煙草
煙草
煙草の煙がもくもくと、真っ白のかべに広がっていく。もう二年が経つこの部屋にしてはよく持った方だ。四年住んだ昔の部屋は、オレンジ色に綺麗に染まったというのに。
朝起きて、一つ。昼にだらだらして二つ。夜は眠れなくて三つ。ちりちりと音を立てて今日も怠惰の空気はゆらゆらと天井へと登っていく。
ふと、もうやめてしまえるのではないかなと思うことも多々ある。だけれどやめる理由が全くないのだ。
昔付き合っていた彼女は付き合ってしばらくして「煙草、やめたら?」と僕に投げかけた。確かに一緒の空間にいる人間にも害をなすこの煙は人からすればとてもいい迷惑だ。二つ返事で「そうだね、わかった」と僕は返した。けれどそんな気はさらさらなかった。
二人でいる時は一切煙草を吸うことはなかった。数時間のデートでも、数日間の旅行でも、兎にも角にも僕は煙草よりも彼女のそのしょうもない願い事を叶え続けた。もちろん一人で家にいる時はどんなヘビースモーカーよりも煙草を吸っていたことを知っていた彼女だったけど、目の前で煙草を吸わない僕のことを生暖かい目で「えらいね」と褒めてくれた。
そんな僕の健康か、自分の欲求かを満たそうとしていた子もいなくなってしまった寂しげな部屋で僕はまた煙草に火をつける。もはや吸いたいのかもわからないその行為が今までの自分を肯定する唯一の手段のような気がして、やめたくもなく、またやめられない怠惰の象徴になってしまった。
朝起きて、一つ。昼にだらだらと二つ。眠れない夜に三つ。そして悲しくなったときに四つ。
今日ももくもくと真っ白な壁に広がるその煙はゆっくりと、僕の視界を穏やかに隠してくれる。
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