第20話 再会

 約束!? お嫁さん!? 何を言ってるんだこの子!

 俺の身体を締め付ける柔らかい感触と俺の思考の斜め上を行く少女の物言いにパニックに陥った俺が、それでも必死に絞り出した言葉は――


「あの……人違いじゃないですか?」

「アタシがあなたの事を間違えるなんてありえません! サクッ!」

 

 あれ? サク? この呼び方って……え? どういう事?

 俺は更にパニックになりながら、この世で唯一俺の事をサクと呼んでいた少女の事を思い出す。


「いや、まさか……でも、俺をそう呼ぶのは……も、もしかして……紗奈、か?」

「はい、正解です!」

「うっ、そ……」


 俺が驚くのも無理がない。

 俺の目の前にいる少女は、俺の知っている紗奈とは似ても似つかないからだ。


「むぅ~まだ信じていませんね? そうですね、あっ、これなら! ごほん、オルフェン王国軍 第四部隊所属戦闘奴隷十一号」

「――っ!?」


 俺が驚くのも無理がない。

 何故なら少女が口にしたのは、この世界の人間が知るはずもないあの忌々しい国で俺が所属していた部隊名と、俺のコードネームだった。

 そんな事を知っていて俺の事をサクと呼ぶのは一人しかいない!


「お、お前どうやって? その姿は? どうしてここに?」


 少女が紗奈だと確認したからか、聞きたい事が山の様に押し寄せてくる。


「ふふふ。そんなに一気に聞かれても困ります……。それよりどこか腰を落ち着けて話せる場所に移動しませんか?」


 そう言って紗奈は俺の腰に回していた腕を解く。


「あぁ。あそこのコーヒーショップに入ろう」


 俺は、道路を渡ってすぐに見えるフランチャイズのコーヒーショップを指さす。


「そうですね、あそこにしましょう!」


 俺は紗奈に腕を引っ張られ、信号を渡りコーヒーショップへと向かった。

 


 店内は平日の昼前にもかかわらず賑わいを見せてた。


 俺はドリンクを二人分頼んで空いている席に座り、とりあえず頼んだアイスコーヒーを一口飲み込み、俺は紗奈を見つめながら、聞きたい事の優先順位を整理する。


「……そんなに見つめられると照れてしまいます」

「ご、ごめん!」

「ふふふ。冗談です」

 小悪魔の様な笑みを浮かべる紗奈に見蕩れそうになるが、思考を戻して俺は一番聞きたい事を紗奈に問う。


「どうやって戻って来たんだ?」

「それを答える前に、サクはどうやって戻って来たんですか? しかも、姿そのままで」

「俺の場合は処刑される寸前に、あの渦が現れて吸い込まれた」

「ふむふむ。それならアタシの推測の辻褄が合いますね」と紗奈は、一人で納得したかの様に頷き続ける。

「推測に過ぎないんですが、首を落とされて死んだと思われるアタシの魂がまだあの処刑台に残っていて、サクと一緒にあの渦に飲まれたんだと思います」

「推測なの?」

「そうです。その時の事は覚えてないので。あくまでも推測です」


 覚えていないか……俺の知っている紗奈は嘘をつくような子じゃない。

 それに首を落としても人はすぐ死なないと聞いた事があるし……何が正解か分からない今、紗奈の推測が一番しっくりくる。

 では、次に。


「その姿は?」


 今の紗奈はあっちの世界にいた時と比べると全く違う。

 あっちの世界での紗奈は、何というか垢ぬけてない様な、悪い言い方をすれば地味な子だったが、今の紗奈は、華があるというか……いや、単刀直入にいうとめちゃめちゃ可愛い。

 

「これも推測ですが。アタシはサクと違って魂しか戻って来てないですよね? だから、今のこの身体に魂が入り込んだ。そう考えるのが自然じゃありませんか?」

「じゃあ。元々その体の持ち主は?」

「死んだ……と聞かされています」

「聞かされてる? 誰に?」

「アタシの今の保護者に……それは後で話します」


 後でって……気になるが話してくれるって言うし。

 俺は気を取り直して次の質問に移る。


「どうやって俺を見つけたんだ?」

「ふふふ。これです」


 紗奈がスマホを取り出し液晶を俺に向ける。液晶に表示されたのは某つぶやきサイトだ。

 そこに投稿されている写真に上半身裸の俺が写っていた。


 ボロを着ているのを見ると、この世界に戻ってきたばかりの時に絡まれて服が破けた時のものだろう。


「リアルケ○シロウ現れるって……」

「あははは。流石の肉体美です。一時期この画像がネットを賑わせていたらしいですよ?」


 まじですか……俺の裸を全国の皆様に……。


「それでこれを見て俺を探していた、でいいのか?」

「その通りです。アタシも同時期にこっちに戻って来たのですが、まともに動けるまでに二週間程掛かりました。それから、この写真を見せられてサクだと確信してずっと探してたんです。だけど中々見つからなくて……」

「そうか……苦労をかけてしまったな」

「いいえ! こうして会えたのですから!」


 よっぽど俺に逢えたのが嬉しいのか、紗奈は終始笑顔を崩さなかった。

 

「最後に。今どうしてるんだ?」

「ある組織に所属しています」

「ヘ? 組織……って?」

「サク、今から時間ありますか?」


 今日のバイトは休みだし……時間には余裕がある。


「時間はあるけど」

 

 紗奈はドリンクを一気に飲み干し立ち上がる。 


「じゃあ。行きましょう! 一緒に来てもらいたい場所があるんです」

「その組織って所か?」

「はい」と簡略に答えた紗奈は、コーヒーショップに入った時と同じ様に俺の腕を引っ張りその場を後にした。


 コーヒーショップから出た俺達は、紗奈が呼び止めたタクシーに乗り込む。


「防衛省までお願いします」


 紗奈はタクシーの扉が閉まるや否や運転手さんに目的地を伝える。

 え? 防衛省??

「はい。かしこまりました。シートベルトの着用をお願いします」

「さ、紗奈? 防衛省って……??」

「行ったら分かります」


 すっげぇ気になるんだけど!

 だけど、防衛省なら変な組織じゃないよな?

 組織って言うから俺はてっきり犯罪組織とかを思い浮かべていたから、取り敢えず安心かな。


「紗奈……そろそろ手を離してくれると嬉しいんだけど……ほら、手汗もめっちゃかいてるし……」

 

 俺と紗奈の手はコーヒーショップを出る辺りから繋がったままだ。

 紗奈の柔らかい手の感触に胸がドキドキしてしまい、掌の毛穴から汗が溢れだしていた。


 だけど紗奈は……。


「イヤです! やっと逢えたのに!」


 と、言って頑なに手を離そうとしない。


「いや、でも汗がすごくて……」

「絶対イヤです!」


 俺は紗奈の鬼気迫る気迫に引き下がるしかなかった。

 そんなやり取りをしながら、俺達は目的地である防衛省に向かった。



 タクシーに揺られること三十分。俺達は目的地である防衛省に到着した。


 入門の際に手続き等が必要な様だが、紗奈がタクシーの窓からクレジットカードサイズの黒いカードを守衛さんに見せると、手続きなしですんなりと入門する事ができた。


 タクシーから降りた紗奈は慣れた足取りで建物内に入る。

 もちろん俺達の手は繋がれたままだ。

 

 建物内にはお昼時間だからなのか、思っていたより人の姿は多く無かったが、手を繋いで歩く俺達は奇怪な視線が向けられているが、そんな事はお構いなしに先を急ぐ。


 しばらくすると、紗奈が半透明な両開きの自動ドアの前で立ち止まる。


 そして、紗奈はジャケットの内ポケットから先程守衛さんに見せていた黒いカードを取り出し、ドアの横の壁にあるパネルにそれをあてると自動ドアが開く。


「それは?」

「セキュリティカードです。カードによって権限が付与されていて入れる場所が決まってるいるんです」


 自動ドアの奥に進むとエレベーターが一基佇んでいた。


 エレベーターに乗り込むと真っ黒な電子パネルに紗奈がさっきのカードを近づけるとエレベーターが動き出す。


 体感的にはエレベーターは地下に降りている様だ。


「なぁ、そろそろ教えてくれると嬉しいんだけど……」


「うふふ。そうですね……」


 紗奈はゆっくりと口を開く。


「この身体の持ち主は犯罪グループの構成員だったらしいです。そのアジトに現在アタシが所属している組織のメンバーが乗り込み、戦闘になった際に身体の持ち主は死んだのですが、アタシの魂が入り込んだ事で息を吹き返しました」


 紗奈の話を聞いている内にエレベーターが目的のフロアに着いた様だ。

 エレベーターを降り長い廊下を歩きながら紗奈は続ける。


「メンバー達は死んだハズのアタシが急に息を吹き返して脈略のない事を口にしていたので警戒はしていましたが、アタシを保護する事にしました。重傷だったのと、恐らく魂がこの身体に定着していないせいかアタシは保護されてから二週間、全く身体を動かす事が出来ませんでした」

「死ぬ程の重傷なのによく二週間で動けたな?」

「それは魂がこの身体に馴染んだからだと思います。あの世界で培った身体能力、状態異常耐性、自己再生力はそのまま引き継がれています」

「徐々に魂が馴染むにつれて、身体が再生したという訳か……」

「そうだと思います。なので、いくつかあった弾痕も綺麗にきえてなくなっていましたから」


 確信はないが俺達の概念ではそう思った方が普通だろう。

 それほど俺達の再生能力は優れているのだ。


 それから紗奈は自分の身に遭った事を包み隠さず伝えたらしい。


 紗奈を保護したメンバーは半信半疑だったが、回復した紗奈の尋常じゃない身体能力を目の当たりにしてやっと何とか信じてもらえたらしい。


 ただ、信じてもらえても紗奈を野放しには出来ないし、元々施設育ちで身寄りのない彼女自身行く宛ても無かったので、近くに置いて監視するという名目で組織の一員となったと言う。


「ここです」


 話がちょうど一段落ついたところで、今度は鉄製の白い扉が俺達の前に現れていた。

 またもやセキュリティカードの出番だ。


 扉が開かれる。


「さぁ。行きましょう!」


 未だに繋いでいる紗奈の手を握る俺の手に少し力が入る。

 俺は紗奈に手を引っ張られる形で室内に入った。

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