第21話 課長は少しメンドい

 紗奈に手を引っ張られながら俺は自動ドアを潜り室内に入る。


「戻りました」

「お、お邪魔します」

 

 室内を見渡すと白を基調とした清潔感が溢れる四方の壁に包まれており、壁の一つには巨大な薄型のモニターが設置されていた。


 また、フロアにはいくつかのデスク、三人掛けと二人掛けの黒皮のソファーが二つずつ長方形の形で木製のテーブルを囲っており、そこに紗奈の言うメンバーと思わしき人達が座っていた。

 ちょうど彼らは何かを食べている所だった。メニューはピザの様で、それをまるで飲み物を飲んでいるかの様に、一心不乱で口に掻き込む彼らを見て唖然としていると、何故かメイド服を着ている無表情な女の人が、俺達に気付いて近づいてくる。


「紗奈様、お帰りなさい……。ピザ、焼いてみました……さぁ、そちらのお客様もぜひ……」


 メイド服の女性は無表情のまま、ピザを食べる様にと勧めてくる。


 それにしても恐ろしく美人だな……。

 輝くような銀色の髪を短く切りそろえた彼女は、無表情のせいかまるでミステリアスな人形のようだ。そのミステリアスさのせいか余計に魅力的というか……。


「いてッ!」


 メイドさんに見蕩れていた俺の右手に衝撃が走る。

 俺にこれ程の痛みを与えられる人物は一人しかいない。


 紗奈の方にそぉっと視線を移すと、かつて大陸を震撼させた【殺戮者】に相応しい迫力を醸し出していた。


「紗奈……さん?」

「なんですか?」


 ニコッと俺に笑みを向ける紗奈は、笑っているようで笑っていなかった。


「何か怒ってます……?」

「怒ってないです」


 明らかに怒っている。

 そして、俺の手を握る手に力が……。


「その、手、痛いんですけど?」

「あら? 元『殺戮者』と呼ばれて大陸を震撼させた貴方が、高々十八にも満たないか弱い小娘に手を握られただけで何を仰るんですが?」


 あなたも呼ばれてましたよね? 『殺戮者』って……とは口が裂けても言えない。


「おい、何をやっている、とっととこっちに来い!」


 俺が必死に手の痛みに耐えていると、ソファーの方から少し威圧的な女性の声する。紗奈はその声に従い、その声の主のもとへと向かう。

 俺の手はまだ解放されていない。

 多分二人とも汗で手がシワシワになっているだろう。

 自分の手を視るのが怖い……。


「戻りました美也子さん」

「あぁ、それで? そいつが紗奈たんの探していたやつか?」


 美也子さんと呼ばれている女性は、俺に鋭い視線を向けてくる。そして、ピザを掴んでいたと思われる左手の親指と人差し指を舌でペロッと舐めてながら、ゆっくり 立ち上がり俺の目の前に近づくと品定めする様に俺の事を足のつま先から頭のてっぺんまで舐める様に見てくる。


「あの……」

「ふん! クソがッ!」


 えっ? この人何キレてんの?

 てか、初対面の人間向ける言葉じゃないでしょうに!


「美也子さん、あんまりサクに近づかないでください」

「紗奈たん。そんなツンツンすんなよ~」


 紗奈たん……って、この人俺に向けている視線と紗奈に向けている視線が全然違うんだけど……。

 うん? もう一人近づいて来る。

 恐ろしく顔の整ったイケメンだ。


「へぇ~。紗奈ちゃんがね~」

とはどういう意味ですか? 神田川さん」

「誰にも興味を持たない君がそんなに熱心になるとは……という事だよ」


 神田川と呼ばれている男は俺の事をチラチラと見ている。

 課長と同じで俺の事を品定めしているのだろうけど、なんか少し違和感が……。


「貴方には関係ないでしょう? もし、サクに手を出したら貴方の最後の尊厳を捥ぎり取りますから……」


 うん? 俺に手を出す? 何を……?


「ちょ、な、何を言ってるんだい! 人の男に手を出すほど飢えてないよ!」


 あぁ……そう言う事か。


「サク。この男のクセに必死にその事を隠そうとしているんです。まぁ、こんな感じで隠しきれてないんですけどね……」

「は……はは……」


 俺は笑うしか出来なかった。


「ねぇ。ウザイからそんな所立ってないで座れば?」


 目の下に隈をくっきりと残してダルそうにしている少女が面倒臭そうな顔で着席を促す。


「恵美たんの言う通り、いったん座ろう」


 美也子さんはそう言って、自分が元に居た席に戻る。

 俺達も空いてる二人掛けのソファーに座る。


「おい、貴様……いつまで紗奈たんの手を握っているんだ……?」


 美也子さんは額に筋を立てながら俺に言ってくる。


「いや……これに俺の意思なんてないんで……」とちらっと紗奈の方を見ると、

「そんな事より、美也子さん。自己紹介くらいしてもいいんじゃないんですか?」紗奈は少し冷たい口調でいい放つ。


「紗奈た~ん。そんなにツンケンしなくても……」


 課長は一瞬しゅんとなりながら俺を睨み「はぁ~」とため息をつく。


「私の名前は室木 美也子。この組織、第6課の一応課長だ」

「俺は服部咲太です」

「あぁ。それと、あのメイドの格好してるのが松野鈴でこの第6課の食事当番兼庶務担当だ」 


 美也子さんが紹介するとすずさんは、俺にペコッと頭を下げる。


「それで、こっちは……」 


 美也子さんは次に先程のイケメンを紹介しようとするが


「美也ちゃん、自分でやるよ」

「勝手にしろ」

「僕は神田川 かい。車両担当をしてる。因みに彼氏募集中だから! うごぇ!」


 神田川さんのわき腹に、紗奈の拳が突き刺さる。あれは痛いぞ……。


「彼氏募集中の情報はいらないっす」


 次はあの眠たそうな女の子だ。


「東城恵美……IT担当。メンドいから質問とかはいらないからね……」

「あ……そうですか……」

「後、三人いるんだけど……今は任務でいない」

「任務ですか?」


 美也子さんは、チラッと紗奈を見る。


「紗奈たん、の事は話したのか?」

「いえ、まだ……」

「あれって? なんですか?」


 俺は気になってついつい聞いてしまう。

 俺の問いに美也子さんが眉間にシワを寄せて口を開く。


「今この国は危機に陥っている」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る