僕には......祖母の気持ちが痛い程、良く理解できる。


諦めたくなくても、諦めねばならない現実を突き付けられ、無力感と悔しさ......そして絶望が心の内を渦巻いているのだろう。


そんな中、苦しみや悲しみに堪え、祖母は笑顔を崩さないようにしようとするが、その直後......祖母の左目より一筋の涙が零れ落ちる。


「ご、ごめんなさい....。

一番辛いのは歩夢さんの方なのに、私ったら何でこんな....。」


祖母の言葉はそれ以上、続かなかった。


祖父はそんな祖母を微笑みながら、そっと抱き締める。


そして、優しい口調で祖母に向けて静かに告げた。


「加奈枝さんは何も悪くないよ。

僕は加奈枝さんに会えて、幸せだった......。

それに僕は良い息子や孫達にも恵まれた。」


「はい......。」


祖母は祖父の胸に顔を埋めたまま、祖父の言葉にただ頷く。


「この六十五年の人生、不思議と短いという気持ちにもならないし悔いも無い...。

ただ世の中、どうにもならない事が多い...。」


祖父は一旦、言葉を区切り...何かを思い返すように再び言葉を続け。


「きっと......君と出会い共に歩めたからこそ、僕は幸せに生きれた。

だから悔いが残らなかったんだと思う...。

ありがとう、加奈枝さんーー。」


祖母は祖父の言葉に、無言のまま深く頷いた。


そして、祖父はそんな祖母を優しく抱き締めたまま、祖母に告げた。


「確かに、この世は選択肢があるようで無い辛い世界ではあるけれど、僕は息子や孫達に未来への可能性を残してあげたい...。

未練や悔いはなくとも僕には少しだけ...やり残しはあるんだ。

だから僕に加奈枝さんの力を貸してはもらえないだろうか?」


「私も歩夢さんと共に歩めて幸せでした。

だから....。」


祖母の言葉は最後まで、続く事はなく途切れる。


でも......想いだけは、祖父に伝わっていた筈だ。


そして、僕には祖母が何で最後に行った過去がここだったのかが、何となく理解できる。


きっとこの過去が、祖父と祖母の想いの原点なのだ。


祖父がタイムゲートの研究を急いだ理由も、祖母がタイムゲートの開発に命懸けで取り組んだ理由も、そう全ては・・・・。


何ともならない不幸な運命は、確かにある。


祖父のように末期癌や、現代医学では治療方法が確立されていない不治の病。


確かに変えようとしても......変えられない現実。


時間を戻したくらいでは、取り除けない原因。


でも......それでも変えられるかもしれない、過去はきっとある。


祖父はそして祖母もまた、その為に残された人生の全てを捧げ、タイムゲートの研究に死力を尽くした。


そして祖母は恐らく、自分達の原点を思い出す為に、亡き祖父に会いにきたのだろう。


祖母の想いも......死んだ祖母が笑顔だった理由を僕は漸く理解した。


恐らく祖母は、タイムゲート使用による実験を繰り返し、その結果......自分の命が間も無く尽きる事を悟ったのである。


だから、祖母は最後にここを訪れたのだ。


きっと......人生最後の時は、幸せだったのだろう祖母はーー。


この過去で最後の時を過ごし......今は亡き、愛しき祖父の元へと旅立ったのだから....。


(ありがとう....爺ちゃん、婆ちゃん....。)


二人の残した想いを感じ、僕の瞳から大量の涙が零れ落ちる。


止めようとしたけれど、祖父と祖母の事を思う度に涙は零れ落ちた。


ーー私はこう思っています、多くの不幸の中で頑張っている人は、必ず報われる日がくると。

諦めなければ、必ず願いが叶う日が来る筈です。

お父さんやお母さん、優ちゃんや春香ちゃん達が幸せなれなかった分も幸せになる資格があるんです。

だから諦めないでくださいーー


祖母が遺言で残した僕への最後の言葉....。


その言葉を思い出し、僕の心の内に何とも言えない温かさが宿る。


そう......一人残された僕は、孤独なようで孤独ではなかったのだ。


タイムゲートで、祖父や祖母の運命を変える事は確かに出来ない。


でも二人が残した思い間違いなく、僕の心の中に、切なる願いとして残されている。


二人が残してくれた優しさと温もりがーー。

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