第17話 店長を守れ!終

 店長が服部家に居候してニ日が過ぎた。


 たったニ日ではあるが、接客業を生業としている店長は流石と言うべきかすぐにウチに馴染んでいた。


 俺は日課の筋トレに勤しんだ後、現在はシャワータイムに突入している。


 この間に続き先程の俺の訓練模様を見た店長の顔が引きつっていた事を思い出して口元が弛む。


「あは……本当に漫画みたいな人だね。服部君って」


 それが最終的な俺に対する店長の評価だろう。

 実際俺もそう思うし。


 昨日は俺も店長も仕事が休みで、母ちゃんの提案で美咲も呼んで四人で唐揚げパーティーを開いていた。


 最初、美咲はなぜか店長を警戒していたが、これもまた流石店長というべきか、少しの時間で打ち解けていた。


 カリっと揚げられた唐揚げが我が家の食卓に並ぶタイミングで、今度はくりさんがやってきた。


 この間話していた通り休みの日、前野が通う体育大学を訪れて彼を探しだそうと学生達に聞き込みをしていたらしいが、ここ数日姿を見せていないとの事だった。


 なぜかウチの食卓で唐揚げを口に運びながら語るくりさん。


 まぁ。食卓が賑やかなのは良い事だけど……母ちゃんも楽しそうだし。


 その際にくりさんがこの間出来なかった店長への事情聴取を行った。

 唐揚げを口に運びながらだ……。


 くりさんは、今回の件を上長に報告した後、パトロールを強化する様に要請するつもりだと言う。


 ありがたい話だ。

 正直1人で全てをカバー出来る程俺は有能ではない。


 昨日はそんな感じで一日を過ごした。


 シャワーから上がった俺はリビングへと向かう。

 リビングからカウンター越し見えるキッチンでは母ちゃんと店長が仲良くお喋りをしながら朝食の準備をしていた。


「二人とも随分と仲がいいな」


 俺は思った通りの事を伝える。


「何かあっちゃんとは話が合うのよね」


 呼び方がいつの間にか店長ちゃんからあっちゃんに変わっていた。

 

「うふふ。舞さん面白くて一緒にいて凄く楽しい!」


 店長は母ちゃんの事を舞さんと呼んでいる。


「あはは、仲が良くて何よりだよ」


 俺達はほのぼのとした雰囲気の中で朝食を美味しくいただいた。


 バイトまで時間がある俺と店長は、家に閉じ籠っているのも何なので二人で外に出る事にした。


 店長を伴っての人助けツアーの開始だ。


「ウチでゆっくり休めばよかったのに。良かったんですか? 俺についてきて」


「うん。人助けするんだよね? 私もお手伝いしたい!」


「分かりました! ただ、いかにも困ってそうな人って見つけにくいんですよね……空振りになる可能性もあるので」


 困ってます! っていう人を見つけるのは意外と困難だ。

 ていうか殆ど空振りしている。

 今時、風船を木に引っ掛けて泣いている子供すらいない。


「了解! だけど、それはそれで平和って事で、良い事じゃないかな?」

「あははは。そうですね。じゃあ取り敢えず駅前に行きましょう。店長はお店に行く準備出来てます? 多分ウチには戻らないと思いますので」


「うん。そう思って準備したよ。それと……服部君」


 俺を呼ぶ店長は少し恥ずかしそうな顔をしている。


「なんですか? 店長」

「その“店長”っていうの止めない? 出来ればお店以外では他の呼び方をして欲しいと言うか……。何か仕事以外でもそう呼ばれると壁を感じると言うか……」


 俺はそんな風に考えた事はないけど……店長がそういうなら。


「じゃあ。お店以外では明美さんって呼びます」

「うん!」


 俺と明美さんは仕事の時間まで困ってる人を探し回って結果、本日の成果は一件だった。

 いじめに遭っている男子中学生がいたので、いじめっ子達にお仕置きをしたのだ。


 後は明美さんとランチしたり、お茶したり、ウィンドウショッピングを……あれ? なんかデートっぽくね?


 明美さんの表情を見ると凄く楽しそうにしていて、ここ最近のストレスが発散出来ているようだった。


 まぁ、俺も楽しいから良いけどね。


 それから俺達は仕事に向かった。

 そして、先に仕事を終えた俺が事務室兼休憩室にて明美さんの仕事が終るのを待つ……俺の最近のルーティンだ。


 運転免許の問題集は既に3周目に入っている。


 俺は頭が良い方ではない。

 要領が悪いと言うか……だから反復して問題を解くしかないのだ。


 あっちの世界では身体しか鍛えて無いからな……。

 今のままでは俺は確実にただの脳筋男だ。それだけは避けたい。


 そんな事を考えていると店長が仕事から上がってきて、俺達は自宅へと向かう。


 いつもなら家に直行するのだが……今日はそうはいかなそうだ。


 何故なら、俺と明美さんの後を誰かがつけてきている、からだ。


「明美さん。少し遠回りします」

「え? どうして? ううん。分かった」


 明美さんは俺の真剣な表情を見て言葉を飲み込み俺に合わせる。


 俺は家に行く途中にある河川敷の橋の下へと降りる。


「ひと芝居打ちます」


 俺の言葉に明美さんはコクっと頷く。

 彼女の了承を得た俺は小柄な彼女の身体を抱き締めた。


 やべぇ……芝居と言っても俺の腕に抱かれている明美の柔らかさが俺の心臓の鼓動を打ち鳴らす。


「えっ?」


 俺の突然の行動に驚いている明美さんの身体は少し強張っている様だ。

 そして、俺は唇を彼女の唇に近づける。


「は、はっとりく……ん」


 店長が震えた声で俺の名前を呼ぶ。


 そして、俺達の唇の距離が零距離になろうとした瞬間!


「やめろおおおッ!」と叫び声を上げながら走ってくる人影が。

「掛かった!」


 俺はしてやったりと思いながら、抱き締めていた明美さんを俺の背中の後ろに隠し、近づいてきた人影と対峙する。


「お、お、お前! 俺の明美ちゃんに何をしようとしたああああ!?」

「ま、前野君……」


 やっぱり人影は前野正太だったらしい。


「お前が前野正太か! お前のせいで明美さんがどれだけ迷惑してるのか分かってるのか!?」


 俺は前野を怒鳴りつける。


「な、何を言っているんだ! 明美ちゃんは俺と結ばれるんだ! 迷惑な訳ないだろう! そもそもお前は何なんだ? いきなり僕達の間に現れて……し、しかもお前、今、俺の明美ちゃんにキ、キスしようとしていただろう! 人の女に手を出しやがって!」


 勘違いも甚だしい……この男の頭の中はさぞお花畑なんだろうな……。


「明美さんはお前に対して迷惑しているんだ。そんなお前と結ばれるわけないだろう? いい加減諦めて自首してこい! このストーカー野郎!」

「ふ、ふ、ふざけるなッ! 何でお前にそんな事を言われないといけないんだ!」

「前野君もうやめて! 勘違いさせてしまったのは私の責任だからそれについては謝ります……。だけど、前に言った通りあなたとお付き合いする事はできませ……ん」


 店長は一歩前に出て前野に自分の想いを伝える。


「なぁ、明美さんもこう言ってるしもう止めないか? これ以上やったら取り返しのつかない事になるぜ?」

「うるさい! うるさい! うるさああああいッ! そんな事をあるわけない!」


 俺達の言葉は前野に届く事はなく、逆に火に油を注ぐ形となってしまった。


「お前がッ、お前がいるからいけないんだ!」


 どうやら矛先は俺に向けられているらしい。


「おいおい、何で俺のせいなんだ? 明らかにお前の自分勝手な思い込みのせいだろうが!」


「何だと!? 俺は悪くないッ! それより、お前。俺は有段者なんだぞ? 痛い目に遭いたくなければ今すぐここから消えろ。そしてもう二度と俺達の邪魔をするな!」


 出来れば穏便に済ませたかったのに……ここまでになってしまったら、こいつを止めてやらなくちゃ世の為にならない……。


「いかにも俺が悪いような言いぐさだけど、勝手に人のせいにしないでもらえるかな? 誰でもない、お前が全部悪いんだからな?」

「うるさい! 俺は悪くない!」


 子供かよ……会話では埒が明かないな……。


「言っても無駄だろうし……いいよ。相手してやる」


「お、お前本気か? さっきも言ったけど、俺は有段者なんだぞ?」


「だからなんだよ? 格の違いと言うやつを見せてやるから、さっさと掛かってこいよ」


 俺は数歩前に出て、右手の人差し指でクイクイと掛かってくるように挑発する。


「舐めやがってぇッ!」


 前野は俺に向かって走り出す。

 ある程度俺との距離を詰めてコンパクトに攻撃をしかけてくる。


 長いこと空手をやって来たのだろう。

 ヤツの中には俺に対する怒りで一杯のはずなのに、その攻撃一つ一つはフォームを崩すこと無く、的確に俺の急所を狙ってくる。基本に忠実とはこう言う事だろう。


 だが、俺にはヤツの攻撃は幼児がふざけてる様にしか感じられない。

 俺はヤツの攻撃を全て避ける。


「くそッ! 何で当たらないんだよおおおお!」


 前野は思い描いていたのとは全く違う結果になっている事で焦りが積もる。


「くそッ! くそおおおおッ!」


 そろそろいいかな。

 俺は前野の腹部に力を抑えた拳を打ち込む。

 前野の鍛え抜かれた筋肉の鎧は何の意味も成さず、俺の拳は前のの腹部に突き刺さる。


「ぐぉおッぷ!」


 手加減した一発。

 たった一発の攻撃が何年も鍛練を重ねていた男の努力を打ち消す。


 前野は蹲って息苦しそうに悶えていた。

 もう、終わりだろう……。


 俺はスマホを取り出しくりさんに連絡を取る。

 状況を説明し、すぐに来て欲しいと要請を出したのだ。

 

 それからはサクサクと事が進んでいった。


 駆けつけたくりさんを筆頭に数名の警官により前野は捕縛され、俺達は調書を取るために市内の警察署へと出頭した。


 そして後日……


 ジュージューッと肉の焼ける音に食欲をそそられる。

 今日は明美さんの事件解決のお祝いとして、俺と母ちゃん、美咲、くりさん、そして主役の明美さんの五人で集まり、俺んちの庭でバーベキューパーティーをしていた。


 前野は明美さんの計らいで不起訴処分になった。

 彼女は前野があぁなってしまった事について自分の責任もあると考えているらしい。

 ストーカーになるヤツなんて放っておいてもなると思うのだが……。


 前野には接近禁止命令が課せられた。

 また、大学を自主退学して実家に戻ったらしい。


 それだけでいいのか? と本気で思う。

 自惚れではないが、今回俺が関わっていなかったら、明美さんはもっと酷い目に遭っていたかも知れないのに……甘過ぎる気がする。


 明美さんを何度も説得してみたものの、彼女は頑なに意見を曲げなかった。


 その代わり、母ちゃんの更なる提案によって明美さんはマンションを完全に出てウチに住む事になった。


 俺が近くにいるなら前野が更生出来ずまた現れても対処できるだろう。


「咲ちゃん、どんどん肉やいてよー!」

「落ち着け美咲。肉は沢山あるんだから!」

「にーくにーくにーく!」

「くりさん、まだ焼けてないから! 腹壊すよ?」

「服部くん大変でしょ? 焼き係代わるよ。」

「あっちゃん、主役なんだからそんな事をしなくていいの! それより飲むわよ~」

「気にしないで食べて飲んで下さい。母ちゃんの言う通り明美さんが主役なんですから」

「うふふふ。ねえ、服部君」

「何ですか?」

「君と出逢えて、そして君が居てくれて本当に良かった……絶対に恩返しさせてね?」

「良いって言ってるのに……」

「それでもよ。うふふふ」


 明美さんの顔は本当に楽しそうで、

 その顔が俺にとっては最高のご褒美だった。

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