第26話 新たな悪意
我が家の朝食のテーブルには、普段と変わらず三つの席が埋まっている。
俺と母ちゃん、そして居候兼バイト先の店長である明美さんの三人だ。
昨日は色々あった。
姿は変わっていたが、紗奈との再会。
美也子さんをはじめとする六課の面々との出逢い。
そして『憑依者』との戦闘。
俺は六課の課長である美也子さんの勧誘にのる事にした。
世の為、人の為に何かしたい俺にとっては、六課はおあつらえ向きな環境だと思ったのだ。俺には『力』があるのだから。いや、力しかないと言った方がいいのか。
それにしてもバイトを辞める事を明美さんに伝えないといけないよな。
はぁ~気が重いが……えいっ! 嫌な事は早く終わらせよ!
「明美さん!」
俺が突然呼び掛けた事によって、味噌汁を啜っていた明美さんはビクッとなりむせてしまう。
「ゲホ、ゲホッ……」
俺は側に置いてあるティッシュの箱からティッシュを数枚取って、「いきなり呼んですみません」と謝りながら苦しそうに咳き込んでいる明美さんに渡す。
彼女は水を二口、三口飲んだあとに「ありがとう」と言ってティッシュを受け取り目の部分と口の部分を拭き取る。
「急に呼ぶからビックリしちゃった。それで、どうしたの?」
「突然ですみませんが……バイトを辞めさせて下さい」
「え……っ?」
俺のバイト辞める宣言で、
明美さんは、鳩が豆鉄砲を食らった様は表情をしていた。
「咲ちゃん。どうしたの急に……辞めるなんて」
母ちゃんが心配そうな顔をしている。
「あぁ……ごめん。色々と端折り過ぎたね」
「咲太君……理由を聞かせてもらっても?」
どこまで話すべきかな。馬鹿正直に全部を話す分けないはいかないよな……。
「実は、ある組織に入る事にしたんだ」
「「組織!?」」
二人とも綺麗にシンクロしすぎ!
「あ、勘違いしないでね? 組織と言ってもちゃんとした所だから、人様に顔向け出来ない部類じゃないからね!」
俺も紗奈から最初組織って聞いた時はマフィアとか考えてしまっていたからな。二人の気持ちはよくわかる。
「もっと詳しく!」
「そうよ咲ちゃん!」
「分かったから! 近いから二人とも」
二人の顔が俺の眼前に近づく。
母ちゃんは置いておいて、それでなくても女性に対する免疫があまりない俺に明美さんの整った顔面どアップはあっかーん!
俺の言葉に明美さんはハッとなり顔を赤くしながら、自分の席に腰を下ろす。
母ちゃんはそのままだ。
「もう! 母ちゃんも座って!」
「ぶぅー、分かったよ」
俺は「ゴッホン!」とワザとらしい咳払いをして仕切りなおす。
「昨日、ある人物に会ったんだ」
「「ある人物!?」」
何この二人……シンクロ率120%は優に超えてるでしょ……。
「あっちの世界で一緒に召喚されてた仲間です」
「ふぇ? あっちの世界……? 召喚?」
あっ、しまった、明美さんには教えてなかったんだ……めっちゃ混乱してる。
あぁ~母ちゃんの目は残念な人を見る目だし……。信じてもらえるかどうか分からないが、明美さんに俺の事を話そう。一つ屋根の下で暮らしているんだ、明美さんはもう家族みたいなものだからな。
「えっと。信じてもらえるかは分かりませんが、簡単に説明すると俺は無理矢理召喚されて二年間異世界にいたんです」
「い、異世界?」
「そうです。その世界で俺は戦闘奴隷として扱われてたんです。俺は運よくこっちに戻ってきたのですが、俺以外の二十四名の仲間は戦争や処刑で命を落としました」
「そんな事が……」
「こんな突拍子のない事を信じてくれるんですか?」
「うふふ。付き合いは短いけど咲太君の人となりは分かっているつもりよ。君は簡単にウソをつく様な人じゃないと私は思っている。それに君の人間離れした身体能力もね、これで合致したと言うか」
「ははは。ありがとうございます! 正直であれ、が母ちゃんの教えですから」
「うんうん、その通り。咲ちゃん、それで?」
母ちゃんがやや急かし気味で聞いてくる。
「あぁ。あっちの世界で一緒に二年間を過ごし、最後に生き残った三人の内の一人……紗奈に出会ったんだ。俺は偶然だと思っていたが、あっちはずっと俺を探していたらしい」
「へぇ……女の子なんだ……」
あり? 何か明美さんの反応が微妙な感じが……。
「それで? それで?」
明美さんとは違い、母ちゃんは興味津々だ。
「俺、最初は分からなかったんだ。紗奈の容姿が全然違うものになっていたから――」
俺は昨日の出来事を伝えた。勿論『憑依者』については話していない。
「それで、その六課って組織に誘われている。俺が常日頃話していた俺のやりたいこと、いや、やなくてはいけない世の為、人の為にこの力を振るう事が出来る場所だと思うし、向こうも俺の力を必要としている」
「利害一致ってやつなんだね」
「あはは。それを言ったら明美ちゃんと今の咲ちゃんも一緒じゃないの? 咲ちゃんはお金が欲しい、明美ちゃんは労働力が欲しい。この世の殆どは利害一致で出来てるんだよ」
ごもっともです。
「だけど……咲太君はずっとやりたがった事ができるんだよね」
「はい! 今の俺の生き甲斐と言っても過言じゃないです」
明美さんは、一瞬だけ目を瞑り……口を開く。
「分かった! 咲太君のためになるんだったら! まぁ、こんな事言っているけど基本ひと月前に辞めるって言ってくれたら受けざるをえないんだけどね。そういう契約だし」
「安心してください。一ヶ月はちゃんと続けます。それは先方も了承済みです」
そう言うと明美さんの表情は少し明るくなり、
「本当に!? よかったぁ~明日からシフトどうしようと心配しちゃってんだよね」
「あはは。そんな無責任な事はしませんよ」
「よし! 話は終わり! 早くご飯食べてしまいなさい!」
「うん!」「はい!」
◇
シアトル発の巨大コーヒーチェーン店で一組のカップルが仲睦まじくコーヒーを楽しんでいた。
「マルクスとの連絡が途絶えた」
黒い長髪でパンクファッションを身に纏った男が考え込む様な面持ちで口を開く。
「落ち着くのさバッカス。薬に頼るしかない弐式の雑魚がいくら消えようとも痛くも痒くも無いのさ」
バッカスの言葉を今度は真っ赤な短髪の同じくパンクファッションの女が冷たく返す。
「まぁ、それはそうだが……やつは向こうでの顔見知りでな」
「いひひ。そんな辛気臭い顔をしないのさ。ウチら参式と比べると雑魚だけど、壱式と違ってマルクスは魔力を使えるし、薬もあるのさ。この世界でヤツをどうこう出来るやつなんてそうそういないのさ」
「それもそうだな……」
そういってバッカスは一口コーヒーを含む。
「それにしてもこの世界は最高なのさ! 全てにおいてウチらの世界を凌駕しているのさ」
「そうだな。最初目の当たりにした時は、自分の頭が奇怪しくなったかと思った」
「ウチもさ! だけど、慣れてしまえば天国みたいなものなのさ! あっちの世界には戻りたくないのさ!」
「同感だ……まぁ、戻りたくても俺達はもう戻れないけどな」
「いひひ! その通りなのさ!」
「このままこの世界を堪能したいのだが、俺達には使命がある。とりあえず他のメンバーとの合流を急ごう」
「分かったのさ、とりあえずあの食いしん坊を向かに行くとするのさ」
二人は残ったコーヒーを一気に飲み干し、その場を去っていった。
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