第29話 帰ってきた元奴隷の女(下)

 翌日から、訓練が始まりました。

 アタシを含め、みんなゲッソリした表情をしていました。


 おそらく、昨日のお腹を下した事が原因でしょう……。


『オルフェン王国軍 第四部隊に所属する戦闘奴隷』

 第四部隊長の口から知らせらたアタシ達の扱いです。

 この時初めてこの国の名前を知りました。

 聞いた事がない国、アタシは改めてここが地球でないと悟りました。


 訓練は主に身体の基盤作りから始まりました。

 走ったり、筋トレをしたり、鉄の棒で素振りをしてみたり。

 そして、隊員達と模擬戦をするのですが……熟練の隊員にアタシ達が敵うはずもなく容赦なくボコボコされました。痛かったです。骨が折れたり、目が潰れたりした人もいて、そういう重症の場合は治療薬や回復魔法で一瞬で治っていました。


 この世界には、魔法があるのです。


 ただ、魔法は遺伝と生活する中で大気中にある魔法の元となる魔素を取り込み、身体に定着させる事ができないと使えません。魔法が使える平均的な年齢は十二歳。

 つまり、親からの遺伝+十二年はこの世界で過ごしていないと無理だと言うことです。


 なので、現状アタシ達には扱えない代物なのです。


 それを聞いた数名の人達が膝をつき絶望していました。

 もちろん、咲太さんもその内の一人です。

 ステータスオープンと言ってボコボコにされていたおじさんは、ぶつぶつと「俺は三十まで守りぬいたんだぞ! 魔法使いになれるはずだ!」と意味の分からない事を叫び、やっぱりボコボコにされていました。


 別の人が魔法も使えないのに何で自分達を……。

 と質問したら、隊長が説明をしてくれました。

 アタシ達は、今はまだ弱いが、鍛えれば鍛えるほど常人では有り得ない力を得る事が出来るとのこと。

 そして、今置かれている生活環境についても、アタシ達の内面を強くするための事だと。


 当初は信じられませんでしたが、毎日続いた地獄のような腹痛が、一週間ほど過ぎたあたりからピタッと全員治まった事で、これがそうなのかと身を持って体験しました。


 人間の扱いとは思えない劣悪な環境、辛い訓練によって疲弊しきったアタシ達の中には自ら命を絶とうとする人もいましたが、奴隷紋がそれを許しませんでした。

 自殺行為を試みると同時に激痛が走るそうです。試したくもありません……。


 半年が経ち、アタシ達は訓練で隊員達を瞬殺できるようになりました。

 はっきり言って弱すぎて全力を出せません。全力の一割程度でしょうか。


 劣悪な環境も今となっては慣れてしまいました。住めば都なんて良く言った物です。

 トイレも今となっては羞恥心などなくなり、平気でみんなの前でするようになりました。

 勿論耳を塞ぐこともなく、背を向ける事もありません。


 それもこれもみんな感情を無くした機械みたいになっていたからだと思います。


 あんなに励ましあったサクとも交わす言葉はさほど多くありません。


 あ、三ヶ月程前から、咲太さんの事はサクと呼んでいます。

 ちなみにベンジャミンさんはベン。アルノルトさんは、アル。ホルヘさんは……変わらずホルヘです。

 

 そんな代わり映えのない毎日を過ごしていると、その日がついにやってきました。

 アタシ達が戦場に向かう日が……。


 やっと死ねる……と喜ぶ人達がいました。

 おそらく、殆どの人達がそう思っていると思います。

 だが、王はそんなアタシ達にこの国が世界の覇権を取る日が来たら元の世界に戻してくれる言ったのです。


 王は絶妙のタイミングで飴を振りまいたのです。


 今のアタシ達は強い!

 必ず生き残れる!


 みんなの目に、光が戻った事が目に見えるように分かりました。

 それは恐らく強制された奴隷生活の中に、『生き残って帰る!』という目標が出来たからだと思います。

 王の話が本当かどうかはわかりませんが、今のアタシ達が燃え上がるには十分な契機になりました。


 ただ、サクだけは、舌打ちをしながら忌々しいそうな顔で王を睨んでいました。


 みんなの士気は高かったです。

 また、アタシ達の強さは異常でした。

 一騎当千と言う言葉が相応しく、一人で百、千という敵を葬り去っていったのです。

 肉を切る、骨を断つ感触や血の匂い、無数に転がっている原型をとどめていない死体に吐きそうになりながらも、アタシは生きるために戦いました。


 だが、常勝を続けてきたアタシ達は徐々に苦しくなってきます。

 幾多の戦場を駆け抜ける内に一人、また一人と仲間が命を落とし、あたし達は数を減らしていったのです。


 元々アタシ達が居ないと勝ち目のない戦……。

 当初他国を圧倒してきたオルフェン王国も、辛うじて勝利を得る状況に変化しました。


 七度目の戦争でホルヘ、八度目の戦争でアルが帰って来ませんでした。

 そして、九度目の戦争では、アタシ、サク、ベンの三人だけが帰ってきました。


 二十五人いた仲間は、アタシ達三人だけになったのです。


 アタシ達は心身共にボロボロでした。


 だけど、次も戦場に向かわないといけない……。

 アタシ達であれば数万の兵が向かって来ようが、問題ないと思っていました。


 ただ今回の敵は数が桁違いだった……。


 オルフェン王国に敗れた諸国が、徒党を組んで攻めてきたのです。

 その数三十万……。流石の私達も無理でした。

 いや、もう疲れきってしまったのです。

 戦う気も起こらず、三人共戦争が始まるや否や投降しました。


 連合軍と、オルフェン王国の戦いは一瞬で決したのです。


 そして、アタシ達は処刑される事になりました。

 自分の意思がないといっても、アタシ達は殺しすぎたのです。

 最初から投降すれば良かった……と思いましたが、それも今となっては後の祭り。


 アタシ達三人は、処刑場に立たされています。

 周辺には数え切れない民衆が、アタシ達が処刑されるのを今か今かと待ち望んでいました。

 アタシはその会場の濃密な空気に圧倒されました。


 あぁ……アタシはこれから死ぬのか……。

 そう思うといた堪れず、ついサクに話掛けてしまいました。


「ねぇ、サク……。ここで処刑されるアタシは天国には行けませんよね……?」

「まぁ、無理だろうな……。本意ではないが俺達は人を殺めすぎた」


 そう……アタシ達は殺しすぎました。『殺戮者』と呼ばれるくらい。


「地獄って……アタシ達がこの世界で過ごした二年間より辛いものでしょうか?」

「さぁな……」


「やりたい事一杯あったんですよ? なのに訳の分からない世界に来て、辛い思いをして、無理矢理人を殺させて、処刑台に上がって石を投げられている……。そして、今からアタシ達は処刑される……。死にたくないです……」


 堪えていたものが爆発した様に、アタシの両目には涙が溢れました。


「…………」


 サクは黙り込んでしまいました。返す言葉が見つからないのでしょう。


「ごめんなさい……アタシばかり悲観になって……」

「謝る必要はないよ。お前の気持ちは分かるから……」


 今だから言いますが、アタシは……サクが好きです。

 この二年間でアタシが折れずに生きてこれたのはサクのお陰です。

 そんな彼に段々と惹かれるようになったんだと思います。


「ねぇ。サク……」

「なんだ……」


 アタシは決めました。アタシは泣くのを止めました。


「アタシ達の逝き先が地獄じゃなくて、もし生まれ変われる事が出来たら……」


「「わあああああっ!」」


 会場が大歓声に包まれました。

 ベンの首が死刑執行人によって落とされたのです。


 次はアタシの番……時間がない!

 あたしは全力で声を張り上げました!


「また出逢う事ができたらッ!」


 死刑執行人達がアタシを断頭台へと連れて行こうとしますが、まだアタシはサクに伝えてない!

 アタシは必死に抵抗しました。

 流石にアタシの力を死刑執行人達は抑えこむ事が出来ません。


 その時でした。

 アタシの身体から一瞬で力が抜けていったのです。

 立つ事が出来ないくらいに……。


 おそらく、力を抑え込む魔道具が発動したのでしょう。

 アタシの両手両足に付けられている黒い枷が光っていました。

 そして、アタシは引き摺られながら断頭台へと連行されました。


 歓声がうるさい!

 だけど、まだ伝えてない!

 最後の力を振り絞って声を発する。


「アタシをお嫁さんにして下さいッ!」

「分かった!」


 アタシの告白にサクは、即答で応えてくれました。

 しかも、返事はOK。

 嬉しくて死にそうです……。もうすぐ死ぬんですけどね……へへへ。

 アタシは、多分生まれてから一番の笑顔で、彼に言い放ちました。


「約束ですよっ!」


 その瞬間、アタシの目の前は真っ暗になりました。

 おそらく首を落とされたのでしょう。


 何も見えない……。

 だけど、身体から何かが抜けていくのが感じられます。

 あれ? なんだこれ?

 その何かが、何かに引っ張られます。

 なにこれ? 空に向かって引っ張られるなら天に昇るんだなと納得するのですが、アタシは真横に引っ張られているのです。


 勿論抵抗する事なんてできない……。

 アタシは、為すがままに何かに飲み込まれました。







『死にたくない……死にたくないよ……』


(何この声……?)


 アタシはその声で意識を取り戻しました。

 目の前には、血だらけで倒れている女の子……。

 その女の子の声だとすぐに分かっていました。


『私……なんの為に生まれてきたの……? これだったら最初から生まれてこなければ良かった……』

 アタシは何かに吸い込まれるように女の子の中に入っていきました。


 走馬灯の様にこの女の子の人生が流れ込んできます。

 この女の子は、小さい時に誘拐され犯罪組織で暗殺者として育てられました。

 望まない殺しを強要される日々……。


(アタシ達と一緒だ……辛かったね……よく頑張ったね……)


『人を殺すのいやだった……』


(アタシも嫌だった……。あなたの気持ち凄く分かる……)


『普通の女の子として生きたかった……。勉強して……恋愛して……就職して……結婚して……ママになって……。平凡でよかったのに……』


(次に生まれ変わったらきっと幸せになれる。こんなに頑張ったんだから)


『本当に……? 幸せになれる……?』


(うん! 絶対!)


『ありがとう……』


 そう言って彼女の魂は天に昇っていきました。


 そして、アタシは身体を手に入れる事が出来ました……。


 美也子さん達は死んだと思ったアタシが急に息を吹き返した事で警戒をしていたましたが、結局の所まだ未成年の少女を放っておくことは出来ずアタシを連れて帰りました。


 連れて帰ったと言ってもアタシが手に入れた身体は死ぬ程に損傷していたため、そのまま入院となりました。

 日が経つにつれて身体の傷は癒えていき、全治三ヶ月の傷が数週間で完治した事で周りを驚かせました。


 ベッドの中で色々考えている内に、アタシは一つの結論に至りました。

 この身体にアタシの魂が馴染んでいて、向こうの世界で培ってきた治癒力が発動したのだろうと。


 アタシは美也子さん達に自分の全てを話しましたが、異世界での出来事は中々信じてもらえず、怪我が完治した際にアタシの人間離れした身体能力を披露して何とか信じてもらえました。


 アタシは帰る場所がないため、美也子さんに保護される事になりました。

 そして、六課の一員となったのです。


 そして神田川さんが偶然見せてくれた、SNSに投稿された写真に思わず涙が流れてしまいました。


 そこに写っていたのは、紛れもなくサクだったのです。


 アタシはその日から暇があればサクを探し始めました。


 そして、サクを探し始めること三ヶ月……

 アタシの目の前に……彼が……やっと……見つけた……。


「やっと見つけました!」


 サクは驚き戸惑っているようです。ここは、一気にたたみかけます!


「約束通りお嫁さんにしてください!」


 もう絶対離れません!

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