深く深く
深く深く
–––深いため息は行き交う人の足並みにいとも簡単にかき消されて、僕だけが知る範囲に溢れ落ちます。
不甲斐ない顔は昨日の水たまりに反射して、街の光のまま、すれ違い続けるのです–––
ヘルメットをかぶって頭を守っている気になっている僕は、なりふり構わず街に穴をあける。出来るだけ早く、出来るだけ丁寧に。
まず人が一人すっぽり入る深さの穴をあけた。僕はそこに最近あった嬉しいことをひとつ入れた。その嬉しいことを抱きしめて満たされたら、よいしょと嬉しいことを足場に地上に戻る。そしてその横の地面にまた印をつけて一心不乱に穴をあけはじめる。
また人がすっぽり入る深さの穴を掘ると、次は今までで一番馬鹿みたいに笑ったことを入れた。穴の中でまた馬鹿みたいケタケタと笑った。あまりにも笑いすぎて地面のバネが飛び出してしまって、僕も一緒に穴から飛び出した。
若干頭から落ちたが、ヘルメットを被っていたので大丈夫だった。なるほどこういう時のために必要なものなんだ。と感心した。
次はなにを入れてみようかなと、今度は先ほどの二つよりも少し離れたところに印をつけた。まだ先ほどの穴の余韻が残る中、僕は穴を掘り始めた。鼻唄混じりに掘り進めて時間をかけて完成した。ここには今までの恋をぽろぽろ敷き詰めることにした。
今までの穴より深く深く掘ったので、もうすっかり夜になっていた。穴の中にはほんのり光っている恋たちがびっしり詰まっている。憧れや、夢や、君が輝いている。その中に体をすっぽり収める。
光に囲まれて、心地よくてもう眠ってしまいそうだ。いっそのことこのまま眠ってしまおう。
気がつくと僕は穴の外にいた。急いで三番目の穴を確認するとそこの方に水たまりができていた。僕の服もびちょびちょである。恋が液体に変わって、浮き上がって穴から出たのかな。なんてわけのわからないことを考えた。
最後の穴は目印をつけずに掘りはじめた。今までのどんな穴よりも深く、深く。
もう今が何時なんて、どうでもよくて外の光も豆粒くらいにしか感じないくらいまで掘り進めた。上から何か落ちてきても、このヘルメットがあるから大丈夫である。
この穴には今までの寂しさと悲しさを入れる。これでもう何もいらない。
誰にも触れられない場所で、どこかに歓びや、恋を胸に抱いて眠る。
階段に腰掛けてため息をついた。足元のアスファルトには×印、はて、ここにはどんな穴を掘るのだろうか。
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