第2話 地獄の日々
俺の名前は、
高校を卒業して、進学も就職もせずダラダラとゲーム三昧の日々を送っていたある日の午後、それは突然現れた。
それというのは、車のタイヤくらいの大きさの黒い禍々しいブラックホールの様な渦だ。
それがいきなり俺の部屋に現れたのだ。
普通であれば急に現れた得体のしれない物体に対し、恐れを抱き、警戒するものだが、俺は違った。明らかに怪しいそれに、俺は歓喜したのだ。
当時の俺の脳内はこれだ。
—―もしかして、これは異世界に行けるチャンスじゃないのか!?
—―こんなつまらない日常と別れて、俺は異世界で無双ハーレムが出来るんじゃないのか!?
そんな期待と、禍々しい渦に対する恐れに挟まれて悩んでいると、渦はゴゴゴゴゴゴと音を出し始め、音と共に俺の足はゆっくりと渦に吸い寄せられた。
この時既に俺の脳内は、恐怖でいっぱいだったので、
必死に抗ってみるが……健闘虚しく、俺はなす術もなく渦に飲まれてしまった。
—―結果、俺は異世界に行く事ができた。
ただ、そこから俺の地獄が始まった……。
渦を抜けて辿り着いた場所は、薄暗くカビ臭い教室ほどの広さの部屋だった。
そこには、俺以外にも結構な人数が集められていた。
彼らは現代人らしい格好をしており、俺みたいな東洋人や白人、黒人など様々な人種が入り混ざっており、パニック状態に陥っている者、自分の置かれた状況に思考が追い付かず呆けている者、期待に満ちた顔で興奮している者など、様々な反応をみせていた。
しばらくして、そんな俺達の前に現れたのは、卑しい顔にデップリとした体で豪華な服を纏った男だった。王冠の様な物を被っているのを見ると、この男は王か何かであろうと容易に想像する事ができた。
俺を含めた数名の者達は、この瞬間確信したであろう。
異世界に来た、と。
そして、王の口からのテンプレ台詞を心待ちにしていた俺達に放たれた言葉によって、俺達は絶望の淵に落とされる事となった。
「これが奴隷共であるか、穢らわしい……早く使えるようにして、戦場に放り込むのである」
その一言だけを残し、王はその場を後にしたのだ。
唖然としていると、俺の近くにいた40歳くらいのオッサンが「ステータスオープンッ!」と叫んでいた。気持ちは分かるが……オッサンの様子を見るかぎり、恐らくステータスは見れていないのだろう。
それでも何度も唾を巻き散らして叫ぶオッサンは、兵士達にボコボコにされ血だらけで泣いていた。
その光景を見た瞬間、ここが俺の憧れていた異世界とは違うと痛感した。
—―その日を境に地獄の様な日々を過ごす事になる。
異世界から召喚された者達は、成長する事によってこの世界の人に比べてあり得ないほどの強さを手に入れる事が出来るらしい。
但し、それは成長したらの話だ。
召喚されたばかりの俺達は、この世界の人と比べれば赤子同然。
俺達はなす術もなく、奴隷紋を刻まれ抵抗出来ないようにされていた。
そして、次の日から早速俺達の訓練が始まる。
訓練は過酷を極めた。
殆どが平和な環境で育った俺達は、毎日の様に馴染みのない剣術や格闘術などの訓練を受ける。
毎日生傷が絶えない俺達は、よっぽどの事がない限り回復魔法や薬などで治してもらえなかった。俺達召喚者は、そうした方が自己再生能力が高まり、もっと強靭な体を手に入れられると言うのだ。
また、訓練も訓練だが生活環境の劣悪さはもっと辛かった。
淀んだくさい水、腐ったような食べ物、トイレなんてない蛆虫だらけの牢屋の様な場所での生活……この劣悪さが、俺達の体を状態異常に掛からないように作り変えるらしい。
何度も自ら命を絶とうと試みた仲間も少なくなかっただろう……。
だが、右肩に刻まれた奴隷紋がそれを許さなかった。
俺達に自害は禁止されているのだ。なら、お互いに殺そうと試みるがそれも禁止されている。
出口のない迷路をただ彷徨っているだけだった。
こんな生活でも半年ほどすれば、環境に慣れてしまうのが人間だ。
俺達はメキメキと強くなり、兵士達との訓練でも怪我を負う事も無く、劣悪な環境の下病魔に犯される事も無かった。半年間しか訓練していない俺達が、熟練の兵士達を圧倒するだなんて、なるほど、これが異世界人だから、ということなのだろう。
それから一ヶ月後、俺達は戦争に駆り出される事になる。
俺達は、最前線で自軍の倍はあるだろう軍勢に立ち向かう。
人の肉を斬る感触やそこら中に漂う血の臭い、臓物をぶちまけている死骸に吐き気をグッと堪えて、ただ生き残る為に敵を倒した。当初は、この地獄から脱する為に戦争で死んでやろうとまで考えていたが、戦場に赴く前、あの忌々しい王が俺達に飴を振り撒いた。
この国が、大陸を制する時がくれば、俺達を元の世界に戻すと、
この言葉が本当かどうかは分からないが、俺達が生き残る十分な理由になったのだ。
それから幾つもの戦場を駆け抜け、一人、また一人と俺は仲間を失っていった。
仲間と言ってもそこに友情だとかがあった訳では無かった。
俺達はただ機械の様に動いていただけで、共に召喚された地球人くらいにしか思っていなかった。
俺達が人数を減らす度に戦況は悪化するしかなかった。
結局、俺達異世界人頼みの戦争だったのだ。
九の戦場を生き抜いた頃には、俺達の中で生き残ったのは俺を含め三人しか居なかった。
そして、トドメとばかりに、敗戦国が手を組み攻めてきた。
『敗北』
すなわち俺達は元の世界に戻る道を閉ざされたのだ。
二十五人いた俺達の中で生き残ったのはたった三人。
そして、その三人は斬首台へと上がる。
俺達は殺しすぎたのだ……。
一人、一人と首を落とされる度に、民衆の大歓声が響き渡る。
次は俺の番だ……抵抗する気にもならない。
あの王が処刑された事で、俺に施されていた奴隷紋は消えている。
だけど、戦う気力は俺には残っていない……。
俺はこの地獄の様な日々に終止符を打てる事に安堵していたのだ。
もう十分だろう……もう終わりにしよう……。
そう思った瞬間、俺の目の前に現れたのだ。
あの禍々しい渦が……。
渦を眺めていると、思考を止めていた俺の頭が再起動する。
もしかしたら、帰れるかもしれない……。
あの平和だった日本に……温かい家族の元に!
そんな不確定な希望に、俺の瞳に光が灯る感じがした!
渦に向かって、俺は伸ばせるだけ腕を伸ばした!
「お、俺を、俺を連れていってくれええええッ!」
そして、俺は渦に引き込まれた。
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