第9話 何かしないと!

 佐久間兄と一戦交えた後、俺は美咲をおぶって家路についていた。


 佐久間兄との喧嘩は、何と言うか……楽しかった。


 俺は決して争いを好む性格では決してない。

 ただ、今まで俺が経験した『争い』とは、強制されて止む無く人を殺してきたあの世界での戦争や、狭山組とのいざこざなど、楽しさとは程遠いものだった。いや、一回だけあったな……。もうアイツとは二度と決着がつけられないが……。


 今回も流れとしては強制的に戦うハメになってしまったと言えるのだが、それにしても、男同士のタイマン、そして純粋に己の体を駆使しての佐久間兄との喧嘩は、ただただ楽しかった。


 佐久間兄が終始嬉しそうにしていた理由が少し分かった気がする。


「ねぇ、咲ちゃん……」


 俺の背中におぶられている、幼馴染みの美咲が声を掛けてくる。うん、酒臭い。

 まだ少し辛そうにしているのを見るに、明日は二日酔い確定だろうと思う。


「どうした?」

「ごめんね、何か私のせいで変な事に巻き込んじゃって……」


 俺は彼女に一連の出来事を簡単に伝えていた。

 彼女は俺に迷惑を掛けた事に負い目を感じている様だ。


「気にすんなよ、結局、俺にもお前にも何もなかったんだからさ」

「だけど……」

「いいんだ。それに、俺は凄く楽しかったから」


 彼女を慰める為じゃない、純粋に楽しかったのだ。


「だから、いいんだ。ただ、次からは気を付けろよ? 今日はたまたま俺がいたから良かったものの」

「うん……」


 元々、美咲は合コンとか飲み会に率先して行くようなタイプではない。

 一浪して今年大学に入学した美咲は、友達作りが上手く行っておらず、偶々合コンのメンバーが足りないと誘われ、友達作りの一環でその誘いに乗ったのだと言う。


 まぁ、一度痛い目を見たのだから、学習するだろう。

 美咲は賢い子だからな。


「咲ちゃんってあんなに強かったけ? さっき喧嘩してた人、強くて有名な人なんだよね?」 

「この二年で色々あったんだよ……」

「教えてくれないの?」

「その内な……」


 異世界に行ってた事は、母ちゃんにしか話していない。

 というより、話しても俺の頭を疑われるだろうと思って俺と母ちゃん二人の秘密にしている。


 それから俺達は、他愛もない昔話を交えながら家に向かった。



 翌朝


 俺は陽が昇ると同時に起き上がる。


 二年という年月が長いのかどうかは分からないが、俺の習慣を変えるには十分すぎる時間だったのかもしれない。


 俺は、母ちゃんを起こさないようにそっと庭に出て、母ちゃんのパート先で不良在庫のため安く譲り受けた二つのバーベルを両手で持ち上げる。

 このバーベルは両端には五十キロずつ重りがついており、バーの重さを合わせると百二十キロはある。バーが長いため左右ぶつからずに持ち上げるのがコツだ。

 異世界帰りの俺にとっては、この重さは些か物足りないが……まぁ、無いよりはましだろう。


 それを、腕だけで持ち上げたり、肩に背負ってスクワットをしたりしながらを小一時間行ってあと、シャワーで汗を流す。


 これが最近の俺の日課だ。


 そうこうしていると、母ちゃんが起き出し、朝ご飯を作ってくれる。

 俺は、それを美味しくいただき……夕方のバイトまで時間を潰すのだが……。


「だめだ!」

「どうしたの? 咲ちゃん。美味しくなかった……?」


 母ちゃんが悲しそうな顔で俺を見つめる。


「違うんだ! 母ちゃんのご飯が美味しくないわけないじゃん!」

「なら、いいけど……何がダメなの?」


「いや、時間の無駄遣いをしてるんじゃないかなと思って……バイトを始めたはいいが、昼間は何もしていないのが……」


 母ちゃんは、あ~なるほどね? と言いたそうな顔で、「まだ、いいんじゃない? 向こうで辛い時間を過ごしてきたんだから、咲ちゃんに休息が必要だと、ママは思うな~」と、俺を慰めてくれる。


「いや、十分休んだよ。何か世のため、人の為になる事がしたいなぁ……」

「スポーツとか格闘技とかやるのは? 夢を与えられるよ?」

「そんな事したら、今まで一生懸命やってきた人達に申し訳がないよ」


 今の俺の反則的な身体能力であれば、何をやってもすぐに世界一になれるだろう。

 だが、それは夢に向かって長い間、血の滲む様な努力をしてきた人達に申し訳が立たない。


「もぅ、変なとこで真面目なんだから……」

「極力外に出て、色々と探してみるよ。俺が出来そうな事」

「うん、頑張って! 何をするにしても人様に迷惑を掛けないのであれば、ママは全力で応援するから!」

「うん、ありがとう」


 母ちゃんは、食後に後片付けをし、早々にパートに出かける。


「俺もそろそろ出掛けようかな」


 何か目的がある訳ではないが、何も行動を起こさないよりはましだろうと思い、出かける準備をしていると家のチャイムがなる。


「はーい!」


 玄関を開けて顔を出すと、そこには美咲が立っていた。


「おはよう、咲ちゃん」

「よっ! 身体は大丈夫か?」


 昨日の酒が抜け切れてないのか、美咲は若干辛そうにしていた。


「もう、最悪だよ! 頭が割れるように痛いし、パパにはめっちゃ怒られるし……もう、お酒なんて二度と飲まない!」

「ははは、みんな二日酔いの時はそう言うよな」

「私は絶対飲みません!」


 どうやら美咲は断固たる決意をしているみたいだ。


「それで、どうしたんだ?」


「その……昨日は、ちゃんとお礼が言えなかったから……ありがとうね、助けてくれて」


 美咲は少し恥ずかしそうにお礼を言ってくる。


「んなの、気にすんなよ! 俺とお前の仲じゃん!」

「ふふふ、それでもよ!」

「あはははは」


「今日はこれから何するの?」


 一頻り二人で笑いあった後、美咲は俺の今日の予定を聞いてくる。


「とりあえず、外に出てぶらぶらしてみようかと思ってる」

「ぶらぶらか……私も付いて行っていい?」

「いいのか? 大学は?」

「今日は講義がない日だから、暇してるのよ」

「大学生っていいなぁ~」

「頑張って勉強した甲斐があるでしょ?」


 確かに羨ましくはあるが、俺は勉強頑張ってなかったからな……頑張った人の特典だろう。


「じゃあ、行こっか?」

「おう!」


 外に出ると目の前には青空が広がっており、輝く太陽の眩しさが俺の気持ちを高ぶらせる。


 俺は新たな何かを求め、ワクワクした気持ちで家を後にした。

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