第11話 店長を守れ!①

 バイトを終えた俺は、バイト先の居酒屋が入っている雑貨ビルの影に隠れて缶コーヒー飲んでいた。


 チラッと、スマホのディスプレイに写し出された『23:00』という時刻を見て、「そろそろだな……」と呟く。

 何が“そろそろ”かと言うと、今日の店長のシフトが二十三時までだと言う事だ。

 そう、先にバイトが終わった俺は、店長が出て来るのをこのビルの影でじっと待っていた。


 先程の店長との会話が、どうにも引っ掛かってしまったからだ。


「ストーカー被害にあっている」という店長の言葉。

 そして、それを語っていた店長の表情が決して例え話とは思えなかったのだ。


 万が一、店長が本当にストーカー被害にあっていたら? と思うと、俺は居ても立ってもいられなかった。


「まぁ、何も無ければそれに越したことはないんだがな……」


 それから十分程時間が過ぎ、雑貨ビルから待ち人である店長が姿を現す。


 デニムのパンツ、少しブカブカのパーカー姿で出てきた彼女に、いつも見ている居酒屋の制服姿と異なる新鮮さを覚えた。

 店長のおっとりした顔では予想できなかったボーイッシュな装いに、俺はつい、「かわいいなぁ」と呟いてしまう。


 端から見れば、俺こそがストーカーだろう。


 店長はいつも徒歩で店まで通っている。

 本人曰く、不動産からは駅から十分位だと言われたが、実際はその倍は掛かるらしい。

 丁度良い運動になるからと、本人は気にしていない様子だが……。

 もし、店長がストーカー被害にあっているとしたら、この倍の差は彼女にとって何十倍も長い時間になっているかも知れない。


 騒がしい駅前を通り過ぎ閑静な住宅街へと入っていくにつれて人の通りも少なくなっていく。


 俺は店長から三十メートル程離れた場所で店長を見失わない様に、また、店長に気付かれないように細心の注意を払って後を付いて行く。


 う~ん、誰がどう見ても俺ってストーカーだよな。と俺は自然と苦笑いを浮かべる。

 人気が無くなるに連れて店長は体を縮こませているのか、小柄な体が更に小さく、若干震えているような気がする。


 店長の様子を見るとストーカー被害についての信憑性が高まってくる。


「これは……何としても守ってやらないと」


 俺のちっぽけな正義感が燃え上がっている丁度その時、“トントン”と何者かに肩を叩かれ、振り向いたその先には自転車に跨った制服姿の若い女警さんが、ニッコリとした表情で立っていた。


「君……何をしてるのかな?」

「さ、散歩中です」


 俺の頬につつーっと一筋の汗が伝うのを感じる。


「へぇ、こんな時間に?」

「えぇ、俺、夜行性なんで!」


「結構前から見てたけど……君、あの人の後つけてるよね?」

「た、偶々じゃないですか? おれんちこっち方面だし!」


 更にもう二筋の汗が伝う。


「住所の確認ができる物を見せてもらえるかな?」

「あ、はい……」


 国家権力に逆らう訳にはいかないので、俺は、身分証代わりに持ち歩いている国民健康保険証を差し出す。


「うん、君の家こっち方面じゃないよね?」

「いえ、あの、その……」


 上手く言葉を発する事ができず、俺の顔中に大量の汗が噴き出す。


「とりあえず、話聞きたいから交番まで行こっか? ほら、ついてきなさい」


 隠し通すことが出来ないと思った俺は、このままだと店長を見失うため、思い切って女警さんに真実を話す事にする。


「実は、あの人は俺のバイト先の店長で――」


 女警さんは俺の話を最後まで聞いてくれた。


「で、ストーカー被害に遭っているかも知れない彼女を守る為に後をつけていた、と?」


 彼女は眉間に皺を寄せ、目を瞑りながら俺の話を纏めてくれる。


「その通りです! だから、早く彼女を追い掛けないと!」


 店長の家を俺は知らない。

 なので、ここで彼女を見失ったら探し出すのは容易ではない!


「言いたい事はそれだけかな?」

「えっ?」

「いるんだよね~「彼女は俺が守る!」とか言って結局は自分がストーカーでした。みたいな?」


 え? 何言ってるんだこの人?

 俺、疑われてるの……?


「俺の事……疑ってるんですか?」

「うん、君、凄く怪しいよ? ボクじゃなかったら、理由も聞かず直ぐ連行だよ?」


 ボクっ娘かよ!!


「女警さん、お願いします! 今、店長を見失う訳にはいかないんです!」

「そんな事言っても駄目なものはダ・メ・よ!」


 くそッ、あ、そうだ!


「じゃあ、女警さんも一緒について来て下さい!」

「はぁ? 何でボクがそんな事を……」


 うっわ~この人露骨に嫌そうな顔してるし……だが、俺はめげない!


「もし、俺の話が本当で犯人を捕まえる事が出来たらお手柄ですよ?」

「え? お手柄……?」


 お? キョトンとした顔をしてるぞ、もしかして手ごたえあり?


「表彰されて、昇進できるかも!」

「表彰? 昇進!?」


 彼女の顔が俺に迫ってくる! てか、近いから!

 これなら、後もう一押しでいけるだろう!


「ボーナスアップ間違いなしッ!」

「何してるのさ!? もたもたしてないで、行くよ!」


 女警さんは、鼻息を荒くしながら自転車のペダルに足を掛けて、今か今かと俺を急かす。


 気のせいかも知れないが、女警さんの目に¥マークが見える。

 実にチョロい……。だけど、お蔭で店長を追い掛けられる!


 幸い俺達がいる場所は、真っ直ぐな道なので店長の姿はまだギリギリ見える。

 今ならまだ間に合う!


「ねぇ、君。服部咲太君でいいんだよね?」


 女警さんが、自転車を漕ぎながら俺の名前を確認してくる。

 彼女が俺の名前を知っているのは、恐らくさっき提示した保健証で名前を確認したからだろう。


 あ、そう言えば保険証渡したままだ、しょうがない……。

 今は店長を追うことが先だ。


「そうです」

「ボクは、要春子。要って字が栗に似てるから、くりちゃんと呼ばれてるのだ」


 いや、聞いてねーし!

 だが、そんな事は言えるハズもなく……。


「じゃあ、俺はくりさんって呼んでいいですか?」


 俺がそう聞くと、くりさんは片手運転をしながら右手の親指を立ててた。

 この人……全然お巡りさんっぽくない。


「くりさん停まって!」


 俺の言葉にくりさんが、反射的にブレーキを掛ける。


「なに? 急に」

「近づき過ぎです! ただでさえくりさんは警察の制服着てるんですから、もし、ストーカーに見られたら警戒して出てこないですよ!」


「あ、なるほどね。じゃあ、ここからボクも降りて歩く事にするよ」

「お願いします」


 店長との距離は先程と同じ様に三十メートル程。

 うん、やっぱりこの距離感だよね!


 そんな事を考えていたら、くりさんがじーっと俺を見てくる。


「な、なんすか?」

「君、やっぱりストーカーでしょ? やけに尾行になれてるのよね……」

「違いますって!」

「ふーん……」


 俺の疑いは晴れている訳ではないらしい……。


「い、いや! 来ないで!」


 俺達がどうしようもないやり取りをしていると、道の先から店長の悲鳴が聞こえ、 俺とくりさんの視線は自然と店長のいる方へと向く。

 店長が居る場所から少し離れた所に、フードを深く被った体格の良さそうな人が立っており、じりじりと店長に迫っていた。


 あれが例のストーカーに違いないッ!


「くりさん!」

「うん!」


 くりさんも事の深刻さが分かったのか、何も言わず自転車に股がりペダルを漕ぐ。


 そして、俺は、本気の全速力で店長の元へと駆けつける。

 俺が自転車を追い抜くと同時に、「はっや!」と言うくりさんの声が聞こえたが、今はそれどころではない。


「店長ッ!」


 俺の声に、店長と店長に迫っているストーカーが俺の方へと振り向く。


「は、はっと、り……君!?」


 俺の登場によりストーカーは咄嗟に踵を返しその場から去っていき、それを追いかけようとしたが、店長にシャツを掴まれ一歩踏み込んだ足を戻す。


「お、お願い、い、行かないで……う、ううっ……」


 嗚咽を交え、静かに泣き出す彼女を放って置く事も出来ず、俺はそっと店長に寄り添った……。

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