第8話 『壊し屋』
俺は美咲をおぶったまま、佐久間の後ろをついて行く。
ちなみに、佐久間と一緒だった他の男性陣はここにはいない。
佐久間と俺の明らかに異様な雰囲気を警戒して解散しようとしていた女の子達を佐久間を除く男性陣が必死に繋ぎ止めるため、二次会へと向かったのだ。
誰一人として付いて来ない事で、更に機嫌か悪くなった佐久間は、どんどん人気の少ない場所へと進んでいく。
普通の人ならここら辺で逃げたくなるだろうが、何事も無いように平然としている俺を佐久間は忌々しそうな顔で睨んでいた。
俺のバイト先の居酒屋から歩く事十分少々、ようやく目的地に到着したのか、佐久間の足取りが徐々に止まる。
崩れ落ちている看板にパーラーと書いてあるのを見ると潰れたパチンコ店か何かだろう。
「ここだ、付いてこい」
と一言だけを俺に残し、佐久間は馴れた様子で建物の裏口から中に入って行き、俺もその背中を追いかける。
建物の中に入ると、静まり返っていた建物の外とは打って変わって、薄暗いフロアでは騒々しい音楽が響き、その中には結構な人数の若者達が、踊っていたり、酒を飲んだり、ビリヤードやダーツ等を楽しんでいたり、各々好きな事をやっていた。
外にこの騒音が漏れていなかったのは、恐らくこの場所が元パチンコ屋だった事で防音がちゃんとしているのだろうと思う。
そんな事を考えながら周りをキョロキョロと見渡す俺を置いて、佐久間は人混みを掻き分けながらどんどん奥へと進んでいく。
女の子をおぶってポツンと立っている俺は、明らかに浮いているだろう。
周辺の人達から様々な好奇の視線を向けられ、少し気まずい……と思っていると、あれだけ騒々しかった音楽がピタっと止まり、俺に向けられた視線がある一人の男に集中する。その男は坊主頭で背丈は俺と同じくらいだが、体格は俺より二回りは大きくガッチリした体躯の持ち主だ。
「よぅ、俺の弟が世話になったらしいじゃねぇか?」
「弟? あんた、そいつの兄貴なのか?」
「あぁ、俺はこいつの兄貴で佐久間健一って言うんだ」
うん? 佐久間健一って……もしかして「『壊し屋』?」
「へぇ! よく知ってるじゃねーか!」
『壊し屋』佐久間健一。
モブ校生だった俺でも知っている有名人だ。
ここら辺で喧嘩最強を謳っており、喧嘩相手を肉体的にも、精神的にもトコトン“壊す”と言う事でつけられた通り名みたいなものだ。
モブな俺とは一生関わりのない人だと思っていたが。
こいつにも、狭山にも……異世界帰りの時点でモブとは程遠い人間になってしまったなと痛感する。
佐久間兄の後ろで、どや顔をしている佐久間弟。
こいつ、俺に勝てないと思って兄貴に泣きついたな……。
「あんたは有名だからな。そんな壊し屋さんが弟に泣きつかれてしゃしゃり出てきたと?」
俺の挑発にも受け取れる物言いに、周りがざわつく。
「アイツ、度胸あるな~佐久間さんの正体を知ってもあんな態度……」
「命知らずなただのバカだろ? すぐに佐久間さんにボコられて泣いて謝るっしょ」
佐久間兄の仲間らしき者達が様々な反応を見せるが、
当事者である佐久間兄は俺の反応を見て嬉しそうな顔をしていた。
「てめぇ、兄貴に向かって! 兄貴やっちゃってよ!」
俺の変わらず淡々としている態度を見て、虎の威を借りる狐の佐久間弟がうるさい。
「うるせぇぞ健二!」
「ご、ごめん、兄貴!」
佐久間兄の一喝で、佐久間弟はシュンとなり小さくなる。
「いつも言ってるよな? 俺はお前の尻拭いなんてしねぇって」
「わ、分かっているよ! ただ、相手が強そうならいつでも言えって……」
「そうだ、つえー奴なら大歓迎だ! 分かるぜ? おめーつえーだろ?」
佐久間兄は、目をギラつかせ、俺に問いかける。
「どうだろうな? まぁ、人並み以上は強いんじゃないか?」
「うははは! そうか、そうか! 人並み以上か」
何がそんなに可笑しいのか、佐久間兄は豪快に笑った後、再び先程の様なギラついた目を向ける。
「じゃあ、やろうぜ!」
「タイマンって事でいいのか?」
「がははは! いいな、お前! 俺を相手にするだけじゃなく、コイツら全員相手にするつもりだったのか!?」
「その覚悟はしてきたつもりだ」
「いい覚悟だ。健二にお前の爪の垢でも煎じて飲ませたいぜ。健二、ちょっとはこの男を見習ったらどうなんだ!? よえーくせに強くなろうとする努力もせず、俺の弟だからって威張りやがって!」
「ご、ごめん、兄貴……」
佐久間兄の叱咤により、佐久間弟は更にシュンとなる。
そんな弟にちッと舌打ちをうち、佐久間兄は再びを俺の方を向く。
「安心しろ。俺は大人数で1人をボコる様な真似は絶対しねぇ! あくまで、俺とお前の喧嘩だッ!」
絶対的強者だからこそ持てるポリシーかもしれない。
だけど嫌いじゃあない。
この感じは何だろう……タイプは違うが、
あの世界で唯一俺に闘いの楽しさを教えてくれた、アイツを見ているみたいだ。
「アンタ、漢だな! 嫌いじゃないぜ? アンタみたいな真っ直ぐな漢」
俺はニィっと笑い、俺の中の彼に対しての評価をそのまま伝える。
「あははは! そっか、嬉しいね! ここ最近は、俺に喧嘩を吹っ掛けてくる根性のある奴等が居なくて、飽々してたんだ! さっさとヤろうぜ?」
「あぁ、そのまえにちょっと待ってくれ」
俺は、美咲を近くのソファーにそっと下ろし「こいつに手出したらただじゃおかないからな?」とソファー付近の奴らに脅しをかけ、佐久間兄が待つ場所へと戻る。
見回すと、いつの間にかオーディエンスと化した彼の仲間達が、俺と佐久間兄を中心にまるでコロッセオの様に壁を作っていた。
「待たせたな」
俺は正面の佐久間兄と対峙する。
オーディエンスは、そんな俺達を固唾を飲んで見ていた。
「うーん、気持ち悪い……」
急に発せられた美咲の声、それが開始の合図だった。
「うおりゃあああ!」
佐久間兄の右フックが飛んでくる。
俺は、それを両腕を交差させて受け止める。
彼の攻撃はそれで止まらなかった。
左右のフックをベースに、ショートアッパーやキックを織り混ぜたコンビネーションで、的確に俺の急所を狙ってくる。
体格に似合わない、速く鋭い攻撃に彼のパワーがのしかかっており、流石喧嘩最強を謳っているだけの事はあると、感心した。
だが、それはあくまで、この世界の人間を相手にした場合であって、異世界帰りの俺には通用しない。
佐久間兄は、自慢の攻撃を全て俺に防がれている事態に、焦り半分嬉しさ半分と言った表情だった。
オーディエンスも彼の攻撃を防ぐ俺を見て、呆気に取られシーンとなっていた。
攻撃が止み、佐久間兄は俺から距離を取る。
「俺の攻撃が全然通用してないなんてやべぇな! お前、名前は?」
やべぇとか言って、全然やばそうな顔なんてしていない佐久間兄が俺の名前を聞いていたので、「服部咲太」と簡潔に答える。
「そっかあ! 強いな咲太!」
「いきなり呼び捨てかよ……」
「んな、堅苦しいこと言うなや! おらぁ、続きやるぞ! 咲太ッ!」
佐久間兄は、再度俺に突っ込んでくる。
今度は俺も動き出す。
流石に本気を出したら、彼を殺してしまうため、彼には悪いが、ある程度力を抑えるつもりだ。
佐久間兄は、今度は力任せに大振りなパンチを放ってくる。俺はそれを容易くよけ、がら空きになっている彼の腹部に拳を撃ち込む。
「うがぁ……」
佐久間兄から苦痛そうな声が洩れる。
そして俺は続けざまに、腹部を抑えながら若干前屈みになっている佐久間兄の顔面に、遠心力を乗せた裏拳を当てると、佐久間兄はオーディエンスの壁に吹き飛んだ。
『壊し屋』佐久間健一が吹き飛ばされると言う、彼らに取ってはあり得ない光景に、オーディエンスは、ただボーッと立ち尽くし、倒れている佐久間兄を見つめていた。
「う、うそ……だろ? 兄貴! 何ふざけてんだよ……立ってくれよ! 兄貴は最強なんだろ!」
佐久間弟は、真っ青な顔で必死に叫ぶ。
そんな弟の声に反応したかどうかは分からないが、ゆっくりと佐久間兄が起き上がる。
「ぎ、ぎゃあぎゃあ喚くな……健二……」
「兄貴ぃッ!」
凄いな……手加減はしたけど、まさか起き上がるとは……。
「ちょ、ちょっと咲ちゃん……何してんの……? ここどこ? うっ、ぎもぢわるい……」
空気の読めない我が幼馴染みが、オーディエンスを掻き分けて顔を出してきた。
「美咲、お前は寝てろ! 後で家に送るから」
「ちょっと、どういう事よ! うぷっ!」
美咲は血相を変えて、先程まで横たわっていたソファーの隣に設置してあるゴミ箱に急いで向かい……吐いた。
ゲェゲェ吐いている様子に、オーディエンスは顔をしかめる。
「はぁ~我が幼馴染みながら……」
俺は額に手を当て、深く溜め息をついた。
「待たせたな……」
そんな事をしている内に、佐久間兄が立ち上がり、俺の方へ寄ってくる。足が少し震えているのを見ると、俺の攻撃は大分効いているらしい。
「すまない、俺の幼馴染みが水を差した」
「気にすんな! それにしても、やっぱりつえーな! 全然勝てる気がしねぇ!」
「はぁ……俺としてはここで終わりにして、あそこで粗相してる幼馴染みを連れ帰りたいけどな……」
切実にそう思った……。
「もう少し付き合えよ、白黒ハッキリつけようぜ!」
佐久間兄は、震える足をものともせず、俺に向かって来くる。
勝てないと分かっている強者相手に、俺も彼と同じ様に立ち向かう事が出来るだろうか? それもあんなに楽しそうな顔で……。
俺は、あえて彼の攻撃を受ける。
「かってぇ! どうすればそんな面になるんだよ!」
その言葉とは裏腹に、佐久間兄はまたもや嬉しそうな顔をしていた。
「魂の籠った良い拳だったぜ!」
俺はお返しとばかりに、佐久間兄の顔に拳を放つ。
「よく言うぜ……」
その言葉を最後に、彼は意識を放した。
「うぉっ、マジで勝ちやがった!」
「健一君をあんなにあっさり……化けモンだな……」
一瞬の静けさの後、ざわざわと、オーディエンスが騒ぎ出す。
「兄貴! おい、兄貴! しっかりしろ!」
佐久間弟は泣きそうな顔で、佐久間兄を揺さぶっている。
誰か止めてやれよ、脳震盪おこしてたらどうすんだ。
「じゃあ、俺は帰るから。起きたらソイツによろしく言っといてくれ」
俺の言葉に、佐久間弟は親の仇くらいの勢いで俺を睨みつける。てか、俺こいつに睨まれっぱなしじゃね?
「これ1本貰うな?」と、俺は断りを入れて、バーカウンターに置いてあったペットボトルの水を一つ手に取る。
「美咲、これで口をゆすいで、後は飲め」
「咲ちゃ……ん」
美咲は俺に言われた通り、口をゆすぎ、水を一気に飲み干した。
「帰るぞ!」
「咲ちゃん、歩けないからおんぶ」
美咲は未だにフラフラしていて、そのペースに合わせると家に帰れるのがいつになるか分からないため、俺は美咲をおぶる事にする。
「はぁ~しょうがないな……ほれ!」
「うひひ!」
うひひって……ってこいつまだ酔ってるな。
美咲は、ご満悦な様子で俺の背中におぶさる。
うっ、酒くせぇ……。
さっきまでは気を張っていて感じられなかったが、俺の背中に当たっている美咲の胸が、想像していたよりボリューミーな事に驚きつつ、俺達は家路についた。
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