第6話 怒り心頭

 ――狭山組の拠点である狭山ビルの一室。


 事務所とは違い、その空間の丁度中心部に3人掛けの虎柄のハイバックソファーがポツンと置かれており、それ以外は何も無い。

 この場所は、組の者達が、人を連れ込んで痛めつける場所として使われている、通称【会議室】だ。

 その会議室では、白スーツを見事に着こなすオールバックの男がソファーに座っており、その両サイドに20名程のカタギとは思えない強面の男達が並んでいた。


 オールバックの男は狭山銀。狭山組の組長だ。


「あんた達、こんな事してタダで済むと思ってるの!? 犯罪よ! 犯罪!」


 会議室では両手を縛られ地べたに座らせられている咲太の母、舞子が、目の前でスマホをいじっている狭山に怒りをぶつける。


「済むと思ってるからやってんだよ、ぎゃははは!」 


 狭山は、さも当たり前の様に返し、ワザとらしく笑い出す。

 そんな狭山を舞子はギッと睨む。


「そんな顔すんなって、もうすぐお前の大好きな息子が来るからよぉ」


 先程、舞子はスマホを奪われた。

 そして、自分のスマホを使って咲太を誘い出した事を舞子は知っている。


「あの子に何をする気!? あの子に指一本でも触れたら、ぜってぇ許さねぇからなッ!」


 徐々に舞子の口調が荒くなる。


「お~こえーな? お前、元ヤンか? いいね、顔も悪くねーし、嫌いじゃねーぜ? お前のクソ息子ボコって、そいつの目の前でお前を犯してやるよ! ぎゃははははは!」

「くそっ……(咲ちゃん、来ちゃダメ……)」


 舞子は、最愛の息子である咲太がこの場に来ない事を切実に願うしかなかった。


□◆□◆□◆□


 電話を切った俺は、俺の出せる最大速度で狭山ビルに向かう。

 狭山ビル。場所は把握している。

 まだ俺が高校生の頃に出来たヤクザの事務所で、危ないから近づかないようにと、仲間内で話していた。

 モブ校生の俺が決して関わる事はないだろうと思っていたのだが……。


「まさか、こんな形で来るとはな……」


 俺は現在、狭山ビルの前に立っていた。

 ビルは3階建て。茶色いレンガ造りで1階には狭山金融と書いてある看板が飾ってあるが、今日は休みなのか、シャッターが閉まっていた。

 ビルの入り口を探すためキョロキョロしていると、シャッターの横にある鉄製の扉は目に入る。

 何台もの防犯カメラが設置されているところを見ると恐らくあそこから入れるだろうと思い、扉に近づきドアノブに手を掛けたその時だった。


「ちゃんと来たじゃねーか!」


 扉から昨夜家に来ていた取り立て屋の2人が出てきた。

 アニキとサブだ。


 扉付近に設置されている、防犯カメラで俺の姿を確認して出てきたのだろう。


 それにしても、

 ニ人とも仲良く右手に包帯をしているところを見ると、ギャグにしか思えないが今はそんな事を考えている場合ではない。

 

「早い到着だな? そんなにママが大事なのか? ぎゃはははは」


 何が可笑しいのかサブはゲラゲラと笑っている。


 俺は無言で扉に近づき、扉の縁に手を掛ける。


「おいおい! 焦るなよ~ちゃんとママの所に連れてって行ってやるからよ~」

「今頃、組長がお前のママを犯してる所だから、ママのエッチな所が見れるぜ~ぎゃはははは「メキメキ!」は……は?」


 厚さ10センチはあるだろう扉の縁に俺の手がめり込む。

 パキッ!!

 そして、重厚な扉は俺の右手によって引きちぎられる。


「う、うそ!?」

「な、な、何を……ぎゃああ!」

 

 そして、放った俺のローキックがアニキに炸裂すると、アニキの左足は俺のローキックにより刈り取られ、辺りに血を撒き散らしていた。


「え……っ? あ、アニキ? ひ、ひぃぃ! ば、化け物!!」 


 完全にパニック状態に陥ったサブは、血を被った姿のまま、おぼつかない足で階段を掛け上がり、俺から逃げていった。


「いてぇ! 足が! 俺の足がッ!」


 片足を無くしたアニキの首根っこを左手に、先程引きちぎった重厚な扉を右手に持ち、俺はゆっくりとサブの掛けの上がった階段を昇って行った。


□◆□◆□◆□


 タァン!


 ドアが乱暴に開けられ、サブが血相を変えて入ってくる。


「く、く、くく、組長!」

「うるせぇぞサブ! あぁん? お前、どうしたんだ? 血だらけだぞ?」

「ば、化け者だ! あいつは化け物だ! ドアは外すし、アニキの足は取れるし……と、とにかく、あいつはヤバイっす!」


 サブは、パニック状態になっており、脈略の無いを言葉を口走っている。

 そんなサブに組長である狭山は、「てめぇ、何訳の分かんねぇ事ほざいてんだ! ちゃんとしゃべれやッ!」と立ち上がり大声で怒鳴り散らす。


「化け物なんすって!」


 本来であれば、狭山に怒鳴られビビるサブだが、今はそれどころではなかった。狭山よりはるかに恐ろしい存在を目の当たりにしたからだ。


「てめぇ、アニキ置いて逃げるなんて中々薄情なやつだな? ホラよ!」


「――っ!?」


 俺は、未だに切断された左足から血を流しているアニキを、サブに目掛けて放り投げる。

 その光景を唖然と見ているむさ苦しい男の間に、両腕を後ろに縛られている母ちゃんの姿が目に入る。


「母ちゃん!」

「咲ちゃん! 逃げてッ!」

「心配ないから、直ぐに終わらせるから少し待ってて」

「咲ちゃん……」


 母ちゃんが犯されてるって聞いてキレてしまったが、見たところまだ何もされていないようだ。そんな状況にホッとする。


「岡田……。てめぇ、岡田の足に何をした……?」


 白いスーツを着た男が、眉間にシワを寄せながら問いかける。

 アニキは岡田という名前らしい。どうでもいいけど。


「さぁな? それより、てめぇよくも母ちゃんをこんな目に遭わせてくれたな? 覚悟は出来てんだろうな?」

「おいおい、てめぇ自分の立場分かってんのか?」


 白いスーツを着た男は、岡田の異常な状態をみても、数的有利に絶対的な自信を持っており、勝利を確信しているのだ。

 あっちの世界で数万の敵と対峙してきた俺が、これくらいの人数でビビる訳もなく。


「立場? なんだそれは? あ~もしかして、高々この人数で俺がビビると思ってるのか? おうりゃあ!」


 右手に持っていた鉄製の扉を奴らにぶん投げると、誰も反応できず、白スーツの右側に立っていた男達は、一瞬で吹き飛ぶ。


「母ちゃん、今ほどくから!」

「なっ……」


 俺は、奴らが吹き飛ぶ間に、高速で母ちゃんの傍に近づき、母ちゃんの両手を結ぶロープを力任せに引きちぎった。


「てめぇ、いつの間に……それに何て馬鹿力だ……」


 白スーツは驚きの連続らしい。

 若干顔色の優れなくなってきていた。


「顔色悪くなってんぞ? さっきまでの余裕はどうした?」


 俺は母ちゃんと立ち上がる。


「てめぇ……」

「さて、ちゃっちゃか終わらせるぞ?」


 俺は一瞬で、今度は残っている左側の男達に詰め寄ると、1人、また1人と殴り飛ばす。


「何なんだ、てめぇは! 何なんだ!?」


 白スーツは、自分の部下達が次々と倒れていく様に、開いた口を閉じれないでいた。

 そして、数分も経たない内に、この部屋に立っているのは、俺と母ちゃん、そして白スーツだけになった。


「う、うそ……だろ?」

「おいおい、コイツら弱すぎて話にならねぇぞ?」

「くっ……」

「咲ちゃん、凄い……」

「さて、お前で終いだな?」

「ハン! 調子にのるなよ!」


 白スーツは、座っていたソファーの下から拳銃を取り出す。


「いくらてめぇが強くても、これには勝てねぇだろ!」

「それで?」

「てめぇにはそれ相応に痛い目にあって貰う。コイツらの慰謝料と迷惑料で借金も増やす。その女は犯してAVにしてやるよ! 人妻物は売れるからなあ! ぎひひひ!」


 また、母ちゃんを犯すとか言いやがった……イライラが止まらない。

 俺は、一歩ずつ白スーツに近づく。


「て、てめぇ! これが見えねぇのか!?」

「見えてるぜ? それで? 撃たねぇのか?」

「本気で撃つぞ!? 脅しじゃねぇぞッ!」

「撃ってみろって。ビビってんのか?」


 向けらている銃口など眼中にないと言わんばかり、俺はどんどん白スーツとの距離を詰める。

 そんな俺を見て母ちゃんは、顔面蒼白になっていた。


「くそッ! 死ねええええ!」


 パン! パン! パン!


「いやあああ! 咲ちゃん!」


 母ちゃんの叫び声と同時に、乾いた発砲音が室内に鳴り響き、三発の銃弾が俺に向かって放たれる。

 こいつ、震えすぎて銃口が定まってねぇ。

 三発の内の一発は、下手すると母ちゃんに当たるかもしれない。

 そんなわけにはいかないので、俺は向かってくる銃弾を全て掴み取る。


「えっ? うっそ……?」


 白スーツは青い顔を通りすぎ、アホみたいな顔になっていた。


「終わりか?」

「う、うるぜえぇぇ! 何かの間違いだあああ! 今度こそ死ねええええ!」


 パン! パン! パン!


 銃弾がまた襲ってくるが、俺は今回も全て掴みとり、奴の目の前に弾丸をパラパラと落とす。


「あ、ああ……ば、ばけもの……」


 白スーツは、銃を床に落とし、尻餅をつく。


「今度はこっちの番だな?」

「く、来るな……来るなああああ!」


 俺は奴の頭を掴み、力を込める。


「いててててて! 止めろ! 頭が潰れるううう!」

「このままトマトちゃんになってみるか?」

「止めてくれ! 悪かった! もう、お前らには手を出さねぇから!」

「あぁん? 止めてくれ? 手を出さねぇ? てめぇ、自分の立場分かってのか?」


 俺は奴の頭に力を込めながら、先程言われた言葉をそのまま返す。


「いててて! 止めて下さい! もう、あなた達に手を出しませんから! お願いします!」


 白スーツは、鼻水をダラダラ流し、泣きながら懇願していた。


「命令だ。一ヶ月以内にあのクソ親父を探しだして借金を取り立てろ。一ヶ月以内だぞ? 出来なかったら分かってるだろうな?」とたっぷりと脅しをかけると、白スーツは、首がもげるくらい首を縦に振り「わ、分かりした! 一ヶ月以内に必ず探し出します! だから、もう許して……」と泣きながら俺に懇願する。


 あのクソ親父だけは、ぜってぇ許さねぇ!

 自分のツケは、自分で払わせないと。


 もう用事は済んだので、白スーツを投げ飛ばすと、やつは壁に衝突して、そのまま気を失った。


 そして、母ちゃんのいる方へと振り返り何もなかったかの様に笑顔を向ける。


「帰ろう、母ちゃん」

「うん!」


 帰り際に、奴等の事務所に置いてある金庫から慰謝料を貰い、俺達は家路についた。


□◆□◆□◆□


「久美たん!」

「けいたん!」


 沖縄県に属する離島。

 その海辺でイチャイチャしている一組のバカップルがいた。


「幸せだな~。綺麗な海で大好きな君と一緒に毎日ゴロゴロして過ごせるなんて!」

「ふふふ、それにしても良かったの? ヤミ金なんかに手出して」

「なんくるないさぁ~。元妻が何とかしてくれるさぁ。家もあるし、僕と駆け落ちした事で家出中ではあるけど、彼女は元々金持ちのお嬢様なんだよ。僕達が心配する事はないさぁ~。それに、アイツらもこんな所までは追い掛けてこないさぁ~」


 “けいたん”と呼ばれているこの男の名前は、田中圭太。

 この男こそが、浮気がバレて離婚届けを舞子に叩きつけられ、ヤミ金から借金をして蒸発した咲太の“クソ親父”なのだ。少しは罪悪感に苛まれているかと思いきや、圭太は何事も無かった様にただ今の幸せな生活を満喫していた。


「さて、そろそろ戻ろうか? 今夜も寝かさないさぁ~なんてね! あはは」

「もぅ、けいたんのバ、カ。うふふふ」


 そんなバカみないな会話を延々と繰り返しながら、圭太は愛人である久美と仲良く手を繋ぎ、久美の実家に戻る。


 久美の実家には、現在誰も住んでおらず、逃亡中の二人が過ごすにはうってつけの場所だったので、そこで自堕落な生活を送っていたのだ。


 家に辿り着くため最後の曲がり角を曲がり視界に入ってきたのは、久美の実家の周りに停まっている数台の黒いバンだ。


「何だろう? 何か、あったのかな?」

「けいたん、ごめんね~。けいたんの事は愛してるけど、自分の身の方が大事だから~」

「うん? 久美たん、何を言ってるの?」


 次の瞬間、圭太は、久美が発した言葉の意味を知ることになる。


 バンのスライドドアが一斉に開かれ、そこからゾロゾロと人相の悪い男達が現れる。

 そして、一番最後に現れたのは、白いスーツのオールバック。

 狭山組の組長である、狭山銀だ。


「てめぇ、覚悟はできてんだろうな?」


 彼の登場に圭太は、顔面蒼白になる。


「う、うそ……え!? くみたん?」

「ごめんね~けいたん。この人達が協力しなかったら、酷い事するって言うから仕方なく……てへっ」


 久美たんは、ペロッと舌を出していた。

 うん、かわいい……って、そんな事を考えてる場合じゃない! と圭太は気を持ち直す。


「てめぇに貸した金……きっちり利子と迷惑料つけて返して貰うからな?」

「ま、待ってください! ママが、舞子がいるじゃないですか!? 舞子は家も持ってるし! 実家も金持ちなんですよ!? 舞子から返して貰ってくださいよ!」

「ふざけんなよ? 金を借りたのはお前だ。俺はお前から返して貰う」

「そ、そんな……」


 何を期待していたのか、狭山の当たり前な返答に、圭太は崩れ落ち絶望する。


「お前のせいで……くそがっ! 逃げられると思うなよ?」


 狭山の言葉は既に、圭太の耳には届かなかった。


□◆□◆□


 母ちゃん拉致事件から二週間が過ぎた頃、俺は狭山組の組長である狭山銀からの電話で俺がボロボロにした狭山ビルの一室に来ていた。


「それで、狭山さん。電話では見つかったって聞いたんですが?」

「は、はい! ヤツは沖縄の女の実家に逃げ込んでました!」


 狭山は、メチャメチャ汗を流しながら、俺に報告をしていた。


「それにしても、良くこんな短期間で探し出しましたね? ウチにちょっかい掛けるより、最初から必死になって探してた方が、お互いハッピーだったんじゃないですか?」


 一年間も母ちゃんに迷惑をかけたコイツらが、俺が脅したらたったのニ週間であのクソ親父を探しだした事に対して、俺は呆れてしまい、少し棘のある言い方になる。


「全く以ってその通りです! ただこれだけは言わして欲しいんですが、元々、親父さんの方はずっと探してました。俺達も金は返して貰わないと生活できないんで……」

「だったら、母ちゃんに手出してんじゃねぇ!!」

「ひぃ!」


 こいつの自分勝手な言い分に腹が立ってしょうがない。


「まぁ、いいでしょう。あなた達も痛い目にはあっていますし、元々は借りたものを返さないで蒸発した、あのクソ親父が悪いので……お互いこれで、チャラにしましょう」

「は、はい!」

「これから、ウチには絶対関わらない事。クソ親父には、ちゃんと取り立てる事。これだけは守ってください」


 もう、こいつらとは関わりたくない。


「はい! 必ず守ります!」


 俺はこれ以上コイツらの顔を見たくなかったので、早々にその場を後にした。

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