第3章 再会する男

第19話 生まれ変わったら

 俺はいつも通り困っている人がいないか市内を散策していた。

 相変わらず成果は乏しいが……。


 これならSNS等に投稿して困った人から要請をもらった方が早いのでは?とは思ってみたものの、中々慣れないSNSには手が出ず、結局は足で稼ぐ様な行動をとっていた。


「今日も困っている人はいなそうだな……平和で何よりだ」


 平和で何より。

 素晴らしい言葉だと思う。

 向こうの世界で戦争三昧だった俺の脳裏に映っているのは、喜怒哀楽を失い疲弊しきった人々の顔だった。


 俺は行きかう人の流れで次々と変わっていく人々の表情を眺める。

 笑っている顔、焦っている顔、怒っている顔—―。


 向こうの世界に比べて、この国の人々はなんと多彩な表情をしているのだろう。

 この国が平和で守られている故なのかも知れない。


 俺は戦場で沢山の人々を殺めた。


 奴隷紋を刻まれて仕方なく……。

 また、平和なこの国に帰る為に仕方な、く。

 そんな言い訳を主張する事くらいは許されるだろう。


 だけど、大切な者を亡くした人達にとっては俺の主張など何も意味がない。


 十の戦場を生き延びた俺、いや、俺達三人は世間一般に『殺戮者さつりくしゃ』と呼ばれていた。


 好きで殺戮を繰り返したわけでは無いので、この呼び名は腑に落ちないが、戦場では『殺戮者』として様々な敵と対峙してきた。

 老年の騎士から、この世界ならまだ義務教育を受けているであろう少年兵まで。

 人と言う枠組みを超越した俺達の強さに恐れを懐き、震えながら俺に向かって来る彼らの顔が脳裏によぎる。


 だが、『殺戮者』そう恐れられていた俺達も数の暴力には勝てず、戦に敗れて処刑台に立つ事になる。


 俺の他に最後まで生き残ったのは俺と同じ日本人の少女と白人の男だった。


 基本仲間意識なんて戦闘奴隷俺達にはあまりなかったのだが、同じ日本人で、生き残りという事でその彼女とは多くはないが会話を交わす事があった。


 俺は処刑台での彼女との最期の会話を思い出す。


「ねぇ、サク……。ここで処刑されるアタシは天国には行けませんよね……?」

「まぁ、無理だろうな……。本意ではないが俺達は人を殺めすぎた」


「地獄って……アタシ達がこの世界で過ごした二年間より辛いものでしょうか?」

「さぁな……」


「やりたいこと、たくさんあったんですよ? なのに訳の分からない世界に放り込まれて、辛い思いをして、無理矢理人を殺させて、処刑台に上がって石を投げられている……。そして、今からアタシ達は処刑される……。アタシ……死にたく、ないです……」


 戦闘奴隷として過ごしていた俺達は、基本的に感情が欠落している。

 それに付け加え彼女は口数が多い方ではなかった。

 そんな彼女が涙を流しながら俺に訴えてくる。「死にたくない」と……。


 彼女の気持ちも分からなくはない。

 俺も一時期は同じ事を思っていたからだ。

 

 おそらく俺や彼女だけではない、この世界に連れて来られた仲間全員が同じ事を考えていただろう。


 たが、そんな気持ちはとうに失った。

 今は一刻も早くこのふざけた世界から抜け出したかった。


 それが死ぬ事でも。

 抜け出した先が、たとえ地獄だとしても……。


「…………」


「ごめんなさい……アタシばかり悲観になって……」

「すまん、掛ける言葉が見つからなかった。謝る必要はないよ。お前の気持ちは分かるから……」


「ねぇ。サク……」

「なんだ……?」


 今日の彼女は本当によく喋る。


「アタシ達の逝き先が地獄じゃなくて、もし、生まれ変われる事が出来たら……」


 いつの間にか彼女の目から涙は消えていた。

 これから彼女が話す言葉は、彼女の遺言と言っても過言ではないと勝手に想定し、俺は口を噤み、彼女の言葉を一字一句を逃さぬよう耳を傾けるのだが――


「「わあああああっ!」」


 会場が割れんばかりの大歓声に包まれた。


『殺戮者』の一人である白人の男の首が死刑執行人によって落とされたのだ。


 彼女はチラッと首を無くしたなかまの亡骸をみた後に、次は自分の番であると悟ったのか、覚悟を決めた表情を向ける。

 その双眸は力強い。

 そして、残された時間が後僅かな事を知っている彼女は、声を荒げる。


「また、出逢う事ができたらッ!」


 死刑執行人が彼女を断頭台へと連れて行こうとするが、彼女は必死に抵抗し俺から視線を外そうとしない。


 俺達は常人ではあり得ない程の力を持っているため、死刑執行人はなかなか彼女を抑え込む事が出来ずにいた。


 最後の抵抗を続けていた彼女だが、急に糸の切れた人形の様にその場に倒れ込んだ。

 俺達の力を抑え込む魔道具が発動したのだろう、彼女の四肢に付けられている無骨な枷が光っていた。

 そして、彼女は抵抗虚しく引き摺られながら断頭台へと連行され、断頭台に首を固定される。

 力を失った彼女だが、沸き上がる大歓声に負けじと最後の力を振り絞って声を発する。


「アタシをお嫁さんにして下さいッ!」

「分かった!」


 俺は彼女の言葉に何の疑問も持たず即答する。

 彼女が生きている間に伝える為だ。


 俺の返事を聞いた彼女は喜色満面になる。


「約束ですよっ!」


 その言葉を最期に彼女はこの世を去った……。


 彼女はちゃんと生まれ変わったのだろうか……。


「まぁ。俺は戻って来ちゃったからな……出逢う事はないだろうな」


 そんな哀愁をただよせながら俺は歩いていた。


「やっと、やっと見つけました!」


 背後から急に発せられた声に驚く。

 そして、俺はその声が発せられているであろう背後に引っ張られ振り返る。


 振り返った俺の視線の先には、肩ぐらいの長さの黒髪の少女が立っていた。

 年は俺と同じか、それより少し下くらいだろう。


 もちろん少女に面識はないので、俺に向けた言葉じゃないと一瞬思ったが、少女の気の強そうな両眼には涙が浮かんでおり、そして、それは明らかに俺に向いていた。


「あの……どちら様ですか?」


 俺の問いに少女は答える事なく俺に向かってくる。

 その足取りは段々と速くなり、少女は勢いよく俺に抱きついてくる。


「えっ? あの? えっ?」


 突然の事でパニックになった俺は、かわす事も出来なく、少女を受け止めた。


 俺より頭一つ小さい少女は、俺の顔を真っ直ぐに見上げる。

 そして、俺を抱き締めている腕の力を緩める事なく言い放った。


「約束通りお嫁さんにして下さい!」

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