桜舞う、夢うつつな温もりと共に。【前編】

「ここは......研究室....なのか?」


僕は周囲を見渡し、状況を確認した。


少し考えれば分かる事であるが、タイムゲートがあるのは研究室。


ならば転移先が研究室なのも必然であった。


(そういえば転移先の設定って細かくできるのかな?

今度、確認してみよう。)


懐かしい風景を見据えながら、僕は思わず物思いにふける。


(そういえば爺ちゃんが生きていた頃は、研究室はこんな感じだったんだよな......。)


室内は少し古さを感じさせるガラクタにも似た発明品数々が並び、今よりも研究室っぽい雰囲気が漂っていた。


(そういえば爺ちゃん、変なものばかり作ったっけな?)


昔を懐かしみながら、僕は思わず苦笑する。


だが、懐かしんでばかりはいられなかった。


(そういえば時間が限られているんだったな....。

急がないと。)


状況を整理しながら僕は、どう動くかを考える。


設定時間は昼。


ここは祖父の家だから、両親はいない筈だ。


つまり、居るのは祖父や祖母だけである。


何であれ、慎重に動く必要があった。


(だけど、どう動く?)


僕は少し困惑していた。


その理由は過去の状況が、僕が知る映画やアニメ等のタイムマシンの知識とはかなり異なっていたからである。


まず一つ目に、過去の世界を生きる自分自身に対して接触しても、自分が消滅するといった類いの不具合が存在しないらしい。


祖母が残した手紙によると、双方が別の時間軸に在る存在であるが故に、別々の存在として認識されている可能性があるらしい。


それが別時間軸の存在同士が干渉しない理由ではないかーーとの事だった。


そして二つ目、滞在限界時間についてである。


残り滞在時間が十分を切ると振動により、強制退去状態にある事を知らせるのだが、その際、腕輪についている青いスイッチを押せば、元の時間軸に戻る事が出来るらしい。


しかし、もし滞在可能時間を一分でも過ぎて強制退去になったなら、その反動で使用者は体力は一気に削られるらしいのだ。


つまり、滞在時間には常に、気を配らねばならないのである。


幸い滞在時間に関しては、腕輪に表示されるから余程の事がない限り、滞在時間を超過する事は無いだろうが...。


しかし問題は、この時間軸の人達と接するタイミングだ。


(さて....留守なら良いんだけど、もし婆ちゃんや爺ちゃんに会ったらどう対応したらいいんだ?)


僕は辺りに注意を払いつつ、研究室からの移動を開始する。


(誰かが居る気配は特に無いな....。

爺ちゃんも婆ちゃんも留守なのかな?)


一応、物音を出さないように気をつけつつ、僕は玄関先へと向かった。


そして、家の中に人が居ない事を用心深く確認する。


(やっぱり誰も居ないな。

二人とも外出してるみたいだ?)


しかし....。


(いくら事件らしい事件も無い田舎とはいえ、家に鍵をかけないなんで無用心だな....?

まぁ、爺ちゃんや婆ちゃんらしいといえば、らしいけど...。)


正直、呆れるだけで済む話ではないのだが、

妙な懐かしさを感じ、僕は思わず苦笑した。


だが、今はそんな事を懐かしんでいる場合ではない。


時間は限られているのだから。


(残り時間は後十三時間....。

これで出来るのは、まずは下見くらいのものか?)


僕はひとまず状況を把握するべく、二人が行きそうな場所を探す事にした。


この周辺で二人が行きそうな所は、川か公園くらいだろうか?


(取り敢えず川に行ってみるか。

爺ちゃんと婆ちゃん、考え事があると良く川を眺めに行ってたみたいだしな?)


僕は早々に川に向かう事にした。


沢時川【さわときがわ】


それがその川の名称だった。


しかし、到着したものの二人の姿は何処にもなく、僕は一通り周囲を確認する事にしたのだが、しかしーー。


(居ないな?

やっぱり、ここじゃなかったのかな?)


辺りを一通り確認してみたものの二人の姿は、やはり見当たらず一人っ子一人居ない。


僕は川で二人を探すのを諦め、公園へと向かう事にした。


現在は春先ーー。


丁度、桜が咲いている季節の筈....。


「はぁ....はぁ....はぁ.......。」


(残り十時間と三十分か....。

意外と時間を使ってしまったな?)


時間があまり無い事もあり、僕は可能な限り急いで公園へと向かった。


走ってきた事もあってか、公園に近づくにつれ息が荒くなる。


(後....少しだ。)


しかし僕は公園に到着したものの、喉の渇きに耐えきれず水飲み場へと走った。


口内が渇き、カラカラの喉が水を欲している。


僕は我慢できず、蛇口から出た水を飲み続けた。


(あー、生き返る......。)


水が美味しいと感じたのは、久しぶりだった。


いや、それ以前に必死になって走ったのは何時以来だったろうか?


しかしそんな事を思った直後、綺麗な桃色の風が僕の目の前を吹き抜ける。


(桜か...?)


それは明確に言うなら、桜の花びらを巻き込んだ春風。


その桜が何処から流れてきたのかが気になり、僕は思わず振り向く。


(綺麗だ......。

桜ってこんなにも......。)


そして、僕は思わず咲き乱れる桜の木々に見とれてしまう。


桃色の花びらが、軽やかに舞う風景。


桜が咲き乱れ、春風を舞う心安らぐ美しさ...。


夢の中に居るかのような....そんな温もりと優しさを感じさせるものであった。


まるで、僕が家族と過ごしていた時のそんな温かさのような......。







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