第18話 運転怖い…

「はぁ……はぁ……」


 落ち着くんだ咲太……お前なら出来るはずだ。

 いくつもの戦場を駆け抜け、この日本に生きて戻ってきたお前じゃないか!

 それより困難な事ではないだろッ!

 俺なら行ける! 

 俺ならいけるうぅぅぅ!


「咲ちゃん。流石にママでもこれはいただけないわ……」


 ありえん! 母ちゃんが俺を見放そうとしている……。


「服部咲太君。君、男だよね? タマついてるんだよね?」


 くりさん……卑猥です……。


「大丈夫だよ咲太君。私も同じようなモノだから。焦らなくて大丈夫だからね!」


 明美さん、貴女は天使ですか!


「ZZZ」


 お前はマイペース過ぎるだろ! 美咲……。 


 俺は未だかつて味わった事のない未曾有の危機に面している。


 その危機とは……現在走行中の高速道路でひょんな事から追い越し車線に入ってしまい、車線変更が出来ない状態に陥っている、という事だ。


 怖い……武器を持って俺の命を刈りに来る敵兵以上にビュンビュンと通りすぎていく車が怖いのだ。


 俺は当初の予定通り免許を取った。

 バイトを休ませてもらい、14泊15日の合宿に参加したのだ。


 結果見事に一発合格。

 そして、皆の休みを合わせて俺の運転でドライブに出掛ける事にしたのだ。

 ただ、高速道路での運転は全然慣れない。


 合宿は地方で行っていたが、高速道路もそんなに交通量が多い訳ではかった。それに比べてウチの周辺は交通量が多い。


 何だかんだご託を並べているが。要するに怖いのだ……。

 そうこうしているとバックミラーから後方に車両が近づくのが見える。

 しかもかなりのスピードで走ってきており、数秒足らずでウチの車の真後ろにピタッとくっついてきた。


「どどどどどうしよう!」

「咲ちゃん! 落ち着きなさい。男の子でしょ!」

「だだだだだって!」


 あかん! ちゃんとした言葉も出ない!


「ぷっ……ぷははははははは!」


 そんな俺の姿をみて明美さんが大笑いする。


「ちょ、明美さん! 笑ってる場合じゃないんですって!」


「はははは、ご、ごめん。超人的な咲太君がまさかこれ程に車線変更を怖がるなんて……ぷふふふふ」


 ウチで過ごす内に明美さんは俺の事を名前呼びにしていた。


 もう一つの壁が取り払われた気がして俺は嬉しいような……。でも、今はそれどころではないッ!


「か、母ちゃん代わって!」

「はぁ?」


 えっ……? お母様? 怖いんですけど……


「咲ちゃん……それでもタマちゃんついてんのかぁあああッ! それに走行中に代われる訳ないでしょッ!」


 ごもっともです。

 それにしても母ちゃん……くりさんと程度が一緒なんだけど……。


「うるせぇなぁ! ついてるよちゃんと二つ! タマと運転は関係ないだろ!」

「逆ギレしてんじゃねえええええ!」

「母ちゃん……そんなに怒らなくても……」


 そんなやり取りをしていると、後ろ車がチカチカとハイビームでの抗議が入る。


「咲ちゃん、後の車に迷惑だから取り敢えずウィンカー出して横の車線に入れて貰いなさい!」

「そ、そうだね!」


 俺は母ちゃんのアドバイス通り左ウィンカーを出して入りますアピールをする。

 だが中々車の流れが途切れる事なく車線変更が出来ない!

 あぁ……後ろの車のチカチカが止まらない。

 早く車線変更しないとおおお!


 すると、左車線の後方を走っていた車がスピードを弛めてくれ、俺に車線変更のチャンスを与えてくれる!


「今だああああああ!」


 俺はついつい声を出しながら、左車線に車を移すことができた。

 とりあえず、俺の救世主に感謝のハザードをたいといて……うん?

 なんか、さっきまで俺の後ろにベタ付けしていた車が俺の前に来て蛇行運転をしている。


「前の車……やばくね? 病気とかなの?」

「咲太君。あれは多分世の中を賑わせている煽り運転だと思う」

 明美さんが無知な俺に教えてくれる。


「なんすかそれ?」


「煽り運転とは、道路を走行する自動車、自動二輪、自転車に対し、周囲の運転者が何らかの原因や目的で運転中に煽ることによって、道路における交通の危険を生じさせる行為のことだよ! from wiki」


 くりさん、説明なげーっ。


「つまり、悪いやつなんですか?」

「まぁ、服部咲太君がすんなり道を譲ってたら……悪い奴にならなかったかも」


 俺のせいなのかい!

 俺の前に来た車はひたすら蛇行運転を繰り返す。


「あっぶね! くりさん、あれどうすれば?」

「え?」

「え? じゃないでしよ! 貴方、警察官でしょ?」

「でも……今日お休みだし……手帳持ってきてないし……」

 使えねぇ……この国家権力……。


 すると煽り運転をしていた車が俺の車にぶつかるスレスレで停まる。

 俺は慌ててブレーキを踏む。


「あっぶね!」


 そして、前の車の窓から入れ墨だらけの腕が出てきて、路肩の方へと親指を向ける。


 どうやら路肩に行けといっているらしい。


「どうすれば?」


 俺は訳も分からず周りに意見を求めるが……。


「咲ちゃん、やりすぎてはだめよ?」

「咲太君……日本には過剰防衛と言うのがあるからね!」

「服部咲太君、君に任せた!」

 みんな、俺を何だと……。


 俺はしょうがなく、路肩に車を停めるとすぐさま前の車から3人の男達が俺の車の方に向かってくる。


「てめぇ、下手な運転しやがって!」

「スミマセン、初心者なので車線変更が中々できなくて……」



 これは俺が悪いのだ。迷惑を掛けたらちゃんと謝る。常識だ。



「スミマセンじゃねーんだよ! そんなんだったら最初から運転なんかしてんじゃねー!」


 コイツ……そんなんだったら、俺みたいな若葉マークをつけてる新米ドライバーは運転するなって事か?

 そんなんだったら誰も運転何かできないだろ!


「そこまで言う必要ありますか? 確かに免許取り立てで迷惑は掛けたと思いますが……」

「はぁ? そんなの関係ねーんだよ! 俺達が迷惑してるだろうが!」


 うん? 全然思考がついていかないぞ?

 迷惑掛けた事については謝罪したつもりなんだけど……。


「おい。見てみろよ! 中に可愛い子ちゃん達が!」

「ねぇ。彼女達~こんな合流も出来ないダサイ奴放っといて俺達と遊ぼうよ~。俺達も丁度4人だし!」


 男達はあろう事に母ちゃん達をナンパし始めた。


「あの、しょうもない事言ってないでとっとと自分達の車に戻ってくれませんか?」

「うるせぇ! 黙れよッグォラ!」


 男は俺の胸ぐらを掴みながら怒鳴り散る。


 あれ? 何か段々ムカついてきたな……。


「離せ……」


 俺は胸ぐらを掴んでいる男に向かって最終通達をする。


「はぁ? 頭沸いてんのか? てめぇは女置いてさっさと消えろ!」


 プチッ……。


 俺の中で何かがキレた。


「咲ちゃん……さっきも言ったけど程ほどにね」


 流石母ちゃん、何か察したらしい。


 俺は母ちゃんに向かって無言で頷き俺の胸ぐらを掴んでいる手に力を込めてにぎる、


「いてててててて!」

「おい、どうしたんだよ!」

「こ、こいつ馬鹿力……が……いてえええええ」


 男は堪らず俺の胸ぐらか手を離し真っ青な顔で俺を見る。


「俺はこっちが迷惑掛けた事だし……極力平和的に終わらせたかったんだよ」


 俺は指をパキパキと鳴らしながら車から出る。


「な、なんだよ? やんのか? てめぇ!」

「こんな奴やっちまおうぜ!」


 俺は喧嘩腰の男達を尻目に、奴等の車に近づく。


「てめぇ! 俺の車に指一本触れてみろ! 死ぬほど後悔させるからな!」 


 俺の胸ぐらを掴んでいた男はよっぽど車が大事なのか……俺が車に近づく事に気が気じゃないらしい。


「これ、迷惑運転してる車だよな?」


 俺はそう言って奴の車のバンパーを片手で持ち上げる。


「「え……っ?」」


 男達は俺の行動が信じられないのか、ひたすら目を擦っていた。


 俺はその車を片手で支えながら、後輪のタイヤのゴムの部分だけ力任せにひっぺがす。

 男達はポカーン口を開いて、ただその光景眺める事しか出来ない。

 俺は更にタイヤのゴムを力任せに両手で引きちぎる。


「それで? 迷惑を掛けた俺になんだって?」


 そんな男達に俺は再度問う。


「「何でもありません!」」


 男達は見事な土下座を披露しながらブルブル震えていた。


「消えろ……」

「はひっ!」


 男達は全速力で車に乗り込むが車が動く気配がない。

 恐らくタイヤの一本がホイル剥き出しなので、出発したくても出来ないのだろう。


 だが、そんな事は俺には関係ない。

 やつらの自業自得だと思う俺は間違っているのだろうか……。


 そんな事考えても後の祭だし。


「よし! 気を取り直していこう!」


 俺は意を決して運転席に乗り込む。

 シートベルトをして、バックミラーとサイドミラーをチェックする。


「今度こそ楽しいドライブタイムだ!」

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