第13話 店長を守れ!③

 時刻は6:00AM


 窓の外からは“チュンチュン”と鳥の鳴き声が聞こえる。

 これが巷で噂の朝チュンなのか!? とは決して思えない……なぜなら――。


「一睡も出来なかった……」


 テーブルを挟んで見えるのは、店長の可愛らしい寝顔だ。


 昨晩、俺は店長の部屋で夜を明かした。

 時間も遅かったという事もあるが、何よりまだ不安定な店長を一人には出来なかったのだ。


 ただ、店長も寝室で寝てくれれば良いのに、俺と話込んでいる内にリビングで眠ってしまったのだ。

 仕事の疲れもあるだろうが、ストーカー被害のせいで気が張っていたのだろう……。


 店長の寝顔を見ていると変な保護欲に駆られる、そして悶々した気持ちに……。


「イカンイカン。筋トレでもして煩悩をやっつけてしまわないと!」


 そう言って俺は日課である筋トレに勤しむ事にする。


 今日はいつものバーベルがないため人差し指一本で逆立ちをしてプッシュアップをする。

 七つのオレンジ色の玉を集める某国民的漫画の修行風景でよく見られる“アレ”だ。

 とりあえず左右で五百回ずつ千回を目指す事にしよう。


 夢中で筋トレをしてると「スゴイ……そんな事本当に出来る人がいるんだね。漫画でしか見た事がないよ」と声が聞こえる。察するに店長が起きたのだろう。この部屋には俺と店長しかいないからな。


 まだ百回ほど回数が残っているので返事は返さずひたすら上下運動を繰り返す。

 途中で終わらせる様な中途半端な事はしないのだ。


 目標回数に到達した俺が態勢を元に戻すと「はい」と店長が水が入ったコップとタオルを渡してくれる。


「ありがとうございます!」


 俺は勢い良く受け取ったコップの水を飲み干しタオルで汗を拭う。


「それにしてもスゴイね。あんな事出来るなんて服部君って何者?」

「ただのアルバイトですよ」

「ただのアルバイトって……うふふふ。本当に不思議な人」


 店長はそれ以上何も聞かなかった。


「今日は何時から出勤するんですか?」

「午後四時からだよ」

「じゃあ三時半位に迎えに来ます」

「迎えって? あっ、そんな、悪いよ!」

「いいえ。どうせ俺も今日はバイトですし当分は送り迎えさせて下さい」


 当分は彼女を一人で外に居させちゃダメだろう。


「私は助かるけど……。そこまでしてもらったら君に迷惑が……」


 俺の提案に店長は若干ネガティブな反応だ。


「店長。俺言いましたよね? 世の為、人の為何かしたいと。だから大丈夫です。この件が片付くまでの間、俺が店長のボディーガードになります」

「本当にいいのぉ?」

「はい、任せてください!」

「ありがとう……じゃあ、お言葉に甘えます」

「はい、後で迎えに来ますので!」

「えっ、ちょっと待って」

 そう言って玄関に向かう俺を店長は慌てて止める。


「もう帰るの? 朝ごはんくらい食べていけばいいのに……」

「いえ。あんまり女性の部屋に長居する訳にもいかないので。戸締りだけはしっかりして下さいね? それと、出掛ける用事があったら連絡下さい。飛んできますから」


 俺の言葉で店長は表情を崩す。


「ふふふ。やっぱり服部君ってモテるでしょ?」

「いいえ! 悲しい位に全然モテません! ではッ!」


 俺は軽く手を振り店長の部屋の玄関から外に出た。



 ――玄関先で一人になり、少し心細くなった明美が「モテないわけないじゃん……」と呟くのだが、それが咲太の耳に入る事はなかった。



 まだ店長の問題が解決した訳ではないが、最近までのどんよりした気分が少し晴れた気がする。


「いい天気だな!」


 店長のマンションから外に出た俺は背伸びをしながら空を眺めていた。

 雲一つない青空が広がっていた。


「とりあえず駅前の交番に行こう」


 俺の家は駅を挟んで店長のマンションの反対側なので、帰るにはどうせ駅前を通る事になる。

 それならくりさんに会って保険証を返して貰うついでに昨日あの後どうなったか聞かないと。


 俺はそう思いながら駅前の交番に向かった。


「すみませーん!」


 しばらくして俺は目的地である駅前の交番に到着し、くりさんがいる事を願って中に入る。


「は~い」


 中からは気の抜けた若い女性の声が聞こえた。


「どうしました~?」


 俺の目の前に現れたのは何と言うか……警官と言うには凄くほんわかした女警さんだった。

 ほんわかしている見た目の割にはびしっと着こなした制服からは自己主張の激しい胸元が……。

 いかん! 視線を向けるな俺!


「むっ。今見てたでしょ~」


 そんな俺の視線に気付いた女警さんはホッペを膨らませ俺に迫ってくる。


「いえ! 見てません!」


 即答する俺に女警さんは更に詰め寄る。


「即答してるあたりアヤシイぞ~」


 何だこの人……だめだ、早く本題に入らないと!


「く、くりさんいますか!?」


「うん? くりさんってくりちゃんのこと~?」


 本当にくりちゃんって呼ばれてるんだ。


「はい。多分そのくりちゃんです」

「くりちゃんに、何の用なのかな~?」


 あっれぇ? 何かもっと怪しまれてるんだけど!


「昨日職質された際に保険証を渡したままで……返して貰いに来たんですよ」

「あ~あの子ならやりかねないわね~」


 やりかねないんかい! 確信犯なの!?


「それでくり「あの子はね~」は……」


 何か語りだしたぞ? この人……


「とってもいい子なのだけど~これ! と言ったらそれしか見えない性格だから心配なのよね~」

「はぁ……」

「だ・か・らあの子に変な事吹き込んだりしたら……許さないわよ」


 そう俺に警告するほんわかしていた女警さんの背後に般若が見える。

 こえぇ! 俺が話したボーナスの下りの事を言ってるのか!?

 くりさん、この人にチクったな……。


「わ、分かりました! それで、くりさんは?」

「あの子ならさっき帰ったわ~」

「え? いないんですか?」

「えぇ。因みに明日はお休みだから明日もいないわよ~? 急ぎなら伝えておくけど~?」

「じゃぁ。俺の携帯の番号書いておくんで連絡欲しいと伝えてもらえますか?」

「分かったわ~」


 俺はメモとボールペンを借りて自分の携帯の番号を記入し、ほんわか女警さんに渡した。


「これお願いします。では、俺はこれで!」

「分かったわ~。また遊びにきてね~!」


 交番は遊びに来る所ですか……とは言えず俺は軽く会釈をして家路についた。

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