第12話 店長を守れ!②

「ごめんね、もう大丈夫だから」


 その言葉で俺は抱き寄せていた店長の肩をそっと解放する。


「どうして、服部君がここに?」


 店長がパーカーの裾で涙を拭いながら聞いてくる。誤魔化す必要もないので正直に答える。


「店長の言葉が気になって後をつけました」


「そう……。嘘を言ってごめんなさい。その、服部君を巻き込みたくなくて……」

「謝らないで下さい。俺の為を思っての事じゃないですか」

「うん……」

「とりあえず、場所を移しませんか?」


 周りを見渡たすと、周辺の住宅からこちらの様子を窺っている人達によって、

 深夜にも拘わらず辺りは騒然としていた。


「さっき私が大声を出したせいだね。私の家すぐそこだから良かったら……その……」


 どうやらついて来て欲しいらしい。


「任せて下さい。お供します」

「ありがとう……」


 店長のマンションがどこか分からない俺は、歩き出す店長の横をついていく。

 さて、店長の家に行くのは良いとして、くりさんはどうしようかな……。

 ストーカーを追跡したまま戻って来ていない。


 保険証渡したままだしな……。


 くりさんは、一応警察官なので俺の保険証を悪用しないと思うけど……いや、前言撤回! 安心はできん。

 彼女のあの瞳に映っていた¥マークを思い出せ!


 不安過ぎる!


 はぁ……だけど、今は店長の事が最優先だ。

 明日にでも交番に行ってみよう。

 彼女の名前を出せば会う事くらいは出来るだろう。


 そんな事を考えながら歩いていると、「ここだよ」と店長が指を差し、その方向に視線を移すと、五階建てほどの白いキューブ型の建物があった。

 店長が慣れた手つきで玄関の呼び出しパネルにカードを当てると、半透明な自動ドアが開く。

 俺は店長が中に入って行く所を見届けて帰ろうとしたが、


「よ、良かったら。上がっていかない?」


 と、店長の口から予想外の言葉が出てくる。


「いいんですか? こんな時間に……」


 日付が変わろうとしている時間に、しかも独身女性の部屋だ。


「正直少し怖くて……。一人で居たくないと言うか……」

「えっと……」


 いいのかなぁ……と悩みながら、チラッと店長の様子を窺う。

 店長は明らかに不安そうな顔をしていた。


「ご、ごめんね! 迷惑だよね? 時間も遅いし……」


 だめだな、やっぱり放って置けない。

 疚しい事をしようとしているわけでもない。色々と話も聞きたい!


「迷惑じゃありませんよ。お邪魔させて下さい」

「いいの?」

「はい、店長さえよければ」

「うん! こっちだよ!」


 先程の不安そうな顔から一変、店長は花が開いたような笑顔を向けて俺を手招きする。

 うっ……店長の笑顔は破壊力抜群だった。

 俺も男だ、可愛い女性にときめくのは普通の反応だろう。

 イカンイカン。今はそんな事を考えている場合ではない。


 店長の手招きに吸い込まれるように、俺はマンションの自動ドアを潜り抜けた。



「ぜぇぜぇ……。ちっきしょおおお! ボーナスが!」


「うるせぇぞッ! 何時だと思ってやがる!」

「ご、ごめんなさい!」


 要春子二十一歳。彼氏なし。駅前の交番に勤める警察官で階級は巡査。

 要という文字が栗に似ているため周りからはくりちゃんと呼ばれている。


 咲太の言葉に上手くのせられた彼女は、全速力でストーカー容疑者を追いかけてはみたものの、自転車では通れない場所に逃げ込まれてしまい容疑者を見失ってしまった。


「頑張って追いかけたのに~ボクのボーナスが……」


 彼女の頭の中は、先程からボーナスの事でいっぱいらしい。


「戻るか……。服部咲太君の話は本当だったし。疑ってしまった彼にゴメンなさいして預かっていた保険証を返さないとね」


 と先程、店長が襲われていたであろう場所に戻ってみる。


「いない……だと?」


 容疑者を見失いここに戻ってきた時間を考えると、大分時間が経っている。

 予想はしていたが、本当に誰もいない事に彼女の胸の中はやるせなさで満ちる。


「はぁ~どうしよこれ」


 彼女は胸ポケットから取り出した咲太の保険証を溜息交じりに眺めていた。


「しょうがない。自業自得だし……明日の朝にでも届けるか」


 そう呟き彼女は再び保険証を胸ポケットに戻した後、自転車に跨り人気のない住宅街を通り抜けた。



「はい、どうぞ」

「あっ、ありがとうございます、いただきます」


 俺は店長から温かいコーヒーが入ったマグカップを手渡される。

 俺達は現在、八畳程のリビングダイニングに置かれている二人用のテーブルに向かい合って座っている。

 店長の部屋は1LDKの間取りで室内は想像以上に広かった。


 女性らしいと言うのは正直よく分からないけど、中は綺麗に整頓されており凄く良い香りがしている。

 こう言うのが女性らいしい部屋なのかなと勝手に思う俺は、コーヒーを口に含みながらキョロキョロと店長の部屋を見渡していた。


「あの……恥ずかしいからあんまり見ないで欲しいのだけど……」


 店長がモジモジしながら話しかけてくる。


「あ、すみません! 女性の部屋ってあんまり入った事がないので……つい」

「服部くんって彼女とかはいないの?」

「なんですか? 彼女って。食べ物ですか?」


 惚けてみる。


「ぷくくくく。あはははは! 食べ物って、何を言ってるの」

「そ、そこまで笑わなくてもいいじゃないですか!」

「ふう~。服部君ってモテそうだけどね」

「そんな事ないですよ。実際、彼女とか今まで居た事ないですし」


 あっちの世界に行ってなかったら、違っていたかも知れないが……。


「うっそだぁ! この間の可愛い幼馴染さんは?」

「美咲ですか? 美咲はただの幼馴染です。何もありませんよ」

「ふ~ん。そっかぁ」


 さて、そろそろ本題に入るか。


「店長、良かったら教えてもらえますか?」


“何を?”と言わなくても伝わるだろう。


「私の悩みを聞いてもらってもいいですか?」


 店長は改めて俺に聞いてきた。


「勿論です!」


 店長は軽く頷き「三ヶ月位前に――」とゆっくり語りだす。


「……それで今日襲われそうになったの」


 彼女は今日に至るまでの経緯を教えてくれた。


「なるほど。バイトの人だったんですね」

「うん……」

「何ていうか。話だけ聞くとどうしようもないヤツですね」

「私が軽がるしく接したせいで、勘違いさせたのも悪いし……」


 何を言っているんだこの人は。


「店長。他の人は何て言うか分かりませんが、俺は違うと思います」

「服部君……」

「親身になってくれた店長に惚れた。その事については俺も何も言いません。ただ、断られたからって押し倒して交際を迫ったり、許せないからってストーカー行為に及んでいる。俺から言わせるとただの甘ったれの自分勝手なクソ野郎ですね」


 人の惚れた腫れたをとやかく言うつもりはないが度が過ぎている。


「私、どうしたらいいかな?」

「言ったじゃないですか? 大好物だって」


 店長はぽかーんとしている。

 そんな店長に俺は笑顔を向けて力強く宣言する。


「俺に任せてください!」

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