>Ⅱ

 朝食はトーストにして、久しぶりに某有名映画の美味しそうだった食べ方を真似て、黄身が固まる前の目玉焼きをのせる。アレンジは間にたっぷりめのバター、フライパンに落とした直後の卵に塩胡椒が振ってある。

 甘めのカフェオレを添えて適当にテレビをつけたけど大した情報もなかったので、音楽に切り替える。大好きなユニットの曲をランダムで書けるようと思ったけど、朝から頭の中で鳴っていた曲を選んだ。朝にふさわしいかと言われればそういうテイストの曲ではないが、今の気分で選んでみたら、食事途中でちょっと落ち込んできたからやっぱりランダムに切り替えた。半分開けたベランダのカーテンから勢いよく朝日が差し込んできた。時刻は8時前。風に流された雲の向こうに太陽が顔を出して、光が増したのだろう。

 外出することを決めていたので、洗濯機を回して終わるのを待ちつつ、スマホでどこに行こうかと検索してみる。まず目的だ。少し服は見たいけど、よく行っているところはビルの屋上でイベントがあるらしく、余計に混みそうなので却下。数駅だけ遠出になるけど、渋谷くらいまで繰り出してみることにしようかと思った。そういえば、好きなユニットの新曲も発売されていたのを忘れていたから、CDショップに寄ってこよう。配信では聞いていたけど、ミュージックビデオくらいまでは追いかけたい。ということでそれなりの目的地を数カ所見繕う。一人で動く時はそこまで効率重視するわけではなく、気分で切り替えることもあるから、あまり厳密に決め込んだりはしない。

 洗濯を済ませたら、時間は9時を回ろうかというところ。そこから課題を少し進めて、時刻は11時を回った。

 こうなったら渋谷まで移動してランチでちょうどいいかな?と思う。混む時間だけど、サイクル的には悪くない。

 持ち物は最低限にして小さいショルダーバッグ。大学では違うけど、こういう時はあまり女の子アピールしたものより、動きやすさ重視で。って言いながらデニムのロングスカートだけど。大学の知り合いに偶然会う可能性もわずかながらあったけど、まあ無いだろうと踏んだ。上半身は薄手のタートルネックニットに、ブラウンのライダース。足元は浅めのショートブーツヒール少々。うん、悪く無いんじゃ無いか。センスないけど、それでもちょっとはいい感じ。今日、な感じがした。

 洗濯物を取り込まなきゃいけない時間には帰ってくるからそのままにして外出した。

 自宅から駅までは朝に行ったコンビニとそう変わらない。スマホから無線のイヤフォンに飛ばしている音楽が、ちょうど三曲目が終わるころ駅に着いた。

 渋谷までは電車で30分程度。

 運の良いことに席が空いていたので座ると、窓からの日差しで背中が暖かい。その熱に影響されたのかどうなのかはわからないけど、ふ、とあなたのことを考える。

 そういえば、昨日の二限、前の講義の時に遅刻してしまって途中からだったからって、ノート見せてほしいって言われて貸したのを思い出す。講義の終了と同時に彼は別の講義に向かってしまったから一言お礼を言ってくれてそのまま別れたけど、ノートに簡単な感謝の言葉が書かれた付箋が貼られていた。100円もしない、50枚くらいの綴りの付箋だけど、その1枚があたしにとっては誰にもわからない、想像もできないくらい圧倒的な価値を持った。静かな宝物。しっとりと染み込んでくる彼の優しさをあたしは勝手に感じている。全部あたしのわがままで独りよがりだけど、それでもよかった。こういうことに愛おしさやありがたみ、大切さを感じてしあう自分は恥ずかしくはないけど、それに寄って彼に恋をしている自分を認識してしまって、急に恥ずかしくなる。叶うことなんてきっとおそらく、ないはずの、人知れず咲いて散っていく花みたいな恋なのに。

 そんな風に彼のことを考えていたり、乗り換えたり、これから向かうお店の検索をしていたら、あっさり渋谷に到着してしまった。

 さあ行こう。少しだけ楽しみな、ちょっとワクワクする休日はきっとまだ、始まったばっかりだ。

 

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