透明人間

透明人間


 気になる子がいたから、思い切って話しかけてみた。僕のような奥手で、なんの取り柄もない人間がそんな行動をしたこと自体がもはや奇跡なわけであって。一世一代の大勝負だった。

 「おはよう」たったそれだけの四文字でどれだけのエネルギーを使ったっことだろう。そのわずか零コンマ数秒で心臓が止まりそうになった。

 「おはよう」と返してくれるその子の笑顔を想像した瞬間、自分が透明人間だったことを思い出した。無論、その子はちらと後ろを振り返って、何か不気味な出来事があったかのように足早に歩き出した。

 好きの反対は嫌いである。という定説を僕は知っている。でも好きでも嫌いでもなくて、興味がない・どうでもいいということが一番辛いことだという道理も聞いたことがある。まぁ確かにその通りで、相手のこころの一ミリにも居れない自分に無性に悲しくなる。きっと君のこころの中は好きなものと嫌いなもので一杯に埋め尽くされていて、もはやどうでもいい僕のことなんて微塵もつけいる隙はないのだろう。

 正直、僕は恋多き男である。透明人間だから、思われることが無い分、思うことの方が必然的に多くなるのである。今日もまた眠れない夜を迎えることになりそうだ。僕の声も姿も全く察知しない悲しい世界に一人、摩訶不思議な夢を見て。そんな絶望的なループを繰り返す。

 今夜も誰に見せることもない、誰に聞かせることもないダンスと歌を僕だけの月明かりのステージで全うするのである。

 

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