第28話 帰ってきた元奴隷の女(上)

 アタシは孤児でした。

 まだ首も座っていない状態のアタシは、施設の前に手紙と一緒に放置されていたところ、施設の職員さんに拾われそのまま施設で保護してもらえる事になったと聞いています。


 なので、当然アタシは自分の家族の顔を知りません。

 いや、家族を知らないというのは少し違いますね……今のアタシにとって家族はこの施設のみんなですから。


 施設の院長から、アタシは城山紗奈と名づけられました。


 その名前は施設に放置されていた私と一緒に添えられていた手紙に書いてあった名前らしいです。

 アタシとアタシを捨てた親との唯一の繋がり……。

 そんな繋がりに何の意味もない事は分かるのですが、アタシはこの繋がりを切れずにいました。


 高校生になったアタシの目の前には、進路希望用紙が置かれています。

 進路……正直やりたい事は沢山ありました。


 大学に行ってキャンパスライフを満喫したい。

 CAになって飛行機に乗って色んな国に行ってみたい。

 料理人になって施設の皆に美味しいものを食べさせてあげたい。

 医者になって人の命を救いたい……などなど

 言い出したらキリが無い。


 だけど一番の夢はお母さんになる事です。

 大好きな男の人と結婚して、子を授かって……アタシがしてもらえなかった以上に大事に大事に愛情を降り注ぎたい。

 そうする事で、アタシが知らない親の愛情というものが何か分かる気がするんです。


 だからと言って、流石に進路希望用紙にお母さんとは書けないので、取りあえず大学進学と記載しました。まぁ、相手もいないですしね、ふふふ。


 アタシの通う高校は県内でも有数の進学校です。

 そして、アタシの学力は、常に校内でもトップ5に入る程にはありますので、奨学金を狙える所に進学するつもりです。

 将来どの職業についたとしても勉強が出来た方が有利だと思って頑張っています。


 その日はファミレスでのアルバイトを終え、部屋で黙々と勉学に励んでいました。

 同室の加奈ちゃんは、下で子供達の面倒を見てくれています。

 アタシが集中できるように、勉強の時は必ずと言っても良いほどアタシを一人にしてくれます。

 ありがたい事です。


「これでおしまいっと……。アタシも下に行って子供達と……うん? なにあれ……」


 勉強が一段落をしたアタシが背伸びをしながら立ち上がろうとしたその時、アタシの目の前にマンホール大の黒い渦の様なモノが現れました。


 その得体の知れないモノはあまりにも禍々しく、怖くなってしまったアタシは急いで部屋から出ようと思い、つま先をドアの方に向けたその瞬間、物凄い引力がアタシの身体襲いました。

 必死にそれに抗おうとしたのですが……引っ張られる力がドンドン強くなり、成す術も無くアタシは渦に飲み込まれました。


 そして次に気が付いた時には、薄暗く、カビ臭いテニスコートくらいの広さがある部屋でした。


 まだ混乱している頭を何とか持ち直し、キョロキョロと辺りを見回すと、肌の色や目の色が異なる人達が多数いて、殆どの人達がパニック状態に陥っていました。

 ただ、アタシと同じ日本人、もしくは東洋人の様な見た目の男性数名は目をキラキラさせて何かを期待している様子でした。


 また、そんなアタシ達を鎧を纏い、槍や剣といった武器を手にしている兵士の様な男の人達が見張っていました。


 しばらくすると、部屋の重厚な扉が開かれました。

 開かれた扉からは、数名の兵士を伴って、風船の様に膨らんだお腹をヨイショヨイショと重そうに歩いて来る豪華な服に身を纏ったおじさんがいました。

 アタシ達を除く、その場に居た全員が敬礼をしており、男の頭上に存在する煌びやかな王冠の様な物を見る限り、この男は王様、でなくとも高い地位にいる人に違いないと思いました。


「これが奴隷共であるか、穢らわしい……早く使えるようにして、戦場に放り込むのである」


 男はそれだけを言い放ってその場を後にしました。

 だが男の足取りは目に入らず、男が一方的に言い放った言葉に、何とか混乱から持ち直したアタシはまたもや混乱に陥ってしまいました。

 奴隷……? 戦場……?

 この馴染みのない二つの言葉が頭の中をグルグルと廻っており、アタシは冷静な判断が出来ない状況にいました。


 その時です。

 期待に満ち溢れていた表情をしていた人達の内の四十歳くらいのおじさんが「ステータスオープン!ステータスオープン!」と叫んでいました。

 おじさんは鬼気迫る表情で、必死に何度もその言葉を唾を飛ばしながら叫んでいました。

 最初は兵士の人達も唖然としていたのでしょう、アタシ達と同じようにその光景を眺めているしありませんでしたが、おじさんから一番近い場所に立っていた数名の兵士が、未だに叫び続けているおじさんの下へと駆けつけおじさんをリンチしていました。

 おじさんはあっという間に顔を腫らし、血だらけになってその場に倒れてしまいました。


 その光景はアタシ達の頭に恐怖として確かに植えつけられ、混乱状態だったアタシの意識はクリアなモノになりました。


 それから、その場でアタシ達の右肩に奴隷紋が刻まれ、牢屋の様な場所へと連れて行かれました。


 アタシ達は計二十五人で奴隷紋には各自識別ナンバーが刻まれており、その番号順で五人一組、男女の区分無く牢屋に入れられました。


 アタシに刻まれた数字は十二番。

 アタシの前の十一番は、年はアタシとあまり変わらない見た目の、恐らく日本人の男の人です。

 彼も先ほど目をキラキラさせていた人の内の一人です。


 そして他の三名は見た限り外国人の男性でした。


 原理は分かりませんが、アタシ達はこちらの言語を問題なく扱えます。

 試しに各自の母国語で話してみましたが、全然通じませんでした。


 アタシ達は一応自己紹介をしました。


 No.11 咲太さん。アタシと同じ日本人で高校卒業したばっかりで今は充電中で何もしていない。つまりフリーターさんです。


 No.13 ベンジャミンさん。二十五歳。アメリカ人で軍隊に所属していて、今は横須賀の米軍基地にいるとの事で片言ですが日本語が喋れます。


 No.14 アルノルトさん。三十一歳。ドイツ人で車両関係のエンジニアをしています。


 No.15 ホルヘさん。三十歳。メキシコ人で農家を営んでいると言うことです。


 今のところ皆さん悪い人には見えなくて安心しました。

 

 ルームメイトに恵まれたと思ったアタシですが、ルームには恵まれませんでした。


 牢屋は十畳程の広さで、見た事のない多数の虫が這いずり廻っていました。

 虫は嫌です……。だけどもっと嫌だったのは、トイレです。

 床に穴が開いていて蓋がされてあるだけで、仕切りも何も無いのです。


 男性だらけのこんな牢屋で……女の子が用を足す……。

 羞恥心で死んでしまいたいです。


 そして、一日朝晩と二回出させる食事……。

 カビの生えた石みたいに硬いパンと泥臭い水……。

 無理でした……。食べれませんでした。

 それは、アタシだけではなくて他の四人も一緒でした。

 その様子だと他の牢屋のみんなも一緒だったのでしょう。


 ただ、食べずに残すと兵士から暴力を振るわれました。

 痛いのは嫌です……。


 老若男女関係なしに兵士達は、ご飯を残した者達に食べ終わるまで暴力を振るいました。


 アタシも殴られました。生まれて初めてです。


 そんな様子を見かねた咲太さんが、アタシに暴力を振るっていた兵士を突き飛ばしました。

 その瞬間、咲太が悲鳴を上げました。彼の右肩が黒く光っているのを見ると兵士を攻撃してしまった事が制約に反してしまったのでしょう。


 アタシのせい……。


 アタシは鼻血を拭い、一瞬だけためらった後、パンと水を口に入れました。

 度重なる吐き気を我慢して、出されたものは全て食べきり、アタシを殴った兵士をキッと睨みました。

 そんなアタシに兵士は軽く舌打ちをしてその場から去りました。


 兵士が去った事を確認したアタシは、すぐに倒れている咲太さんの下へ急ぎました。


「咲太さん、大丈夫ですか?」

「あぁ……やばいなあれ……。身体が引き千切られると思った」

「ごめんなさい、アタシのせいで……」

「俺が好きでやった事だから、その、泣かないでくれ」

「ううっ、はい……」


 他の三人も咲太さんの方へと駆けつけて話をしていました。

 咲太さんに何もなくてよかったです。


 ホッとしたのも束の間、恐れていた事態がアタシを襲いました。

 お腹が痛くなってきたのです。それも我慢できない程の激痛が……。

 恐らくさっき食べた物があたったのでしょうか……。

 だけど、こんな所で……。


 アタシの全身は冷や汗でビッショリになりました。

「紗奈ちゃん、お腹痛いのか?」


 あたしの様子に気付いたのか、咲太さんが心配そうな表情で聞いてきました。


「は、はい……。でも、アタシ……こんな所で……ううっ」


 またもや涙が出てきます。


「少しだけ待ってて」


 咲太さんは、そう言って他のメンバーを呼び話し合いをしていました。

 体感的に一分も経たない内に咲太さんが戻ってきまして。


「紗奈ちゃん、ここには仕切りも何もない。俺達が出来る事はあの穴から一番離れた場所で君に背を向け耳を塞ぐだけだ。それで我慢して貰えないか?」


 咲太さんは、申し訳なさそうな顔でアタシにそう言ったのです。

 ベンジャミンさんも、アルノルトさんも、ホルヘさんも同じ様な表情を浮かべていました。

 あたしも覚悟を決めないといけません。


「わ、分かりました……。皆さん、すみませんがそれでお願いします……」


 アタシはそう言ってトイレで用を足しました。


 約束通り、みんなはアタシに背を向け耳を塞いでくれ、終いには大声で歌まで歌ってくれて……やさしい人達です……。

 恥ずかしくないと言ったら嘘ですが……紳士な皆さんのお陰で何とかなりました。


 その後、他のメンバーも続々とお腹を下した事はまた別のお話です。

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