第7話 バイト始めました。

「新規四名様入りました!」

「「いらっしゃいませぃ!」」


 俺は居酒屋でバイトを始めた。


 この世界に帰ってきて三週間が経った。

 二年間辛い思いをしてきたんだから、もっとゆっくりしてても良いのにと母ちゃんは言っていたが、そういう訳にはいかない。

 俺はこの世界に戻って来れなかった、嘗ての仲間達の分まで一生懸命生きると決めた。

 だから一日だって無駄に出来ないのだ。

 

 そして俺が考え出した答えは、フリーターからの脱出だ。

 一般人としての生活に二年間のブランクがある俺だ。

 いきなり就職活動をするのは少し腰が引けたため、リハビリがてらバイトをする事にした。


 当面の目標は、金を貯めて免許の合宿に行く事だ。

 就活をするにしても、資格の欄に何もないのは心許ない。

 最近は、若者の車離れが加速してると言われてるが、何と言っても一番書き易く実用性のある資格は自動車運転免許だと思う。


 とりあえず当面の目標は決まった。

 戦争で生き残ると言う目標に比べれば、かなりハードルが低いかも知れないが、それはそれ、これはこれだ。

 これは俺の持論だが目標に向かって生きる事が出来る人間ほど、人生を無駄なく使える人間だと思う。


 無惨に散っていった仲間達の為にも、俺は常に目標を持つ人間になろう……。

 

 今日も俺のバイト先では、様々な人達が酒の席を楽しんでいる。

 日々の仕事によるストレスを発散させるスーツ姿のおじさん達、幸せそうに談話を交わしているカップル、そして、ただバカ騒ぎがしたいだけの若者達……そこにいる人達の、様々な人生模様が映し出されているかのようだ。


 人が生きていると言うのは、こう言う事なんだろう。

 俺達戦闘奴隷の日常からはあり得ない光景に眩しさを感じる。とつい数ヶ月前までの日々を思い返す。

 

「おい、新入りボケッとすんな! これ持ってけ!」

「あ、はい!」


 いかんいかん、センチになるな。

 今は仕事に集中だ!


「お待たせしました! ポテトフライ三つです!」


 俺は、個室のお客さんが注文したポテトフライを運ぶ。

 恐らく合コンでもしているのだろう。男と女の割合が半々になっていて、所々男女が入り混じっていた。実に羨まし。俺もいつか合コンなんてものをする時がくるのだろうか?


「おせーんだよ!?」

「いいから、テキトーにそこに置いて消えろ!」 


 う~ん、イラッとする……けど、我慢だ。これが働くと言う事だ。人様からお金を貰うという事なのだ。

 言われた通り、ポテトフライの皿をテーブルに置いて出て行こうとした俺の目に、酒に酔ったのか横たわっている女の子の姿が見える。

 居酒屋だし、普段ならそんなものだと気にもしないが、横たわっていたのは俺の幼馴染みの美咲だったのだ。


 しかも、男共はそんな美咲の胸元に手を掛けようしていた。


「おいッ!」


 俺は堪らず声を上げる。


「あぁん? おめぇ何見てんだ?」

「早く出ていけよ、目障りなんだよ!」


 そこにいた男共は、酒も入っているせいか、やけに喧嘩腰で俺に突っかかってくる。


「なぁ、そいつに何をしようとしてるんだ?」

「はぁ? てめぇ、何バイトの分際でタメ口聞いてんだ? 舐めてんのか?」

「てめぇには、かんけーねぇだろが、早く出てけよ!」

「ムカつくなこいつ、おい、てんちょー呼べ!!」


 男性陣は今にも殴り掛かって来そうな勢いだが、こんなもやしっ子どもなんて全然怖くない。

 それよりも美咲だ!


「そいつ、俺のダチなんだ。酔っぱらってるかどうか分からないけど、そんな状態で放って置けるかよ」

「やだ、美咲のダチだって!」

「結構かっこいーじゃん!」


 怒ってる男共とは違い、女性陣は通常運転だ。


「ちょっと、服部くん! 何してんの!」


 そんな俺達の様子に気づいた店長が、慌てて止めに入る。


「おい、バイトの教育がなってねーだろ!」

「申し訳ございません! ちゃんと言い聞かせますから! ほら、服部くんも、謝って!」


 店長は、必死に俺に謝れと言うが……言いたい事は言わせて貰う。


「店長、コイツら俺のダチが酔っぱらってる事をいい事に体を触ろうとしていたんです。そんなの放って置けるわけないっす!」

「ちょ、服部くん!」

「なぁ、お前何様だ?」

 男の一人に俺は胸ぐらを掴まれ「表出ろや!」と引っ張られる。


「嫌だけど?」と返した俺は、男の手首を握り、少しばかり力を入れる。


「いてててて! てめぇ、放せぐぉら!」


 男の手が瞬く間に紫色になる。


「放すのは……お前だ」

「く……っ」

 俺のドスの効いた言葉に、堪らず男は俺を放す。

 先程までいきがっていた男性陣は、俺達のやり取りをみてビビったのか誰一人声を発せずにいる。


「服部くぅん……」


 店長が泣きそうだ。はぁ~しょうがないな……。俺は、男共に頭を下げる。


「お客様方、失礼いたしました」

「てめぇ、今更謝ったからって済むと思ってんのか!」


 俺が謝った事で先程まで若干ビビっていた男共がこれ見よがしに責め立てるが、


「思ってないですが、もし、そいつに指一本でも触れたら……」


 俺は、空になったビールジョッキを目線の高さに持って来る。


「な、なんのつもり、だよ」

 明らかに警戒している男共に向けてジョッキに力を込めると、何とも言えない音をたてジョッキは粉々になる


「「――ッ!?」」


 粉々になったジョッキに男共の顔が真っ青になる。


「お客様の頭が、こんな事になりますので」


 俺の脅しが効いたらしく、男共は高速で頭を縦に振っていた。まぁ、俺の胸ぐらを掴んだ奴だけは最後まで俺の事を睨んでいるが。


 自分で粉々にしたビールジョッキの破片を綺麗に片付け個室を後にした俺は、店長に首根っこを掴まれ事務室へと連行される。


「もぅ、困るよ~服部くん……」


 店長は中西明美さんと言って、二十代半ばの可愛らしい女性だ。

 因みに独身だ。


「すみません、店長……幼馴染みがあんな事になっていたので……」


 俺は、しゅんとなり、店長に謝罪する。


「気持ちは分からなくもないけどさぁ~はぁ……次からは気をつけてね? 君は、仕事も丁寧だし、誰より一生懸命だから助かってるのよ。だけど、あんまり問題を起こしちゃうと、私も守れないからさ……」


 店長の言うことは尤もだ。

 サービス業でお客さんと喧嘩をするような店員は論外だろう。いち社会人として、これは反省しないといけない。


「はい、気を付けますッ」

「よし! 今日はもう上がっていいよ。どうせ、あの幼馴染みの子をそのままにしておけないんでしょ?」

「いいんですか? 忙しいのに……」

「いいから。どうせ後三十分で上がりなんだしさ!」

「あ、ありがとうございます!」


 俺は店長に深々と挨拶をし、部屋を出ていく。


「彼、あんな風に怒るんだ。カッコいいところあるじゃん」


 店長は誰もいない事務室で一人呟いた。



 ちょうど俺が着替えて出てきた時には、俺と一悶着あったグループは会計を終え、店から出て行こうとしている所だったが、案の定、美咲は未だに目を覚まさないらしく、椅子に横たわっていた。


「はぁ、美咲どうする?」

「二次会無理っしょ? 置いていく訳もいかないし……」

「もう、めんどーだから置いて行こーぜ?」

「こいつのせいで、気分悪いさ!」

「あいつ、ぜってぇ許さねえぇ……」


 扱いに困っている女性陣に対して、男共は薄情にも美咲を置いて行くと言い出していた。そして、俺の胸ぐらを掴んでいた男は恨み節を言いながら、どこかに電話をしていた。

 

 まぁ、予想通りの展開になっていたな。早く上がらせてくれた店長に感謝しないと。


「なぁ、そいつ俺が預かるよ」

「え? いいの?」

「あぁ、家が隣なんだ」

「へぇ、幼馴染みってやつ? 本当にいるんだね、そんなの」


 俺と目も合わせようとしない男性陣とは正反対に女性陣が、キャッキャッしている。


「おい、美咲。起きろ」

「う~ん……」


 だめだこりゃあ。しゃーない、そのままおぶって帰るか。

 俺が美咲を背中におぶり、店を出ようとしたその時、


「おい、てめぇ面貸せよ」


 急に横から、先程俺の胸ぐらを掴んでた男が割り込んでくる。


「佐久間、止めようぜ? あいつやばそうだし!」

「こんなやつと関わらないで、二次会行こうぜ」

 俺の胸ぐらを掴んでいた男は佐久間というらしい。

 ひょろっとした男が、俺の異様さに気づいたのか、必死に佐久間を止めようとする。


「うるせー! このままで、引き下がれるかよ!」


 佐久間は大分ヒートアップしており、周りが止めようとしても聞く耳を持たない。


「俺としては、このまま帰らせて欲しいんだけどな。こいつの事送ってやらないと

だしよ……それに、お前じゃ俺に勝てないぞ? 惨めな思いをするだけだぞ?」


 佐久間は、余裕たっぷりの俺に対して、苦虫を噛み潰した表情で、「いいから、ついてこい。ついてこないと、これからその女がどうなるか保障しない」と脅し文句を吐き捨て、居酒屋から出ていった。


「はぁ~面倒くせぇ……」


 しょうがないと思い、俺は渋々奴について行く。もちろん美咲をおぶったままで。

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