第27話 文人とわたる
僕の名前は田宮
都内の公立高校に通っている。
昨年、この高校に入学した僕は、特段これと言った
ただ流れに身を任せて二学期までを過ごしてきた。
人より頭がいい訳でもなく、人より運動が出来る訳でもない。
そして、誰とでも仲よくなれる様な社交性も……残念ながら僕には備わっていない。
“冴えない男”
まさに僕の為にある言葉だと自信を持って言える。
そんな冴えない僕が一人の女子に恋をした。
名前は中野亜希子さん。クラスメイトだ。
彼女は容姿が別段と良いわけではないのだが、クラスのムードメーカー的な立ち位置で人気者の部類に入る。
僕では一生掛かっても決して手に入れる事が出来ないモノを持っている彼女の姿が、妙に眩しくて、次第に彼女に対して憧れを抱く様になった。
そして、その憧れが恋心に変わるまでにそこまで長い時間を必要としなかった。
――三学期が始まった。
一年生最後の課程を過ごしている間僕は思った。
二年生に進級したらクラス替えがある。
それによって彼女と離れ離れになってしまうかもしれない。そう思った僕は、居ても立っても居られずに勇気を振り絞って中野さんに告白する事にした。
こんな冴えない僕が告白したからって人気者の中野さんと上手くいくとは思えない。
だが、付き合えるか振られるかの確率は五分五分。
極端な考え方かもしれないが、僕はその半分の確率にかける事にした。
僕は移動教室で誰もいない教室に残り、中野さんの机に手紙を残した。
綺麗な封筒などに入っている様な手紙ではなく、ノートを引きちぎって二度折り畳んだ粗末な物だった。
内容は実にシンプルだ。
『HRが終ったら屋上に来てください』
名前は書かなかった。
僕の名前が書かれていたら来てくれないと思ったからだ。
緊張で張り裂けそうな自分の胸の高鳴りを何とか抑えつつ、中野さんが来るのを待っていた。
屋上のドアが半分ほど開かれる。
その開かれた部分から、憧れの中野さんが少し警戒した面持ちで顔を覗かせていた。そして、僕の存在に気付く。
「えっと……、田宮君?」
「あ、はい!」
中野さんは屋上に一歩足を踏み入れるやいなや、あっという間に僕の目の前に接近する。
(うっ、こんなに近くに……恥ずかしくて顔を合わせられない)
僕は一瞬で彼女の顔から視線を外した。
「えっと……これって田宮君が?」
僕はチラッと中野さんの方に目線を戻す。
そう言う中野さんの右手には、僕が彼女の机に忍び込ませたお粗末な手紙が握られていた。
「は、はい! すみません! わざわざ来てもらって……」
「別に謝らなくていいよ! それでな~に?」
中野さんは僕に笑顔を見せる。
(何であんな笑顔ができるんだ……眩し過ぎる……)
「えっと……その……」
(言葉が中々出てこない! 心臓がバクバクし過ぎて死にそうだ!)
「うん? どうしたのかな?」
「好きです!」
(言えた!!)
「え……? 好きって……田宮君が私を……?」
「はい! な、中野さんとはあんまり喋った事ないけど……
いつも明るくて……誰とでも仲良くて……僕に無いもの一杯持ってて……」
「そ、そんな。私なんて……」
(中野さん赤くなってる……期待していいのかな……)
「そんな中野さんが眩しくて……最初はただの憧れだったけど……好きになってしまったんです! 僕と付き合ってください!」
僕は中野さんに向けて直立不動のまま頭を下げ右手を差し出す。
「えっと……その……私……」
(さぁ、どうなんだ!!)
「ごめんなさい!」
「えっ……?」
「気持ちは嬉しいけど、私付き合っている人がいるから。田宮君の気持ちには応えられない……」
「う、そ……?」
(付き合ってる人……? 気持ちに応えられないって……ぼ、僕振られたの……? 駄目だ頭が真っ白に…。)
「だから、その、ごめんなさい」
「は、はは……そうだよね……僕みたいな冴えない男が君の様な人気者と付き合える分けないよね……」
「そういう訳ではないけど……。とにかくごめんね!」
そう言って彼女はその場から慌てて去っていった。
ポツンと一人残された僕の頬に涙が伝う。
「ちっきしょ……胸が痛い、胸が痛いよぉ……」
その日、僕は誰もいない屋上で一人静かに泣いた。
さて、毎日なんの変化もない学園生活を送っていた僕だが、告白→振られるというイベントを皮切に僕の学園生活が一変した。
「うおら!!」
「ぐぅ……」
僕は腹に感じる痛みと衝撃でうずくまってしまう。
それを数名の男女が薄気味悪い笑みを浮かべて眺めていた。彼らは僕と同じ制服を着ている。
つまり、同じ高校の、しかもクラスメイトだ。
「立てよゴラァ!」
そして、僕は、僕を殴った男子に無理矢理立たされる。
「や、やめ……て……」
(い、痛い……。何なんだ…僕が何をしたと言うんだ……何で僕は殴られているんだ……。訳が分からない……)
「やめてじゃねーよ! このクソ野郎! 俺の彼女にちょっかい出しやがって! うおら!!」
もう一発僕の顔に痛みと衝撃が走る。
この男の名前は原猛。僕のクラスメートで、校内で指折りのワルだ。
「な、なんの話……? 彼女に、ちょっかい……?」
「てめぇ! 俺が知らねぇと思ってんのか!? 亜希子に全部聞いてんだよ!」
そして、もう一発殴られる。
「ふ、二人が付き合ってたなんて……知らなかったんだ……」
「知らないで済んだら警察なんかいらねぇんだよ!」
今度は蹴られた。
「タケちゃん、もう止めて! 私、告白されただけで何もされてないから!」
中野さんが原を止めようとするが……。
「だめだ! こいつは徹底的に甚振ってやる! 人の女にちょっかい出しやがって!」
原は聞く耳を持たなかった。
「ご、ごめんね田宮君! 私が余計な事言っちゃったからこんな事に……」
中野さんは申し訳なさそうな顔をしていた。
(中野さんは悪くないよ……空気を読めなかった僕が悪いんだ……君が謝る事はないんだ……)
「てめぇ! 亜紀子に謝らせてんじゃねぇッ!」
原のラッシュが止まらない……結局、その日、僕はぼろ雑巾の様にされた。
ただ、告白して振られた哀れな僕がぼろ雑巾になるまで殴られてたんだ。
これで気が済むんだろうと……。
これで終わりだろう……。
(良く耐えた僕! 明日から全力でモブに戻ろう! 僕にイベントなんて必要ないんだ!)
だけど、僕の見通しが甘かった。
イベントは絶賛開催中だったのだ。
原にぼろ雑巾にされた次の日から、僕は執拗な嫌がらせを受けていた。
僕は彼氏のいる中野さんにちょっかいを出して、あまつさえ彼女に襲い掛かったクズ野郎と言うレッテルを貼られていた。
中野さんは必死に否定してくれたけど、「中野さんは優しいんだね、あんなクズを庇うなんて」と誰も彼女の言葉を聞き入れなかった。
クラス全体での無視、物を隠され、机に落書きされ……オーソドックスな虐めが僕をターゲットに起こっていた。
そして、放課後にはぼろ雑巾の様に殴られる。
そんなルーティンを繰り返していた。
首謀者はもちろん原とその取り巻き。
中野さんは必死に止めようとするが……無駄だった。
そして彼女は毎回僕に謝ってきたが、その度に原の暴力が激化するため、彼女は僕に謝る事をしなくなった。
そして告白から数週間後。
僕は目の前にはわっかのついた縄がブラーンブラーンと揺れていた。
もう我慢の限界だった。
この間、僕が虐めにあっている現場を偶然通りかかった男の人が、原達をでこピンだけで倒していくのをみたらスッキリした気分になった。
その僕の表情が気にいらなかったのか、次の日から虐めは更に酷くなってしまった。
「確か服部さんって言ってたよな……僕もあんな風に強くなれれば……ってムリか……ははは」
一瞬強くなった僕が原達相手に無双する事を思い浮かべては見るが、全くもって現実味がない。
「僕の死体……いつぐらいに見つかるだろう」
僕は母子家庭で母は僕が高校に入ってから、彼氏のところに入り浸っており、うちには僕に生活費を渡す為にたまに戻ってくるくらいだ。
母さんも僕が死ぬ事は悲しんでくれるとは思うが、僕という足枷が無くなる事は母さんにとって良い事だと思う。
僕は視線だけを今いる物置小屋内に積まれた段ボールの上に移す。
そこには僕が書き綴った遺書がソッと置いてある。
遺書には母さんに今まで育ててくれた事への感謝と自ら命を絶つ事への謝罪。
そして、僕を虐めた奴ら全員の名前とその内容。
ただ、中野さんについては悪く書いていない。
大元の原因である彼女が、僕にとって一番の味方だったからだ。
「寂しいな……人間自殺する時はこんなに寂しいものなのか……。それとも僕だけかな」
寂しいと感じるのは未練があるからなのかな……。
考えてもしかたがない、か。
僕はゆっくりと震える手で縄の輪っかに首を通す。
意をを決して、僕は足元で僕を支えてくれている椅子を蹴った。
重力によって身体が床に引っ張られてる!
その勢いで首が絞まる!
苦しい! 僕は足をジタバタさせる。
その無駄な抵抗により更に縄は僕の首にめり込む。
嫌だ! 死ぬのが怖い!
死にたくないッ!!
『助けてあげようか?』
声が聞こえる……が、周りには誰もいない。
幻聴? いや、目の前に真っ赤に燃え盛るソフトボール大の物体が浮いている。
(誰でもなんでもいいから、助けて!)
『ふふふ。その代わり僕の魂が君の身体の中に入る事になる。つまり僕と君は死ぬまで一つの身体で共存しなければならない。それでもいいかい?』
(構わない! 生きれるなら!)
「分かった、君と共に生きよう。僕の名前はわたる。君の名前は?」
(田宮文人!もうダメ……目の前が暗く……)
『おっと、いけない君は首を吊っている状態だったね。今から君の中に入る事にするよ』
そう言って赤い炎、わたるが僕の心臓辺りに入り込む。
何とも言えない感触が僕の身体を駆け巡るが、僕は今それどころではないのだ。
(もう、だ、め……)
僕の意識はそこで途切れ……なかった!
(何だ……これ……全然苦しくない……あれ? 身体が勝手に……)
(ギリギリセーフだったね)
先程の声が頭に響く。
ホッとした僕が視線を上に向けると、僕の腕が僕の意思に反して縄を上へ上へと登って行く。
(わたる、これは君が?)
(そうだよ。このままでは君は死んでしまうからね。まずはこの縄を何とかしないと……それにしても貧弱な身体だね君は。僕の力が全部戻ったら縄ごと手で引きちぎっていたけど……。今の僕では一番上まで登って縄をほどくしかないね)
僕の身体はわたるの言った通り縄の一番上まで登っていき、縄の結び目に手を掛ける。
(もう! 文人、何て結び方をしているんだ! 全然ほどけないよ!)
(ごめん……ほどけるといけないからネットで調べた一番固い結び方を試してみたんだ……)
(はぁ~)
攻略を開始して三分後……。
(とれた!)
(やったぁぁ! 凄いよわたる!)
(とりあえず下に降りよう!)
(うん!)
縄から解放された僕は、床に着地する。
「ゲホ! ゲホッ! ゲホッ!」
(大丈夫?)
僕の頭にわたるの声が響く。
「大丈夫! ありがとう、わたる。助けてくれて……」
(ふふふ。礼はいいよ。僕もやっと落ち着くことが出来るからね)
「落ち着く?」
(気にしないで。それより、これからよろしくね文人)
「こちらこそ、よろしく! わたる」
僕は今日生まれて初めて友と呼べる存在に出会った。
そして、出会って一時間も経っていないこの友とは、親友になれると確信した。
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